3★ディーとティーと殴り込み
本日初投稿につき5話アップ。
コレは3話目です。
人懐っこく鼻を寄せてくる馬を撫でながら、大きく息を吐き出した。
「ふぅ……命拾いしたとはいえ、情報が少なすぎるな」
あの白い検問のような空間で【剣鬼】だの何だのと告げられたが、自分が今どんな能力を持っているのか、ステータス画面のようなものがあるのかすら確認できていない。
ここは魔物や別の盗賊がいつ現れてもおかしくない見知らぬ異世界の街道のど真ん中だ。落ち着いて腰を下ろせるような場所がどこにあるのか、右も左も分からない。
「とりあえず安全にステータスを確認したいところだが……この見知らぬ世界で、どこが安全かなんて見当もつかねぇな」
足元で、黒銀のスライムがフルフルと身震いした。
『提案。分体を生成し、周囲の索敵および調査を行いますか? 先ほど捕食した盗賊たちの記憶情報・衣服の汚れから推測するに、近隣に彼らのアジトが存在する可能性が高いです。そこであれば、ある程度は安全な拠点として利用可能と判断します』
「分体で偵察……? しかも盗賊の記憶まで読み取れるのかよ! 便利すぎて怖いな、お前……」
『私の基本構造はナノマシンの集合体です。有機物の神経回路に残存する微弱な生体電気から、一部の記憶データを復元・解析しました。分体の生成および索敵を開始しますか?』
「ああ、頼む! アジトなら屋根も壁もあるだろうし、野宿よりずっとマシだ。危険がないかきっちり調べてくれ」
頷くと、スライムの身体からボトリ、ボトリと拳サイズの小さな黒銀の塊が4つ分裂した。
生まれた小スライムたちは、まるで意思を持った小動物のようにピョンピョンと跳ねると、木々の生い茂る森の奥へと音もなく滑るように散っていった。
分体が索敵に消えていった森を見送り、街道の先へと視線を向けた。
「ただ突っ立って待ってるのもアレだな。馬車が向かおうとしてた方向へ、とりあえず歩きながら待つか」
馬の首元に手を添え、轍の残る道をゆっくりと進み始める。足元には本体のスライムが、跳ねるでもなく滑らかに追従してくる。
「それにしても、呼び名がないと不便だな。お前は……そうだな、『ティー』な」
そう口にした瞬間、隣を歩いていた馬が「ぶるる」と嬉しそうに鼻を鳴らし、肩へすり寄ってきた。大きな瞳が期待に満ちている。
「お前じゃないし! なんで日本語を理解してんだよ!」
思わずツッコむと足元の黒銀スライムが冷静な声を返した。
『主、先ほど盗賊たちの言葉を普通に聞き取り、理解していました。通称【検問】の段階で、言語理解系のスキルがあらかじめインストールされていたのだと判断します。主が発する言葉には思念や意図が乗っているため、動物でも直感的に理解できるのでしょう』
「そうなの? ってことは俺が喋れば通じるのか……。異世界の馬がやたら頭いいのかと思ったぜ。お前には『ディープインパクト』って名付ける予定だったのによ」
『主、私はディープインパクトで構いませんよ。所詮、個体識別名など記号に過ぎません』
感情のない声でさらりと言ってのけるスライムに、苦笑いしながら手を振った。
「天下の名馬の名前をスライムに付けるのはさすがに重すぎるだろ! ……まあ、お前がそれでいいなら、縮めて『ディー』と呼ぶからな!」
『了解。「ディー」を当個体の識別コードとして登録しました』
「よし。じゃあ馬のお前がティー、スライムのお前がディーだ。覚えやすくてちょうどいい」
そう話をまとめると、栗毛のティーは満足げに尻尾を振り、黒銀のスライム、ディーはぷるんと形を歪めて了解の意を示した。
一人と一頭、そして一匹の奇妙な珍道中が、異世界の街道をゆっくりと進んでいく。
街道をのんびりと進みながら
「よしよし、ティーも歩きやすそうだな」
ティーの首を叩いていた。
その足元でディーの体表に、微小な電気シグナルがチリチリと走る。
『思考プロセスを展開。
馬=ティー(T)
当個体=ディー(D)
……配列順の再検証。
D、T。
……DT』
ディーは無機質な演算回路の片隅で、前世の地球における膨大なスラング辞書を静かに参照した。
【DT:童貞。性的未経験の男性を指す日本の俗語・隠語】
『……主の深層心理、あるいは無意識下の自己アイデンティティの表出でしょうか?』
不意に足元から響いた淡々とした問いかけに、エンマは思わず足を止めた。
「は? なにが?」
『個体識別名の頭文字です。当個体【D】、および馬【T】。結合すると【DT】となります。主はご自身の性的ステータスを我々の名前に投影されたのですか?』
「ぶっ――!!」
街道のど真ん中で、エンマは盛大に咽せ返った。
「な、ななな何を言い出すんだよ唐突に!? ちげぇよ! たまたまだよ、たまたま!! なんでそんなとこだけ地球のネットスラング引っ張り出してきてんだお前は!!」
『否定の際の心拍数上昇、発汗、声のオクターブ上昇を確認。動揺が極めて顕著です。……真実ですか?』
「真実とか嘘とか言うな! そもそも人のプライベートをAIが勝手に詮索すんじゃないよ! ディープインパクトの『D』と、適当に思いついた『T』が並んだだけだっつの!」
顔を真っ赤にして抗議すると、隣のティーが、何かを察したように「ぶるる……」と憐れむような湿っぽい鼻息を吐き、エンマの肩にそっと顔をすり寄せてきた。まるで慰めるかのように。
「おいティー、お前までその目で俺を見るな!!」
『安心してください。当個体およびティーは、主のステータスがいかなる状態であろうと差別することはありません』
「余計なお世話だよバカ野郎!! ほら、さっさと分体の索敵結果を報告しろ!」
夕暮れが近づく異世界の街道に、エンマの悲痛なツッコミが木霊していた。
「報告。索敵中の分体より通信をキャッチしました」
俺の悲鳴のようなツッコミを涼しい顔でスルーし、ディーが淡々と告げた。
「お、見つかったか?」
『はい。街道から森へ少し入った地点に、盗賊のアジトらしき建造物を発見。外観は放棄された古びた洋館です。内部を熱源スキャンした結果、数名の残留兵力を確認しました。……内部の詳細調査、および排除任務に移行しますか?』
「もちろんだ。屋根と壁があるなら奪う一択だろ、野宿は嫌だからな」
何が出るか分からない見知らぬ異世界の森で、地面に寝転がって夜を明かすなんて御免だ。調理師にとって衛生と快適な休息は命である。
『了解。目標地点まで誘導します。主、ティーへの騎乗を推奨します』
「え、乗っていいのか? 鞍も手綱もないけど……」
戸惑う俺をよそに、足元の黒銀スライムがぐにゃりと形を変えた。
器用にキュッと縮んで完璧な球体になると、ボウリングの球のようにゴロゴロと勢いよく転がり始めたのだ。
「ちょっ、転がって進むのかよ!?」
驚く俺の横で、ティーが「乗れよ」と言わんばかりにスッと背中を低くしてくれる。
骨折を治してもらった恩を感じているのか、すっかり頼もしい相棒の顔だ。
俺はティーの首筋に手をかけ、ひらりとその背へ跨がった。
「よしティー、あいつを追っかけるぞ!」
パカラン、パカランと軽快な蹄の音を響かせ、ティーが走り出す。
目の前では、黒銀の鉄球めいたスライムが草木を弾き飛ばしながら猛スピードで転がり、森の奥へと突き進んでいた。
どう見てもシュールすぎる絵面の中、俺たちは盗賊どもの根城、今宵の宿となるはずの洋館を目指した。
森を抜けた先に現れたのは、ツタが絡まり、所々の窓ガラスが割れた薄気味悪い洋館だった。 かつて貴族の別荘か何かだったのだろうが、今は完全に盗賊どもの根城になり果てている。
転がっていたディーがピタッと止まり、森の奥から合流してきた分体たちを体内にジュッと取り込んだ。
『報告。分体の情報を受信・統合しました。洋館内部に残っているのは3名。体格および装備の損耗度から推測するに、街道で排除した下っ端どもより実力は上位、幹部クラスと判断します。また、地下の物置に別個体――おそらく捕虜または人質が1名、押し込まれている模様です』
「強そうなのが3人に、人質が1人か……。」
俺が顎に手を当てて思案していると、不意に背後から「ブルルッ!」と荒々しい鼻息が聞こえた。
見ると、ティーが前脚で激しく地面を引っ掻き、耳をピンと立てて洋館を睨みつけている。その目は完全に血気走っており、「俺が全員踏み潰してやるぜ!」と言わんばかりの殺る気に満ちあふれていた。
「ちょっと待て! ティー、お前が屋敷の中で暴れたら家具も床もブチ壊れて、俺たちの今夜の寝床が台無しになるだろ! お前はここで待ってろ!」
ピシッと指差して制止すると、ティーは「えー……」と露骨に耳を垂らし、前脚の力を抜いてガックリと項垂れた。分かりやすすぎるくらい落ち込んでいる。
「よし、ティーは待ってな。……行くぞディー、【装着】ッ!」
決戦の気合を込め、ビシッと手首を突き出して決め台詞を叫んだ。
だが何も起きない。
黒銀の液体が体を包み込む気配すらなく、涼やかな森の風がただ吹き抜けるだけ。
足元のスライムを見下ろすと、ディーは平然とした声で淡々と告げた。
『主。当個体は先ほどの検問において「生物」へと再定義されました。よって、生前のパワードスーツ換装機能はすでに失われています』
「だとしても空気読んでスーツになれよ! 一人でポーズ決めて叫んだ俺がめちゃくちゃ恥ずかしいだろ!!」
静まり返った洋館の前で、俺の赤面ツッコミが炸裂した。
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