↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/12

2★異世界とナノスーツと盗賊団

本日初投稿につき5話アップします。

コレは2話目です。

 足元の黄金の輝きが弾け、浮遊感が消えた瞬間、エンマの両足は土を踏みしめていた。

むっとする草いきれと、鼻をつく鉄錆の匂い、血の臭気だ。

 ヘルメットのバイザー越しに広がった光景に、エンマは息を呑んだ。

 木々に囲まれた未舗装の街道。そこには横倒しになり、車輪がへし折れた木造の馬車があった。周囲には散乱した荷物と、すでに事切れた護衛らしき男たちが転がっている。

 そして、荷を漁っていた薄汚れた革鎧の男たちが、一斉にこちらへ顔を向けた。

 血刀を下げた、見るからに凶悪な風貌の男たちは盗賊だ。


「あァ? なんだこの変な黒ずくめ……新手の護衛か?」


 先頭のスキンヘッドの男が唾を吐き捨て、下品に口元を歪めた。


「構わねえ、目撃者は生かしちゃおけねえんだ! ヤッちまえ!」


「ヒャハッ!」


 手前の二人が下卑た笑い声を上げ、抜き身のシミだらけの剣を振り上げて突っ込んでくる。


(ちょっと待て、転送先が最悪すぎるだろ……!?)


 後ずさろうとしたら耳に声が届いた。

 検問所の事務的なアナウンスとは違う。感情の起伏はないが、どこか澄んだ中性的な声が、スーツの内蔵スピーカーから聞こえているようだった。


『主(マスター)の生命危機を探知。防衛モードへ移行します。武器を生成しますか?』


 誰だ、と驚く暇すらない。盗賊の錆びた剣が、エンマの頭上めがけて振り下ろされる。

 さっきあの検問所(仮称)で【剣鬼】とかいう物騒な職業を与えられたはずだ。剣なら何とかなるのか!?


「剣だ!日本刀だッ!!」


 エンマは無様に横へ転がり、間一髪で刃の軌道を躱しながら叫んだ。

 その瞬間、右腕を覆う黒いスーツの表面が、生き物のようにドロリと波打った。

 ナノマシンが液状化して手の平から噴き出し、瞬く間に凝固していく。柄が掌に吸い付くように収まり、漆黒の刃先が鋭利な反りを持って一瞬で硬化を完了した。

 手から、文字通り日本刀が生えてきた。


「な、なんだぁ!? 魔法かッ!?」


 得体の知れない現象に、切りかかってきた盗賊が一瞬だけ足を止める。

だが、エンマの手元には、ずっしりとした刀の確かな重みがあった。

 刀なんて本物を握ったことすらない。だが、料理人として包丁を握り続けてきた指の感覚と、長年鍛えてきた身体の芯が、奇妙なほど自然にその柄を捉えていた。


「ケンカもした事ないが、こちとら通信教育の空手の段持ちだ! ナメんなよッ!!」


 腰を落とし、空手の下段払いの要領で刀を荒っぽく薙ぎ払った。

 間合いが遠い。刀の切っ先は、男の身体から一歩以上も手前の空間を鋭く裂いただけだった。明らかな空振り――


ヒュンッ!!


 風を切る甲高い破砕音が響いた瞬間、刀身の延長線上に不可視の刃が走った。空気を圧縮したような不可思議な斬撃が飛び、盗賊の胸元を襲う

。

「ぐわぁッ!?」


 硬い革鎧の表面が斜めに深く裂け、鮮血が噴き出す。男は衝撃でよろめき、尻餅をついて呻いた。

残りの盗賊たちに戦慄が走る。


「な、なんだ今の技は……!? 剣先が届いてねえのに鎧を割りやがったぞ!」


「コイツ、とんでもねえ達人だ! 散れ、囲めェッ!!」


怒号とともに、残る男たちが扇状に広がり、切っ先を向けてじりじりと包囲網を狭めてくる。


(……あれ? 俺が、人を斬ったのか……?)


人を傷つけたのだ。本来なら手が震え、吐き気や激しい罪悪感に襲われてもおかしくない。だが、胸の奥にあるのは冷徹なまでの冷静さと、神経の芯がチリチリと熱を帯びるような奇妙な感覚だった。

 これが、あの検問で押し付けられた【剣鬼】というスキルの影響なのか。

 それとも、長年厨房で巨大な肉塊や魚を捌き続けてきた職人としての血潮が、目の前の標的を「素材」として認識しているからなのか。

 罪悪感など微塵もない。むしろ、全身を駆け巡る圧倒的な高揚感――戦うことそのものへの獰猛な喜びが、身体の底から湧き上がってくる。


「死ねやぁッ!!」


 痺れを切らした盗賊たちが、四方から一斉に襲いかかってきた。錆びたロングソード、鉈のような大剣、短槍が、エンマの急所めがけて殺到する。

 足裏で地面を蹴り、通信教育で叩き込んだ空手の運足で咄嗟に二太刀を躱す。だが、死角から放たれた残りの攻撃までは躱しきれない。


ガンッ! ガキンッ!! 


 背中と脇腹に、鈍い金属衝突音が響いた。


(当たった――!?)


 一瞬、身構えたエンマだったが、走るはずの激痛も、肉が裂ける感触もなかった。

 肌に密着したウェットスーツ状の装甲が、衝撃を受けた瞬間だけダイヤモンドのように硬化し、粗末な刃を平然と弾き返していたのだ。伝わってきたのは、指で小突かれた程度の軽い振動だけ。


『装甲硬度:正常。被弾による肉体へのダメージ、ゼロ』


 スーツ内に響く中性的な声が、絶対的な安全を保証する。

 敵の数はまだ10人近くいる。

 だが、こちらの防御は完全に鉄壁。そして手元には、振るだけで斬撃を飛ばす漆黒の日本刀がある。


「守りを気にしなくていいなら……攻撃だけに集中できるってことだな」


ヘルメットの奥で、口元が自然と吊り上がった。

 包丁を握る感覚で柄を締め直し、エンマは怯む盗賊たちへ向けて、静かに一歩を踏み出した。

 無我夢中で刀を振るっていた。

 空手の突きや払いの軌道そのままに腕を振り抜くたび、鋭利な斬撃が不可視の刃となって飛び交い、肉を裂き、骨を断つ。

 ふと我に返り、荒い息を吐きながら刀を下ろした。

 周囲は静まり返り、血の海と化した地面に10人ほどの男たちが転がっている。立ち上がれる者は一人もいなかった。


「……はぁ、はぁ……」


 手から生えていた日本刀がドロリと黒い液体のように溶け、スーツの表面へと吸い込まれて消える。


「……色んな作品で無双するのあるけど、戦った後ってこんなに凄惨なんだな……。この後始末、どうしたらいいのよ?」


 料理人として魚や肉を捌くのには慣れているが、目の前に広がるのは明らかな惨劇の跡だ。現実を突きつけられて頭を抱えていると声がした。


『主、私は異世界でお馴染みのスライムの新種のようです。遺体は吸収して処分が可能です』


「なんなの? そのご都合主義! ……まあいい、頼むよ! このまま放置してたら肉食の獣や魔物が来るかもしれないしな。

魔物がいるかは知らんけど」


『了解。吸収するにはスーツの解除になりますが、宜しいですか?

盗賊(暫定)の装備を鑑定分析したところ魔物素材とあったので、魔物は居ます。

盗賊(暫定)の会話から魔法も存在します。』


 淡々と告げる言葉に、エンマは思わず眉をひそめた。


「頼むよ……ってか、さっきより言葉遣い滑らかになってないか?」


『了解。盗賊を殺害したことでレベルが上がった、と考察します。主は防御力が落ちるので警戒してください』


「レベルアップで喋りが上達したのかよ……」


 ツッコミを入れる間もなく、エンマの全身を覆っていた黒いスーツが潮が引くように収縮を始めた。

 フルフェイスのヘルメットがパキリと割れるように開いて首元へ流れ落ち、ウェットスーツ状の装甲が手足から剥がれ落ちていく。

 露わになったエンマは、異世界へ転移した当時のまま、動きやすい白の調理用白衣とズボン姿だった。

 そして、剥がれ落ちたナノマシンたちは足元の地面に集まるやいなや、ドロリとした半透明の黒銀色に変化し、ぽよん、とひとつの大きな塊にまとまった。

 それはまるで、金属質の光沢を帯びた、まさしく『スライム』そのものだった。


『捕食および分解処理を開始します』


 スライムは波打つように広がり、倒れた盗賊たちの遺体へ向かって静かに這い出していった。

白衣の袖をまくり、エンマは横倒しになった馬車へ足を踏み入れた。

 外に転がっていたのは護衛らしき4人。装備の形も素材もバラバラで統一感がないあたり、ギルドで雇われた冒険者といったところだろう。全員すでに息はなかった。

 馬車に繋がれていた馬はまだ荒い息を吐いて生きていたが、前脚があらぬ方向に折れ曲がっている。


(競馬の知識でうろ覚えだけど……馬の骨折って、安楽死させるしかないんじゃなかったっけか……)


 痛ましさに眉をひそめつつ、傾いた馬車の幌をくぐる。中には小太りな中年の商人と、丁稚らしき小柄な少年が折り重なるように倒れて絶命していた。無念そうに見開かれた目を、エンマは静かに閉じる。

 車内を見回すと、木箱や麻袋が積み上げられていた。

 仕立ての良い布地や衣料品、鉄の寸胴やフライパンといった調理道具、干し肉や乾燥豆などの保存食、そして塩や香辛料の入った陶器の小瓶。


「行商人か……」


 生活用品から食料、調理道具まで揃っているあたり、あちこちの村や街を巡っていた商人なのだろう。

 一通り調べ終えて馬車から這い出たエンマは、思わず足を止めて目を見張った。

 地面に散らばっていたはずの十数体の盗賊の死体が、跡形もなく消え去っている。残されているのは、血溜まりの上に脱ぎ捨てられたように置かれた、ボロボロの革鎧や錆びた剣などの装備品だけ。


「B級映画のワンシーンかよ! って、この装備品とか売れば金になるのか? でも、こんな量を持っていく手段がないな」


『主、処理完了しました。馬車の中の遺体も処理しますか?』


 足元から声がした。見下ろすと、盗賊十数人を平らげたにしては、元のサイズからふた周りほど大きくなった程度の黒銀のスライムが、ぽよんと揺れている。


「頼む……。ってかお前さ、アレだけの量を吸収してその大きさっておかしくねぇか?」


『増えた分は亜空間に収納しています。いちいち増殖と分解を繰り返すより、保管しておく方が効率的と判断しました』


「そりゃそうか。装着する時にナノマシンを保存してなきゃ、一瞬でパワードスーツになんてなれないもんな……」


 納得しかけたエンマの脳裏に、ふと閃くものがあった。


「……なぁ、もしかしてその亜空間って、この散らばってる装備品とか、馬車ごと入れられたりするのか?」


『不明。そこの剣で試してみます』


 スライムの体の一部が触手のように伸び、足元に転がっていた盗賊のロングソードを覆い尽くした。

 ドロリと包み込んだかと思うと、ジュッと溶けるのではなく、文字通り「フッ」と虚空へ消え去る。


『成功しました。物質の亜空間格納を確認。容量にはまだ余裕があります。馬車もやってみます』


 黒銀のスライムはそのまま波打つような勢いで、巨大な馬車へと滑り出していった。


「見事に消えたけど、死体そのままだ⋯⋯。

って、おい、あっちの馬はどうする?」


 街道脇で横たわり、苦しげに鼻を鳴らす栗毛の馬。前脚があらぬ方向に曲がっており、このままでは立ち上がることすらできない。


「うろ覚えだけど、馬の足の骨折って治らないから安楽死させるしかないんだよな……。だが、せっかく助かった命を殺処分するのも寝覚めが悪いしな……」


 エンマが顔を曇らせると、スライムの体表がチリチリと青白く発光した。


『提案。ナノマシンを馬の体内に注入し、骨折箇所の接合および骨膜の補強処置を行います』


「えっ、治せんのか!?」


『可能です。骨の再構築に加え、ナノフレームによる患部の内部補強を実施すれば、歩行および牽引機能は回復します』


「おいおい、なんでもありかよ! よし、頼む、助けてやってくれ!」


 エンマが急いで馬の頭元にしゃがみ込み、「痛くねぇからな、じっとしてろよ」と首筋を優しく撫でる。

 スライムから細い黒銀の触手が伸び、折れ曲がった馬の脚の皮膚へとスッと浸透していった。

侵入した微小機械が骨をミリ単位で整復し、結合部を強固に繋ぎ合わせていく。

 ボキリ、と鈍い音がして脚の角度が元に戻ると、馬は小さくいななき、恐る恐る折れていたはずの脚を地面につけた。

 そして、すんなりと四肢で立ち上がった。


「すげぇ……本当に立ったぞ!」


 馬は自らの脚を確かめるように何度か地面を蹴ると、助けてくれたことが分かったのか、エンマの白衣の胸元に大きな鼻先をすり寄せて甘えてきた。


「ははっ、くすぐったいって! よかったな、お前」


 人懐っこい馬の頭を撫でながら、エンマは亜空間を抱える黒銀のスライムを見下ろした。

 これで、移動手段と馬車、そして大量の調理道具や食材のベースが一気に揃ったことになる。


「馬も助かったし、荷物も確保した。……さて、次はどこへ向かうかだな」


少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、画面下の【★で評価】やブックマークをいただけると執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。