希望と病。
あれから将生の行動は変わった。
毎日、仕事が終わった。今から帰る。と連絡が来て、家事も前よりするようになった。
料理があまり得意ではないと言ってたのに一生懸命料理をしてくれるようになった。
そして、菜月ちゃんからも連絡もなく、家に押しかけてくることも一切なくなった。
穏やかな日々を送れていて、満足だった。
将生は、仕事が忙しく帰りが遅くなる日もちょこちょこあった。
けれど、時間がある日の夜はベランダの望遠鏡を覗いて空をみていたり、天体に関する本を読んだりしていた。
やはり、宇宙への探究は消えないんだな‥そう思っていた。
『ねえ‥将生さ、もう宇宙飛行士は目指さないの?』
『え?あー‥まあ、もういいかな。タイミングもあるし、今はそれよりも花との生活が大切だから。いずれは結婚したいと思ってる。お金も貯めたいからね。』
『そ、そっか‥』
『‥あ、結婚するなんて軽々しく言わない方が良かった?』
『いやいや、そんなことないよ.嬉しい.私も将生と結婚したいなと思ってたから。』
『ありがとう。タイミングがきたら、ちゃんと俺の口から伝えるから待ってて。』
『‥うん。ありがとう。』
サラッとこういうことも言ってくる。
安心して生活できる。
将生のお給料は私より全然良い。生活も安定していて2人の共通の口座にもお金を貯めている。不自由なく楽しく暮らせていた。
そんな中、仕事の帰り道に本屋さんに寄るととある広告が目についた。
【 宇宙飛行士選抜試験 応募者募集 】
そのチラシを持って家に帰った。
家に帰ると将生も帰ってきたところで買ってきた食材を冷蔵庫につめている最中だった。
『おかえり、花。今日野菜安かったから買っといたよ。せっかく新鮮なレタス買ったから今日はサラダにしようか。』
『ただいま。ねえ‥将生。』
『‥ん?なに?』
『これ。』
花は、先ほど店でもらってきた宇宙飛行士選抜試験のチラシを将生に渡した。
『‥どうしたの?これ』
『将生、宇宙飛行士になるの夢だったでしょ?』
『でも‥』
『嫌なら受けなくても良いよ』
『‥』
『けど、お遊びじゃなくて、本気で目指したいっていうなら応援するからね。』
『‥ありがとう。けど、生活もあるし、花とこれから色々やっていこうと決めてるんだ。』
『私のことは気にしないで。私1人でも将生と私の2人を養うくらいの甲斐性あるんだから!』
『そうか‥ありがとう』
将生はそのチラシを受け取って、静かに見つめていた。
宇宙飛行士選抜試験の書類審査の申し込みは、10月だ。
あと2ヶ月。
将生は、仕事が終わった後に家でウェブ試験の勉強や小論文の作成を行うようになった。
それをそばでじっと見つめていた。
そして、2ヶ月後。
『花、話があるんだ‥』
『ん?なに?』
『宇宙飛行士選抜試験を受けようと思う。』
『うん。いいよ。』
『もしも宇宙飛行士になれたとしても今よりお給料も下がると思う。』
『うん。』
『それに、訓練でアメリカやロシアに行ったり、しなきゃならない。宇宙に行ったら数ヶ月単位で帰って来れないし、会えないんだ。』
『うん』
『花に迷惑をかけることになる。結婚して子供が生まれても、家庭をほったらかしにして仕事に行かなきゃいけないんだ。』
『そうね‥』
『でも』
『でも?』
将生は、キリッと花の目をまっすぐ見つめた。
『一度きりの人生なんだ。本気で挑戦したいと思ってる。』
『応援するよ。一緒に頑張ろう。』
将生は、宇宙飛行士選抜試験に応募し、無事書類審査を通過。
英語試験、一般教養試験、STEM分野の試験、適正試験、面接、プレゼンテーション試験、入院での精密検査を得て、無事一次試験、二次試験を通過し、
そして、三次試験が迫っていた。
閉鎖環境適応訓練設備で6日間の生活を送るらしい。将生は、宇宙センターがあるところへ有給を取得し、家を出て行った。
その日の朝、花はいつも通り働いていた。
『佑々木さん。今日の入院患者さん。受け持ちにしても良い?』
『主任さん。大丈夫ですよ。なんて方ですか?』
『えっとね‥膵臓癌再発での再入院だね。3年前にも入院してたみたいだけど、寛解と診断されて退院したけど、転移して再発したみたいだね。年齢は27歳。女性。』
『分かりました。名前は‥』
『名前は、確か。平井杏奈さん。』
『え』
『ん?どうしたの?』
『あ‥いや、なんでもないです。また情報収集しておきますね。』
『うん.よろしくね。若い女性だし、癌の再発で回復の見込みも低いみたいだし、ゆっくり話聞いてあげてね。一応抗がん剤治療して行く予定みたいだから。』
『はい‥』
『フォローするかはまた声かけてね』
花は急いでカルテを開いた。
平井杏奈。27歳。女性。
5年前に膵臓癌ステージ3と診断を受け、当時大学四年生であったが、大学を休学。
術前治療として抗がん剤治療と放射線治療を行い、後に膵臓摘出手術を実施。3年前に寛解と診断される。大学は中退。
しかし、今回は少なくとも肝臓と腹膜への転移が確認された。
間違いない‥。杏奈さんだ。
将生のお姉さんだ。
どうして言ってくれなかったの‥、でもこんな家族間の大切な話、友達に軽々しくできないよね。
そういえば、大学2年生の夏。みんなで石垣島旅行に行った時、将生の顔色が悪く元気がなかった。みんな心配してた。
その時に寺倉と2人で深刻そうな表情で話し込んでるのを何度かみた。
もしかしたら‥このこと?
逆算すると、杏奈さんが膵臓癌と診断され入院した時期と合致してる。
花は、震えが止まらなかった。
重い腰を起こして、病室へ向かった。
コンコン
『薬剤師の佑々木です。』
『どうぞ』
個室の部屋に入ると、点滴に繋がれ、手足が若干浮腫んでいるがいつもと変わらず美しい顔立ちをした女性がベッドに横たわっていた。
顔は青白く、全体的に肉付きがなく痩せていた。
『佑々木ちゃんだ。そうだと思った。』
『杏奈さん‥』
『とうとうバレちゃったね。紫翠大学の消化器外科の先生が優秀だからって紹介状書いてもらってね。ずっとここに通院してたの。いつかバレるのかなー?なんて思ってたらまさかの担当薬剤師になるなんてね。立派になったわね。』
『杏奈さん、体調はどうですか?』
『うーん‥最近浮腫みやすくてね、疲れやすくてさ。来月定期検診だしと思って、受診しなかったらこの様だよ。もっと早く受診すれば良かったね。』
『杏奈さん‥』
『うさちゃん。将生には言わないでね。』
『え‥』
『あの子、今宇宙飛行士選抜試験受けてるでしょ?余計な心配かけさせたくないのよ。』
『‥分かりました。』
『まあ、前回もなんとかなったし、今回も大丈夫じゃないかなと思ってるよ。なんとかなるって。担当薬剤師がそんな顔してたら患者さんが不安になるよ!しっかりしなね!』
『ごめんなさい‥杏奈さん.私、できることあればまだなんでもします!支えますから!』
『あはは、頼もしいね!ありがとう!』
杏奈さんの闘病生活がスタートした。




