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一緒にいたい。

12月末


『花ちゃんおはようー!』

『あ、由奈ちゃんおはよ。』

『ヒラマサくんとどうなった?』

『あ、うーん‥どうだろ‥』

『お!付き合う‥かも?』

『どーかな。』

『えーなんなん気になる!』

『あはは。また教えてあげるよ〜』


花は、胸に手を当てて深呼吸する。

昨日のヒラマサとのことを思い出して冷や汗が出てきた。


‥こんなんじゃ付き合えない。

触れられるたびにこんなふうになってたら、もう付き合ってもらえない。


あの事件から目覚めて、その日のうちに気がついた。看護師さんが体を拭きにきてくれたときに、体に触れたその瞬間、全身に冷や汗が出てそのまま過呼吸で倒れ込んだ。

震え、動悸、呼吸困難。

そして頭の中で刃物を振り上げられたあの瞬間が脳裏に焼き付いて離れない。叫び声と共にあの情景が何度もフラッシュバックしてくる。


その日から入院中も眠れなかった。

睡眠薬を処方してもらい、やっと眠れるようになった。

入院していた病院の形成外科医の先生から心療内科の紹介状を出してもらい、クリニックに通うことになった。

けれど、こんなことは誰にも言えない。


発作が起きるタイミングは複雑で、人混み、叫び声、誰かに身体を触れられるなどの身体的接触があると発作が起きるようになった。

他にも電車やタクシーなどの他人と密室に入れなくなった。特に電車のボックス席には座れなくなってしまった。友人や家族がそばにいても発作が起きてしまう。

しかも、身体的接触の対象は家族も含まれていた。発作にレベルがあり、ヒラマサに触れられた時は呼吸困難、動悸、眩暈、冷や汗、震えなどがあったが、お母さんに触れられると、発作起きないが強い拒否感がある。


退院後初めて大学に行った日は、発作が起きて大学の講義室内に入れなかった。

次の日に薬を飲んで、登校し、なんとか講義室に入り授業を受けることができた。


お風呂に入り、鏡に映る腕や背中の傷を見るたびに強い嫌悪感が出てきて吐き気を催すようになった。自らの身体を汚いものとして感じるようになり、自傷行為をしそうな衝動に駆られてしまう。抗不安薬が手放せなくなってしまった。

こんな状態で、新たな恋愛なんてできるわけもない。


ヒラマサに告白された時に喜びよりも先に、焦燥感が頭を走った。

全身から冷や汗が止まらなかった。

大好きな人に、憧れの人に告白されたのに、

全く喜べなかった。


こんなに傷まみれの身体で、抗不安薬を飲まないと生活できない不安定な精神状態で、ヒラマサを満足させるようなお付き合いはできない。

きっと今回は、断った方がいい。

ヒラマサを幸せにすることは私にはできない。


花はスマホを開いた。


《この前の返事だけど、お付き合いはできません。本当にごめんなさい。》


とだけヒラマサに送って返信した。

涙が止まらなかった。


ーーーーーーーヒラマサsideーーーーーー


ピコン♪


花から来たメールを見つめるヒラマサ。

ただそのメールの文書を見つめることしかできなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


年末になり、花は実家に帰って過ごした。

家族にも抗不安薬を飲んでいることは言っていない。

ただ、あの事件から家族のみんなが気を遣っていることは確かに伝わってきた。

気を遣われているのが少し気まずくて、実家では自室に篭ることが多くなった。


あと一年。大学にしっかり通えるのかな‥。

いや通わなきゃ。必ず卒業する。


そのまま年が明けて、また一人暮らしの家に戻ることになった。


『本当に大丈夫なの?』

『うん、大丈夫だよ。もう傷も痛まないし、通院ももうしてないよ』


形成外科の方はね‥。


『なら、いいけど。友達と過ごせてるの?』

『大丈夫だって、仲良く過ごしてるよ』

『そう‥ならいいけど』

『あと、残り一年だし国試もあるから実家にいつまでもいるわけにはいかないよ』

『何かあったらすぐに連絡するのよ』

『はいはい』

『姉ちゃん』

『‥ん、なに?』


朝陽と夕陽が玄関に立っている。

朝陽は1年前に国立教育大学を卒業し、私の母校でもあり自分の母校の清開高校で教師をしている。夕陽は防衛大学校を卒業し、今は航空自衛隊に勤めている。


『‥何かあれば連絡してくれよ本当に』

『俺たちだって心配なんだ』

『分かってるよ‥ありがとう』

『何か変な奴がいたらすぐに警察か俺らに連絡するんだぞ。』

『分かってる。んじゃまたね。』


心配そうに花を見送る朝陽。

花はそのままキャリーバッグをひきながら家を出て、夕陽の運転する車に乗った。


『んじゃ、寮まで送るから』

『うん。わざわざありがとう』

『いいよ、気にしないで。』


そのまま寮まで送ってもらった。

夕陽の車の中だとそんなにドキドキしないな‥

そんなことを考えながら外を見る。


『姉ちゃんって卒業したらどうすんの?』

『んー病院で薬剤師として働く予定だよ』

『そうなんだ。無理するなよ?』

『あはは、お父さんみたいだね。弟のくせに』

『‥お父さんがいなくなってから俺らがお父さんみたいなもんだろ?』

『そう?そんなふうに思ったことないけどね』

『‥あ、そう。』


自宅から30分ほど走らせたところで寮についた。


『んじゃ!ありがとね!』

『うん。気をつけて、適度に頑張ってねー』

『うん!夕陽も頑張ってね!』


そのまま夕陽を見送って部屋に入った。

この部屋で過ごすのも残り一年。

もう少しが頑張ろう。

1週間後にいつものメンバーで新年感をする話になっている。

ヒラマサも来るだろう。

あの時にメールを送ってから返信が来ない。

気まずいな‥。


帰ってきた翌日から大学も始まり、いつも通りの日常が始まった。


『和紗、あけましておめでとうー!』

『あ!花、あけましておめでとう』

『なんか久しぶりだね。こんなふうに会うの。』

『確かに。就活でばたついてたからね』

『どう?決まりそう?あ、でもまだ早いか』

『決まったよ。』

『え?そうなの!?』

『製薬会社で研究開発の仕事につくことになったよ。』

『え!すごい!おめでとう!早くない?』

『最近は3年の冬の時点で内定出す企業も少なくないのよ。私は5年だけど。あ、4月で6年か。』

『優秀な人材をいち早く獲得するため‥的なやつだよね?』

『自分で言うのも変だけど、企業サイドからしたらそうなんじゃないかな』

『す、すごいね‥』

『まあ、でもちゃんと卒業しないとね。少し落ち着いたから花とも時間作れるよ。国試の勉強とか一緒に頑張ろ?』

『嬉しい‥!和紗とまた過ごせるんだね!』

『うん。ひとまずは新年会だね!』

『‥あ、そ、そうだね。』


気まずくなり視線を逸らして、席についた。


『‥そういえば病院でのプロポーズ事件からヒラマサと何か進展はあったの?』

『いや‥進展だなんて』

『返事欲しいって言ってたでしょ?返事は?』

『‥今は、国試の勉強と卒論に集中したいし。大学卒業するまではヒラマサも忙しいでしょ?』

『だからお断りしたのね』

『‥はい。』 

『‥花ってヒラマサのこと好きだったでしょ?本当に理由はそれだけ?んじゃ大学卒業したら付き合うの?』

『‥よくわかんないよ。いやどうだろう。ヒラマサも心変わりするかもしれないし、その時にならないと分からない。』

『ふーん、まあ、そりゃそうか!いいんじゃない?今は勉強頑張りましょ』

『うん。ありがとう。』


新年会の日になった。

ヒラマサの告白を断って1ヶ月ほど経っていた

飲み会の会場は、いつも通りのよくいく飲み屋さんだった。ガヤガヤしていて騒がしい。

人が多い。

同じような新年会のためか、サラリーマンや同じような大学生らしき集団も多い。


‥ちょっと心配かな。

でも、薬も飲んできたし大丈夫だよね。

今日はアルコール控えよう。


『花、ひさしぶり!』

『真緒だ!元気そうだね』

『うん!元気だよ!花は?』

『うん、まあまあかな。』


真緒の隣に座って少し話をする。

隣に和紗が座っており、向かいと席には北川くんと隼人が座っている。

そして、寺倉が座り、1番隅っこにヒラマサが座った。

花が壁側の右奥に座ってるのに対して、ヒラマサは通路側の1番左に座っているので1番離れている。ここなら目も合わない‥はず。


めっっちゃこっちみてくる!!!

あんな凝視してくることある!?

何考えてるの?死んだ目してるし‥何考えてるのかさっぱりわかんない‥。

見て見ぬ振りしよう‥。


『花は何飲む?いつものカシオレ?ネーブルオレンジとか甘いカクテルにする?』

『今日は、ジンジャーエールかな』

『あ、飲まないの?』

『うん。今日は良いかなって。』

『そうなんだ。んじゃ私はビール!』


隼人の方を見ると北川くんと仲良しそうに話している。この2人はいつも仲良しだな‥。

距離も近いし、カップルみたい。

そんなことを考えてしまう。

中学時代にBL同人誌にハマったことを思い出した。

‥受けは隼人だろうな。

何を考えてるのか!友達でそんなこと考えるなんて

失礼じゃないか!


みんなでワイワイ楽しそうに話している。

ヒラマサも和紗や寺倉と楽しそうに話してる。

このメンバーといると落ち着くな‥。


ガシャンッ!!!パリンッ!!

キャア!!!


グラスが落ちて割れる音がした。

障子を挟んで隣のテーブルの人たちだ。

グラスを割ってしまい、女性の服に飲み物がかかったようだ。

店員さんがクラスやキッチンペーパーなど持ってきてバタバタしている。


動悸がする。

グラスの割れる音と女性の悲鳴、周りの人たちのバタバタと忙しなく走り回る音。

騒がしい店内。

頭がぐらぐらしてきた。1人だけ別の世界にいるみたいだ。呼吸が荒くなる。

やばい‥手先が震えてきた。

く、薬飲まなきゃ‥静かな場所へ行かないと‥


『花‥どうしたの?大丈夫?』


真緒が肩に触れた瞬間だった。


『さっ‥触らないでッ!!!』


その手を勢いよく払ってしまった。

びっくりして目を丸くする真緒と和紗と隼人と北川と寺倉。その場が凍りついた。


『ご、ごめん‥でも花顔色悪いよ?』

『ハァハァハァ‥』

『佑々木さん、大丈夫?顔色めっちゃ悪いよ!』


焦った様子で寺倉が立ち上がって花に駆け寄ろうとする。

呼吸ができない。苦しい。

その時だった。ヒラマサが立ち上がって花の腕を掴んだ。


『外出るぞ』

『‥え?』


そのままヒラマサは、花の手を引いて店を出た。


『え!ちょっと2人とも!』

『‥待って、そっとしとこ!』

『だ、大丈夫なの!?』


寺倉と真緒が困惑していると和紗が止めた。

外の空気は冷たくてひんやりしてて、静かで落ち着く。店の前に出ると花はその場に座り込んだ。ヒラマサはそれを側でじっとみていた。

何か声をかけるわけでもなくただじっと花を見ていた。


『‥ありがとう。』

『‥』

『ごめん。みんなびっくりしてたよね。』

『適当に疲れが出たとでも言えばいいだろ。実際、色々あったんだし。』

『‥そうだよね』

『‥』


沈黙が走る。

気まずい‥。

発作は落ち着いたけど、気まずすぎて立ち上がれない。顔が挙げられない。

ヒラマサの顔が見れない‥。


『なあ、佑々木』

『‥何?』

『側で見てるだけでいいんだ。それだけでもダメか?』

『‥!!』

『発作が治るまで触れないようする。それまで側で見守るだけでもダメか?』

『‥発作だけじゃない。』

『??』

『‥今、心療内科に通ってるの。』

『うん』

『抗不安薬を毎日飲んでてそれが出ないと大学の講義室にも入れない。睡眠薬がないと夜も不安で眠れないの。背中と腕の傷は全然消えなくて、お風呂場で傷まみれの身体を見るたびに死にたくなる‥。自分が気持ち悪くて、嫌悪感がすごくて‥傷つけたくなるの。』

『うん』

『‥精神的に頭おかしくなってるのッ!!』

『うん。』

『だからこんな頭おかしい奴と一緒にいる必要ないじゃん!!他の子と一緒になってよ!!私なんかと一緒にいても幸せになれないよ!!!』

『‥それはちょっとよく分かんない』

『はぁ!?』


怒り心頭で勢いよく顔を見上げるとヒラマサの顔が見えた。がっつり目があった。


『やっとこっち見た。』


全てを見透かしたような瞳。

顔色ひとつ変えずに花を見つめている。 

思わず真顔に戻ってしまった。


『‥!!』

『やっと目が合ったな。』

『な‥何考えてるの』

『前に伝えたことしか考えてないよ。佑々木のことが好きだから、付き合いたい。佑々木のことを見守っていたい。』

『‥!!‥あのね‥だから』

『佑々木が薬飲まないと生きていけないなら、飲めばいい。それで症状がマシになるならいいだろ。様子見て主治医と相談して少しずつ減らしていけばいい。夜眠れないなら一緒にいるよ。けど、触れないようにして安心して毎日眠れるように隣で寝てる。死にたくなるなら、死なないように見てるし。自分のことを傷つけようとするならそれは止める。』

『‥。』

『どうせPTSDになってること誰にも言ってないんだろ。あの様子だと大石に事件があったことすら話してない。』

『‥ヒラマサに何が分かるの!今はひとりになりたいの!』

『何言ってたんだよ。誰かれ構わずそのことを話せって言ってるんじゃない。ひとりになるなって言ってるんだよ。』

『‥!!』


その場で涙が溢れて止まらない。


『‥佑々木。大丈夫だよ。俺は、佑々木を傷つけたりしない。』


そう言って、泣き崩れる花の近くに座って見つめる。


『気持ちは嬉しいけど‥ヒラマサに依存して離れるのが辛くなるかも』

『いいよ依存しても』

『ヒラマサが思ったよりしんどくて心折れて別れたくなるかもしれない。』

『ならないから大丈夫だよ。』

『な、なったらどうするの!』

『うーん‥んじゃなったら、然るべき機関に佑々木をつれていって面倒見てもらうよ』

『‥』

『なんだよその目。』

『別に』

『だって、別れないって言ってるのにそうなった時の対処法を聞いてきたのは佑々木だろう?』

『あーもう‥ヒラマサのバカ』

『‥初めて言われたな』

『‥そりゃ理不尽な悪口だもん』

『ひどいな』

『嫌いになった?』

『なってないよ。』

『‥んじゃあ。』


すると。花はヒラマサの服の裾を掴んだ。


『一緒にいてください‥』

『うん。』


そのまま静かに話すことなく数分が経過した。


『‥佑々木、そろそろ戻る?』

『うん。戻れる。』

『よし。行こう。』


そのままテーブルに戻った。


花とヒラマサが席を離れてる間に、和紗が何も知らない真緒と寺倉に2ヶ月前に傷害事件があったことを話していた。

おそらくその事件から花の元気がなく様子がおかしいことから精神状態に異常をきたしてると話していた。

隼人は落ち込んでいたが。そばにいた北川が黙って話を聞いてきた。


『‥そんな話、私聞いてないわ』

『言えないでしょ。刃物で刺されたなんて』

『俺のせいなんだ』

『それもう言うのやめるって約束したの覚えてないの?西岡。』

『でも、そんなことがあったら一生トラウマだよ』

『もう少し静かな店な方が良かったんじゃないか?』

『ごめん、私がここ予約したから‥』

『知らなかったし仕方ないでしょ』

『べらべら他人に話すのは花が嫌がってるの。実際、大学内で変な噂も広がってるからね。』

『変な噂?』

『男漁りが激しいから逆恨みされて刺されたから自業自得。元々顔が可愛いからってチヤホヤされてて気に入らなかった。』

『はあ!?何その噂!隼人としか付き合ってないし!隼人と付き合ってたのも1年以上前の話でしょ?』

『刺した子が花のことをビッチだの浮気女だの暴言吐きながら刺したり暴力振るったりしてたの。それを見た周りの人が浮気された被害者だと勘違いしちゃったのよ。』

『何よそれ!!』

『‥まあ、狭い世界の大学内だと刃物での傷害事件なんて面白いネタでしかないからね。色々尾鰭がついた噂が回ってるんでしょ。』

『その話は花の耳に入ってるの?』

『多分ね。この事件のせいで一躍有名人になったから陰口言われたり、チラチラ見られることも多いから。』

『はぁーーー、許せない。』

『俺も男子生徒には、花はそんなやつじゃないって弁明して回ってる。陸上部の奴らはみんな分かってるからフォローしてくれてるんだけど‥どんどん広まって。』

『‥佑々木さんは大学には行けてるの?』

『一応ね。けど、この前トイレでなんか薬飲んでるの見たわ。チラッとバッグの中見たけど、ヒートの色や薬品名でSSRI系だった気がする。』

『抗不安薬だね。』

『うん。』

『繊細な問題だから僕たちから下手に首を突っ込むべきじゃないよ。知らないふりしてこっそり支えてあげるべきだ。あの様子を見る限り、将生が一番事情把握してそうだし、将生に任せてもいいんじゃないかな?』

『そうね‥』

『帰ってきたら何も知らないふりして迎え入れたらいいのね?』

『そうそう』

『殺傷事件を受けた患者さんの約8割はPTPDを発症すると言われてるんだ。佑々木さんもその可能性が高い。もしかしたら、身体に触れるがトリガーになってるのかも。』

『んじゃもう触らないようにする!』

『あくまで推測だから分かんないけどね』

『あー‥本当にごめん』

『西岡、もう泣くなよ』

『隼人もうそんなふうになっても仕方ないって。

とにかく今はフォローしてやれることはフォローしよう。うさちゃんのことはヒラマサに任せよう。』

『おう‥』


そこにヒラマサと花が戻ってきた。

みんなは特に気にする様子も下手に詮索することもなく、ただ温かく迎え入れた。

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