傷
花は、その後1週間ほどで無事退院し、大学へ復帰し1ヶ月が経った。
しばらく警察は大学構内や周辺地域、大学の寮の周りのパトロールを強化することになった。
美久ちゃんは、傷害事件で逮捕・勾留され、退学になった。
ここ数年で千葉先輩たちといい、警察にお世話になって退学する生徒がまた出たことを大学としては前代未聞であり、たびたびホールで学生へ向けた集会が行われた。
花のお母さんが被害届を出し受理されたこともあり美久ちゃんはなんらかの刑罰が処されることになるだろう。
和紗達も心配してくれて、休んだ分のノートや講義の内容を教えてくれた。
『残り一年頑張れそう?花』
『もちろん。頑張るよ、来年はいよいよ国試だね』
『酷使していくでー!』
『国試だけにね』
『‥そ、そうね』
花の傷は比較的綺麗になった。
頭の傷は髪の毛で隠れて見えなくなった。
ただ1番大きかった直径20cmほどの背中の傷は一生残るだろうと言われている。
『花ちゃん、そういえばさ、あの時のプロポーズはどうなったん?』
『え‥』
『ヒラマサくんのやつやん』
『あ、あれから会ってないの』
『えー?どうするん?返事、もちろんオッケー?』
『うーん‥ヒラマサのことは好きだよ。私にはもったいないくらいかっこよくて、勉強もできて、優秀で、優しくて‥けど、今回の件もあって、恋愛とかもうしんどくて‥。』
『あー‥でもさ、ヒラマサくんは、今回の件があったからこそ花ちゃんのこと守りたいって思ったから結婚するになったんちゃう?もう身を沈めてしまうのも一つの手やで。』
『そうだよね‥もう少し考える。ありがとう。』
『うん!』
『でも今は、国家試験に集中したいんだ。』
『まあ、それもそうやな!一緒にがんばろ!』
『うん!』
そこからは、卒論と国試合格に向けての勉強を並行して行い本当に忙しく、遊んでる間がないぐらいだった。
和紗と隼人は、企業就職を狙いその二つと並行して就活も行っていた。
自然と由奈ちゃんと一緒に過ごすことが増えた。
ただ大学構内を歩いていると、『刺された子』『警察沙汰になった子』と言われ、しまいには『男遊びが激しかったことが原因』と噂が流れてしまう羽目になった。
陰でくすくす笑われることもあった。
『花ちゃん!気にすることないで!何も知らん連中なんてほっとき!』
『そ、そうだね。ありがとう』
由奈ちゃんはいつもそばにいて励ましてくれた。
ヒラマサから連絡が来た。
《今日の放課後あいてる?佑々木さえよければ、ご飯でも行かない?》
というものだった。
空いてるけど‥。
今日、あの返事しなきゃいけないのかな。
『ヒラマサくん?ご飯行ってきいや』
『でも‥行ったら返事しなきゃだよね』
『保留やけどご飯だけでもいいんちゃう』
『そ、そういうもの?』
『そういうもんやろ。それに、ヒラマサくんは花ちゃんに会いたいんやろ。会えるだけでもハッピーやな!』
『そっか‥んじゃ行ってくるよ』
『うん!また進捗聞かせてな!』
ヒラマサに返信をすると夕方ぐらいに返信が返ってきた。
《大学の前で待ってる》
‥え?
花は、講義を終えたので、急いで大学の門前に行くと、ヒラマサが立っていた。
『おつかれ』
『お疲れって‥わざわざ来なくてもいいのに』
『何かあったら危ないだろ』
周りの人がチラチラと見ている。
ヒラマサは、身長186cmの長身で顔立ちも整っているため、とにかく目立つ。
女子生徒から黄色い視線が刺さる。
『‥とにかく早く行こ!』
『うん。どこか行きたいとこあるの?』
『ないけど、行くの!』
ヒラマサに声をかけて足早に歩き始める。
大学でこれ以上下手に目立ちたくない!
『待って。佑々木。』
歩き始める花の手を取って引き留めてきた。
『体調はもう大丈夫なのか?』
『‥大丈夫。ありがとう。』
『顔色悪いけど』
『別にそんなことないよ。‥ご飯まで少し時間あるけど、どうする?』
『どこか行く?』
『‥家に一旦帰らせて欲しい』
『ああ、いいよ。忘れ物?』
『荷物がたくさんあるから一旦おきに帰ろうと思ってたの。』
『そうか、んじゃいこうか。』
そのまま2人で花の住む寮まで向かった。
花の部屋の前まで着いた。
『‥は、入る?』
『いいの?』
『うん。寒いし‥』
『んじゃお邪魔します』
そういうとヒラマサは、花の部屋に入った。
花の部屋は、白を基調した部屋で物も最低限しか置かれておらず気持ちばかりの観葉植物が二つほど飾られていた。
『何もないよ?』
『‥うん。別に大丈夫。』
『何か飲む?』
『‥うん。なんでもいい。』
ヒラマサは、部屋を見渡すと床に座った。
花の匂いがする。
片付けられていて、整理整頓されている。
白を基調とした部屋で姉の無造作に様々なものが置かれて統一のとれていないゴチャ部屋とも違う。村井さんのピンクと白で統一してある女の子な部屋とも違う。
ごく自然に、清潔感のある部屋。
けれど、ところどころにどこか雑貨屋さんで買ってきたであろうポストカードが飾ってあったり、置物が飾ってあったり、本棚には大学で使用している薬学系の医療書が大量にあった。
『‥この部屋は誰か来たことあるの?』
『えっと‥和紗と由奈ちゃんはよく来るよ。大学から近いから泊まったりすることもある。』
『へー‥西岡はきたことないの?』
『ないよ。寮の前までは来たことあるけど、いつもエントランスで別れてるし、引っ越してきたのは隼人と別れてからだしね。』
そういうと花は、カフェラテを注いでヒラマサの前にだした。
『砂糖置いておくね』
『あ、うん‥』
‥なんか緊張する。村井さんの家に来た時の緊張感と何か違う。
病院で咄嗟に出た言葉があれだった。
『結婚しよう』
家であの言葉を振り返ると、さすがにヤバいやつだと我に返って思った。激しく思った。
これで振られたらどうしよう。
女の人とまともに付き合ったこともないのに、結婚は気が早すぎたかもしれない。
けれど‥。
佑々木が変なことに巻き込まれないようにそばにいて守る方法はそれぐらいしか思い浮かばなかった。
‥いい匂いする。ベッドがある。
いや、ダメだ。煩悩に負けるな。
村井さんが言っていた言葉を思い出す。
'何も感じないの?私のこと好き?"
‥あれはこういうことだったのか。
確かにあのシュチュエーションが佑々木だったら我慢できていなかったかもしれない。
ここでラグの上に座ってテーブルでカフェラテを飲んでるだけなのに、味がしない!!
普段砂糖をたくさん入れて飲んでいるカフェラテをそのままゴクゴク飲んでしまう。
『‥ヒラマサって砂糖なしでカフェラテ飲めるんだ。』
『ゴホッ!ゴホ!!』
『あ!ごめん!大丈夫?』
花の声にびっくりしてむせこんでしまった。
口の中が苦い‥めっちゃコーヒーの味がする。
ミルクが入ってるからまだマシだけど‥。
花はティッシュとタオルを取り出してヒラマサに渡した。
『ごめん‥汚くて』
『いいよいいよ。私も急に話しかけてごめんね』
‥ださすぎる。どうしよう。
『どこでご飯食べる?』
『あ、そうだな、佑々木は何が好き?』
『うーん‥なんでもいいっちゃいいけど、焼き鳥とか!』
『んじゃ駅前の焼き鳥やさんとか行く?』
『うん。そうしよ。開店が18時からだし、まだあと1時間ぐらいあるね。今のうちに勉強してていい?ヒラマサも適当に勉強してていいよ』
『あ、そうしようか。』
お互いタブレットや参考書を開いて黙々と仕事や勉強、研究内容の資料を仕上げている。
チラッとヒラマサを見る花。
小さな同じテーブルで勉強していると自然と顔が近くなる。
高校生の時ぶりだな‥こうやって勉強するの。
高校の時より顔つきが大人っぽくなっていて、少しドキッとしてしまう。
あまり見ると失礼だよね‥。
視線をノートパソコンにうつして卒論の続きを仕上げることにした。
ヒラマサもチラリと花を見た。
長い髪を一つにまとめて黙々とパソコンを打っている。細い首筋に白い肌。
大きな瞳に長いまつ毛、通った鼻筋にうっすらピンク色の綺麗な唇。
伏目な表情な少し大人の色気を感じさせた。
‥高校生の時はもっと幼くて頼りなく不安定な感じだったのに、いつの間にか綺麗な女性になっていた。心臓のドキドキが止まらず、集中できない。
静まり返った室内で、PCキーボードのタイピング音とボールペンで紙に文字を書く音だけが響き渡っている。
集中できなくて、頭を掻いてしまう。
『‥ヒラマサ大丈夫?』
『え?』
『やっぱり‥』
『‥』
『やっぱりお砂糖入りのホットミルクとかの方が良かった?』
『‥え』
『さっき、無理して砂糖なしのカフェオレ飲んだせいで身体がむずむずしてる?お口直しに甘いもの持ってこようか?』
『いや別にそういうのじゃない』
『そう?遠慮しなくていいよ』
すると花は立ち上がって台所へ行った。
‥何をしてるんだ俺は。
これじゃ勉強の邪魔をしに来ただけじゃないか
大学の研究の合間を縫って会いに来たけど、佑々木の都合を考えていなかった。
佑々木だって卒論や国試の勉強で忙しいのに‥やってしまった。
頭を抱えてしまうヒラマサ。
すると、花がヒラマサの隣に座って温めた牛乳をだした。
『はい。オリゴ糖入ってるから甘いよ』
『‥佑々木』
『ん?』
テーブルにコップを置いた花の手をそっと握った。ドキッ‥とする花。
『‥!』
『‥』
静かな部屋。時計のカチカチという秒針の音だけが響いている。
ヒラマサが花の顔を見ると耳まで顔を赤くしていた。目を伏目にしているせいで長いまつ毛が余計に際立ってみてる。瞳は少し潤んでいた。
ぎゅっと唇を噛み締めている。
花の手を離さずにまだ握りしめている。
『好きだ。佑々木のこと。』
『‥うん』
『‥付き合って欲しい。』
『‥ごめんなさい。』
『‥』
そのまま沈黙が続く。
ヒラマサが振られたのだと思い、花の方をもう一度しっかり見ると、花の身体が震えていることに気がついた。
よく見ると呼吸も荒い。
顔も赤くほてっている。
『‥佑々木?』
『ごめん‥すごく嬉しいけど、体がしんどくて』
『‥え?』
どんどん顔色が悪く、震えが強くなっていく、呼吸が荒くなっていく。
額に汗が流れてきた。
『‥あの事件から、誰かに触れられると、怖くて、震えが止まらないの。呼吸が苦しくなったり、動悸がしたりして‥、フラフラしてくるの。‥ごめん。』
『え、ごめん。俺もそこまで考えられてなくて、大丈夫?』
『ごめんなさい‥ちょっと離れてほしい。』
『わかった。』
ヒラマサは、その場から立ち上がって、玄関までいった。
ちらりと花を見るとその場にうずくまった状態でクッションに顔を埋めて深呼吸していた。
その様子を玄関から見つめていた。




