北川風月。
ギターを背負って、真夜中の繁華街を歩く。
この街には色々な人がいる。
疲れた表情で帰路につくサラリーマン、派手な装いでヒールを履いて巻いた髪を揺らしながらスマホを見つめてカツカツと音を立てて歩く女性、楽しそうにお酒を飲み交わして大人気なく騒ぐ大人のグループ、居酒屋の客引きをすり抜けて、地下にある音楽スタジオに入っていく。
『お疲れ様でーす』
『お、北川お疲れ。』
そこに立っていたのは、紫翠大学の今はなき軽音サークルの元部長である草薙建人だ
今は銀行員として勤務してるらしい。
仕事終わりだからなのか、ネクタイを緩めて、ジャケットのボタンを全て開けた状態のスーツ姿だった。
週末、このスタジオで草彅先輩たちとバンド演奏することが数少ない楽しみだ。
『なんか、最近。北川元気ないね?』
『そうですか?普通ですよ』
『あ、そうだ。好きな子とはどうなの?』
『うーん別に進展なしですね』
『へー‥北川みたいなイケメンでも恋愛に苦戦したりするんだな。』
『いやー面食いだったら一発でいけたんですけどねえ〜。』
『羨ましいセリフだな』
北川は先輩の方を見てにっこりと笑った。
北川はギターを手に取って、チューニングを行い。今日もステージに立った。
小さな箱だが、ここでは楽しく音楽ができた。
そして、深夜2時ごろ家に帰宅した。
そっとドアを閉めて、ゆっくり階段を登る。
『今帰りか』
後ろから声がして、振り返った。
そこに立っていたのは、父親だ。
風月の父は、大手証券会社で役員を務めている。仕事ができて、尚且つ頭がキレる。
厳格でとにかく我が子にも厳しく、家庭にいる時間は少ない。
風月がこの世で最も苦手な人間だ。
心のうちを悟られないように、顔に張り付いたテンプレの笑顔を作る。
『父さんも帰ってたんですね。お疲れ様です。』
『全く‥胡散臭い笑顔を向けおって。それに女みたいに長い髪だな。ピアスもそんなにあけて‥中途半端な大学に進学するからそんな自堕落な生活が送れるんだろう。』
はい、きました。小言です。
風月は慣れている。
表情は変えない。
『‥大学では勉強してます。終活も終わりました。何も心配かけることはありません。』
『そのこともだ。裕子から就職先が決まったことを聞いたぞ。私には報告もなしか?』
『お忙しいと思いましたので。』
『白々しいやつだな』
『‥』
『‥』
沈黙が走る。
『‥他に話すことがないのであれば、失礼します。』
風月は、父親に軽く頭を下げると二階へ上がっていった。
自分の部屋に入り、扉を閉めて大きくため息をつく。この豪邸も豊かな暮らしも全ては勤勉な父の働きによるものだ。
我が子にもそんな生き方を強く求めている。
風月には、兄が2人おり、長男は弁護士。
次男は父と同じ外資系金融企業に勤めている。
2人ともヒラマサたちと同じ帝都大学出身だ。
ちなみに父も母も帝都大学。
俺だけ紫翠大学に通っている。
母は、自分の好きなように生きたらいいと肯定的であるが、昔から父や兄たちは風月のことを下に見ている節があった。
中性的で整った顔立ちだったが、勉強は兄たちほどできるわけでもなく、身体も弱かった。
いつも気にかけてくれるのは母だけだった。
それが兄たちの気に障ったのだろう。
そこから見下されるようになった。
一人暮らしは、父の許しがなくできない。
金銭的な問題ではなく、僕が1人暮らしをすると遊び呆けるからだという理由らしい。
兄2人は家を出ており、父もたまにしか帰ってこない。
そんな環境だと母と2人で住んでるに等しく、住み心地は悪くない為大人しくそれに従っていた。
母は、優しくいつも風月を気にかけていた。
それだけに風月にとっては、母が心の支えだった。
次の日の朝。
起きて、リビングに行くとは母がいた。
『おはよう、風月。今から大学?』
『おはよう、母さん。そうだね、卒論研究のためにゼミ行かなきゃ行けないから。』
『もう少しで卒業ね。楽しみ。』
『本当にありがとう。母さんのおかげだよ。』
『まあ‥嬉しいこと言ってくれるのね』
そういうと、母は風月の前に目玉焼きとサラダを盛り付けたプレートをおいた。
他にもフルーツやバターロールも持ってきた。
『ありがとう、いただきます。』
『あ、そうだ‥昨日お父さんに会った?』
『‥うん。会ったよ。夜中帰ってきた時に玄関で少し話したよ。』
『ごめんね、お父さんに就活のこと話したら、なんだか怒っちゃって‥』
『いいよ。内定もらって3ヶ月も経ってるのに父さんに何も言ってなかったの俺だから』
『そう‥、でもこれで風月も家を出られるわね。一人暮らししたがってたでしょ?』
『うん。そうする。』
『寂しくなるけど仕方ないわね。応援してるね。』
『ありがとう』
『そのうち素敵なお嬢さんと結婚して、孫の顔を見せてくれたりしたら嬉しいわ。風月の子だときっと美人でしょうね。』
『気が早いよ』
『あら、ごめんなさい』
母が作ってくれた味噌汁を口に運んで流し込む。
朝ごはんを食べて大学へ行った。
大学に行くと、和紗と由奈ちゃんが歩いていた。数少ない友達だ。
『ヤッホー!2人とも!』
『あ、北川くん』
『相変わらず元気ね』
『2人ともなんか元気なくない?あ、うさちゃんはいないの?』
『‥あ、今日は体調不良で休みよ』
『へー珍しいね。隼人と別れて落ち込んでるの?』
『まさか、もう1ヶ月も経つのに』
『それもそうかー!あ、隼人は?』
『‥』
『‥』
すると和紗と由奈ちゃんが目が合わせて、気まずそうな表情を浮かべている。
なんとなく察した。
おそらくうさちゃんも隼人も何かあったんだな。分かりやすいなーみんな。
『西岡くんももう帰ったんちゃうかな』
『へー』
『北川って西岡好きよね』
『友達だからね〜面白いし♫』
ニコニコする北川。
じっとその顔を見つめる和紗。
『北川さ、西岡のことあんまりおちょくるのやめなよ。』
『‥ 分かってるよ』
『気にかけてあげてるの分かってるけどさ。んじゃ、私たち行くね。』
『あ‥バイバイ!北川くん!また遊ぼうね!』
『うんー!もちろーん!』
そういうと、和紗と由奈ちゃんはスタスタ去っていった。
和紗ちゃんは、何かとよく見てる。怖いなー。
limeを開いて、西岡に連絡する。
《ヤッホー!元気ー?今日暇?》
もちろん既読はつかない。
薬学部は今日も普通に講義があるはず、それなのにうさちゃんも隼人も休みなんておかしい。
別れて1ヶ月経ってるし、2人の様子を見る限り復縁の可能性は低そうだけどな‥。
大学が終わったら、隼人の家に行こーと。
西岡隼人とは、高校からの付き合いだ。
同じ高校で文化祭でバンドメンバーとして、一緒に演奏することをきっかけに仲良くなった。
ばか真面目で融通が効かない。
少し間抜けだけど、憎めない良いやつだ。
いじると反応が面白くていつも追いかけてしまう。目が離せない。
そして、あー見えて、結構優しい。
けど、今も昔もうさちゃんしか見えていない。
ピンポーン。
うーん‥出ないな。
おかしいな、家にいるはずなのに。
仕方ない。
ピンポーン♪ピンポーン♪ピンポーン♪
『うるせえ!誰だよ!』
『やっほー!隼人♪遊びに来たぜ♪』
扉が勢いよく開くと、中から顔をパンパンに腫らした隼人が出てきた。目も赤く腫れている。
泣きてたようだ。
やっぱり何かあったようだ。
西岡は少し驚いた顔をしている。
『‥なんだよお前.冷やかしに来たのか』
『てか、何その顔!ウケるんだけど!んじゃお邪魔しますー!』
『おい!ちょっと!』
『ピザ買ってきたし食おうぜ!あと、ビールも買ってきたし、パーティーだな。』
『おいおい‥食欲ないって』
『何言ってんだよー!落ち込んでる時こそ、美味いもん食って元気出さないとダメだろ?これ人生の基本だから!』
『‥はぁ。』
『ほらほら!チキンもあるぞ。まあ、別に俺が1人で食ってるの見ててもいいから!んじゃ!いただきまーす!』
俺は見ての通り、性格が悪い。
隼人みたいな良いやつがこうやって不器用に生きて痛い目にあって、苦しんでるのを見ると、最低かもしれないが、少し心が軽くなる。
こんなこと、口が裂けても言えない。
『たっく‥かまってちゃんかよ。』
そういうと、隼人はため息をつきながら北川の隣に座って、チキンに手を伸ばした。
『お前はいつもそうだな。俺に構ってほしいんだろー?澄ました顔しやがって。』
『さあ、どうだろうね?隼人の好きなように受け取れば良いよ。』
『たっく‥ありがとうな』
そういって、隼人は北川の買ってきたチキンを口に運んだ。




