将生の部屋
放課後。
ヒラマサの家にやってきた遥香先輩。
8回建アパートの三階にある1DKの部屋だ。
引っ越してきて半年ほど経過しているが、部屋にはシングルベッドと勉強机と椅子と本棚と溢れかえってる本しかなかった。
驚くほどシンプルで何もない。
『お邪魔しますー!おおー綺麗ねー綺麗すぎて、生活感ない』
『そうですかね。』
すると将生は、棚からカメラを取り出した。
『これなんですよ』
『あ、はいはい。これね!』
『分かります?』
『うん。わかるよ。KONYのC-25ね。』
『使えます?』
『古いものだけど、古いものは販売当時と変わらず良いものよ。綺麗な写真が撮れると思うわ。ちゃんと動くし‥充電はできるよね?』
『よかったです。できます。家で充電して持ってきたので。』
『んじゃ完璧ね。』
遥香先輩は、テーブルの前に座ると将生に丁寧にカメラの使い方を説明し始めた。
そしてあっとういまに夜になってしまった。
『すみません。こんな時間になっちゃって』
『いや!良いのよ!楽しかったし、けどお腹すいたー!』
『‥なんかお礼に作りましょうか?』
『え!?まじで!?料理できるの?』
『はい。姉より上手ですよ。麻婆豆腐とか調味料から作れます。小さい時から母に教えてもらっていたので。』
『えー!食べたい食べたい!作ってくれるの?』
『はい。んじゃちょっと待っててくださいね』
『うん!ありがとうね!』
遥香先輩は機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら部屋の中の本や天体望遠鏡を眺めている。
そういえば、いくら先輩とはいえ、女性の遥香先輩を男の部屋に入れるとかちょっとデリカシーなかったかもな。俺がカメラを大学まで持って行けばよかったな。少しは遠慮した方が良かったかも。姉ちゃんと一緒にいる感覚とほぼ一緒だから距離感バグるな‥寺倉以外でこの部屋に人が来たのは初めてかも。
台所で料理をしていると、スマホが鳴った。
佑々木だ。
《こんばんは!合宿はどうだった?また面白い話とか聞けたら嬉しいです》
‥面白い話か。あ、この写真見せたいな。
《楽しかったよ。星空の良い写真が撮れたから現像したんだ。写真を渡したいからどこかあいてる日があれば会えない?》
《え!いいの?楽しみ。今週末なら空いてるよ》
《んじゃまた今週末にご飯でもいく?》
《うん!いこうー!》
『将生くーん!何してるの?』
『うわ!!』
スマホを触ってるヒラマサのスマホを横から覗き込んできた遥香先輩。
『驚きすぎだよー』
『す、すみません。友達と連絡取ってて』
『へー?友達?』
『はい。友達です。』
スマホをポケットに入れる。
『良い匂いね!』
『あ、もうできますよ。ご飯も炊けたので食べますか?』
『うん!食べる!』
『辛いものは得意ですか?』
『うん!得意だよ!』
そのままテーブルに座って、一緒に麻婆豆腐を食べた。
この部屋に来て、家族以外の人とご飯食べたのは初めてだな。なんかでも、姉みたいだけど。
『なんか、遥香先輩って姉と似てますね』
『え、そう?杏奈よりかなりお馬鹿よ?』
『姉も大概ですよ』
『ちょっとまずは私のおバカを否定しなさい』
『あ、すみません。』
『ねえ、さっきメールしてたの花ちゃんでしょ?』
『え?なんで分かるんですか?』
『ニヤニヤしてたわよ?』
『え?』
『ふふふ、良いわね、そんなふうに好きでいてくれる人がいて花ちゃんが羨ましいわ』
『‥別に、遥香先輩もモテるでしょ』
『何言ってんのよーそれに好きな人に好かれないと意味ないわ。』
『まあ、そうですね』
『そうでしょ?てか、なんで告白しないの?』
『‥いや、いつかはしようと思ってます。タイミングを探ってるんです。』
『えー?本当に?』
『‥遥香先輩には関係ないでしょ』
『んー‥将生くんって女の子と付き合ったことないでしょ?』
『ありません。』
『やっぱりー!女の子の扱い方分かんないんじゃない?』
『女の子というか‥別に、今の関係である程度満足ですし、お互い勉強や将来のために努力してる段階なので邪魔になりたくないんです』
『今のままでいられると思ってる?』
『え?』
『花ちゃん可愛いし、美人さんね。この前ライブに行った時も雰囲気良さそうな男の子いたわよ。ちょっとチャラそうだったけど、そこそこイケメンだったし。』
『‥そんな話聞いてないので』
『本人が分かってないだけで周りには花ちゃんのこといいなって思ってる子がいるかもしれない。恋愛っていうのはタイミングなの。』
『‥はあ。』
『早い者勝ちなのよ?ぼーっとしてると他の子に取られちゃうかもよ?』
『‥それ、圭吾にも言われました』
『あら寺倉くんよく分かってるじゃない』
『‥でもどうしたら良いですかね、』
『そうねー、まずは、スムーズに付き合う練習とかしてみるのは?』
『練習?』
『手の繋ぎ方とかデートの誘い方とか、ウケの良いデートコースとかを考えるの』
『なるほど‥』
『ほら、手出してみて』
『はい、』
ヒラマサが出した手を遥香は握った。
指と指を絡めて、恋人繋ぎをする。
『これが恋人繋ぎ。普通の手を繋ぐ行為と違って、恋人同士がする手の繋ぎ方よ。』
『なるほど‥』
『‥』
こ、こいつ‥顔色ひとつ変えないわ。
どんだけ私が眼中にないのかしら‥。
『まあ、こんな感じでね。どう?試しに私と付き合ってみる?』
『え、遥香先輩とですか?』
『うん。』
『確かに勉強にはなりそうですけど、それって遥香先輩にメリットありますか?』
『‥あるわよ。私もこう見えてあんまり恋愛経験ないからね、将生くんでお試ししてみたいな。』
『うーん、考えておきます。』
『そう。』
すると将生は、手をほどいて、食事を再開させた。
食事を終えて、遥香先輩を駅まで送っていくことにした。
『ありがとうございました。色々と。』
『いーえ!こちらこそ麻婆豆腐美味しかったわ!ありがとうね!』
遥香は、将生の頬に軽くキスをした。
『‥!!!』
『これがキスね?恋人は別れる時にキスする人が多いのよ。』
『俺たちは恋人じゃありません』
『ふふ、練習よ。練習ね?』
『‥もうしないでください。』
『ええ?』
『もしも、他の人が見たら勘違いして変な噂が回りそうです。お互いに良いことないので、もうやめてください。』
『‥そう、ごめんね。』
『今日はありがとうございました。また気をつけて帰ってください。』
『うん。またね!』
『はい。』
少し離れたところから、遥香と別れる将生をじっと見ているのは、花と由奈だった。
バンド練習の帰りに改札口から出るときにガッツリと見てしまった。
『‥っ!!』
『花ちゃん大丈夫?』
『いや‥えっと‥』
今、今、き、きすしたよね??
遥香先輩とヒラマサがキスした‥。
『今のカップルみたいな人たち知り合いなん?』
『‥うん。』
『もしかして、彼氏?』
『いや、彼氏じゃない‥ただの友達だよ』
『‥なるほど、好きな人か。うーんどうなんやろ。付き合ってるんかな?』
『付き合ってないのにキスするかな?』
『‥うーん。どうやろ。人によってはするんちゃう?』
『ヒラマサそんなことするかな!?』
『うち、ヒラマサくんのことよー知らんし!』
『あ、そっか。』
『うん。ごめんな。』
『私こそごめん‥』
『‥大丈夫?とちゃうか‥。』
困惑して、顔面蒼白な花のことを気にかけるように心配そうな表情で見つめる由奈。
不穏な空気が流れていた。




