昔の記憶
『ゴホッゴホッゴホッ!!』
苦しい‥息ができない‥お母さん‥助けて
ヒュー‥ヒュー‥ ヒュー ヒュー
息をするたびに首から胸の辺りからか細い笛のような音が聞こえる。
サイレンの音と共に真っ赤なライトがチカチカと照らされる。
救急車に乗せられる小さな体の女の子。
心配そうにその姿を見つめるのはお母さん。
家の中からまだ幼い双子の弟を抱えている父親が運ばれていく女の子をじっと見つめている。
住宅が密集している集合住宅の窓やベランダから救急車を覗き込む人たちの姿がちらほら見えていた。
『花!大丈夫よ!もうすぐ病院に着くからね!』
『苦しい‥助けて』
目が覚めるとそこは、病院のベッドの上だった。
『風邪をひいていたみたいなので、それによる気管支炎からの喘息の悪化ですね‥吸入ステロイド薬を処方するので、毎日吸引してください。』
『わかりました。ありがとうございます。』
白衣を着た医師に深々を頭を下げる母親。
息苦しいのは治っていた。
それから、定期的に薬局に通い薬剤師さんにステロイド吸入薬を貰いに行っていた。
家の近所にあるパプリカ薬局。そこにいた薬剤師の女性とすぐに仲良くなることができた。
おそらく母親と同じ年くらいでスラッとしたモデル体型で長い艶のある黒髪を一つ結びにしていた。
細い目をさらに細くて優しい笑顔を向けてくれる。
綺麗な日本美人だ。
今日も薬を受け取りに来た花をカウンター越しに声をかけてくれる。
『あら〜、花ちゃん。今日は素敵なお洋服ね。
これからおでかけなの?』
『うん!おばあちゃんのおうちにいくの!』
『それは良いね〜!しっかりお薬も飲んでね?吸入も忘れずね!』
『お姉さんありがとう!』
『あらやだ!お姉さんなんて言ってくれるの?なんて〜良い子なのかしら!』
周りのスタッフにくすくすと笑うとその薬剤師は、少し恥ずかしそうに頬を膨らませて睨みつけていた。
『何よ!お姉さんでしょ?なんにも間違ったこと言ってないわよー?』
『はいはい。』
『そうですね、この薬局で一番お姉さんですもんね。』
『余計な一言ね!』
お姉さんと薬局の人はみんな仲良しだ。
お姉さんから薬を受け取る。
『んじゃあね、花ちゃん。また来月まで元気でね。』
『うん!またね!』
その薬剤師のお姉さんが大好きだった。
綺麗な真っ白な白衣を着て、少し漢方のような薬膳の匂いがくせになる‥。
ピピピピ‥
アラーム音が部屋に鳴り響く。
それと同時に母親の声も聞こえた。
『花ー!もう朝よ!起きなさい!』
『‥うーん‥眠い。』
『なにいってるの。今日から3年生でしょ。早く行かないと始業式に遅刻するわよ!』
『うん‥』
久しぶりに懐かしい夢見たな‥。
もう小児喘息は大人になるにつれて治っていき、今はもう薬がなくても生活できるため薬局に行くこともなくなった。
あの薬剤師のお姉さん元気かな‥。
もう名前も思い出せないが、あの白衣の綺麗な姿だけは頭に焼き付いて離れない。
私にとっては、治療をしてくれた医師よりも笑顔で優しい対応をしてくれて、毎月薬を用意して渡してくれる薬剤師さんの方がヒーローに見えた。
トーストを食べて、インスタントのコーンスープを飲んで、制服に着替える。
同じテーブルには、二人の弟も座っていた。
一卵性双子なので全く同じ顔が二つ並んでこっちをじっと見つめている。
『3年生なんて早いね』
『姉ちゃんとこ進学校だからみんな大学進学するんでしょ?』
『うーん、そうじゃない?』
『姉ちゃんどうするの?』
『近くの国立受けるけど‥』
『何になるの?』
『公務員』
『無難すぎる』
『夢がない』
双子の弟は中学2年生。
名前は、朝陽と夕陽だ。
地元の中学校に通っており、2人とも私と同じ高校を目指して勉強しているみたいだ。部活は剣道部。
『別に。どうせ公務員なら高校教師とかになろうかな。割と周りに目指してる人多いし。』
『へー』
『姉ちゃんが先生か‥現代文?古典?』
『世界史?日本史?』
『英語かな』
『文系なのね』
『数学で赤点とってたじゃん』
『今はとってないわよ!』
ゆっくり喋りながら朝食を取る3人を見かねてお母さんがやってきて手を2回パチパチと叩いた。
『はいはい!喋ってないで早くみんな学校行きなさい!朝陽と夕陽は朝練でしょ!早くしないと!』
『ほーい』
『はいはーい』
口にパンを詰め込んで、二人ともいそいそと立ち上がって歯磨きしに行った。
すると母がこちらをちらりと見つめて声をかけた。
『花。』
『ん?なに?』
『別に無難に公務員なんて選ばなくて良いのよ。本当になりたいなら良いけど‥お金のことなんて気にせず好きな大学に進学しなさい。そのために良い高校に行ったんだから。お父さんだってその方が喜ぶわ!』
『‥ありがとう』
『はい!新学期も頑張ってね!』
学校に行く前に仏壇の前に行き、チンとりんを鳴らす。
仏壇には、8年前、私が小学4年生の時に交通事故で亡くなった父の遺影が飾られていた。
『いってきます』
その様子を見て、弟2人も仏壇に手を合わせる。
我が家は、稼ぎ頭だったサラリーマンの父が亡くなり、専業主婦だった母が働きに出て家計を支えている。
生活は貧しくはないが、自然と贅沢からは疎遠になる。そんな生活をしている。
昔は、薬剤師のお姉さんに憧れて、薬剤師になりたいと思っていた。けれど、六年制医療大学は学費も高額で、国立に限っての受験となると難易度は高くなる。
自然と諦めていた。
『姉ちゃん!家の前に真緒ちゃん来てるよ!』
『夕陽大きくなったねー!』
『真緒ちゃんは、変わんないね。後、俺、朝陽ね』
『あー!朝陽か!あはは!』
玄関を出ると、家の前に真緒がいた。
朝陽と2人で話している。
双子の弟は一卵性のため、よく似ている。
たまにやってくる真緒にはまだ見分けがつかないようだ。
『あれ?真緒だ。おはよー!てか、今日一緒に行く約束してたっけ?』
『おはよう!してないけど何となく家の近くまでに来ちゃったから寄ってみた!』
『そうなんだ。んじゃ一緒に行こうか。』
『行こ行こ!』
2人で並んで学校へ行く。
学校は我が家からは近いので、歩いて20分ほどだ。真央は電車通学をしているのでおそらく最寄りの駅から歩いて我が家まで来たのだろう。遠回りなのに、わざわざ来てくれたんだ。
前回夏休み明けの1人通学・1人飯を思い出すと友達がいることが体に染みる。
仲直りできて本当に良かった。




