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第三話 【覚醒・クライマックス】恋心が紡ぐ新旋律

 ドォォォォォォン……!!夜の森を、凄絶な光の柱が穿っていた。アルファの身体から溢れ出る光は、もはやかつての静謐な金色だけではなかった。情熱の赤、一途な白、そして輝く黄金。あらゆる色彩が複雑に混ざり合い、渦を巻き、大気を激しく振わせている。「な……なんだ、この現象は……!?計算が……エラーを起こしている……!?」四天王アルファベトの声に、初めて人間らしい動揺と混乱が混ざり込んだ。彼の手元で浮遊する無数の黒い文字魔法陣が、まるで狂ったように高速明滅を繰り返している。アルファの放つ音波へ「逆相アンチ」を重ねようと、何千、何万という計算式を瞬時に叩き出しているのだ。だが追いつかない。「解析不能……!周波数帯の連続変化、振幅の不規則変動……!バカな、こんな構造の存在しない音波ノイズなど、魔法として成立するはずがない……!」「ノイズじゃない……!」アルファは血の混ざった息を吐き出しながら、ゆっくりと前へ足を踏み出した。膝が笑い、視界が赤く染まりかけている。魔力の過剰解放による痛みが全身の神経を焼き切ろうとしていた。それでも、アルファの瞳に宿る黄金の炎は絶えなかった。「これは……ノイズなんかじゃない……!君たちの言う計算や効率で測れない……僕の……人の想いの音だぁぁぁっ!!」アルファが両手を空へ掲げた。その瞬間、世界が歌い始めた。風の音でも、大地の音でもない。「リリア様を守りたい」「あの人を死なせたくない」「僕は子供じゃない、一人の男としてあの人を愛しているんだ」言葉にならないほどの切実な情動が、音符の形をとって空間へと溢れ出していく。空中へと展開されたのは、かつての綺麗で整然とした幾何学模様ではなかった。荒々しくもどこまでも優美な、光の波形と音符が奔流となって舞い踊る。前代未聞の音響魔法陣。「構築:キャスト……即興曲:インプロンプトゥ……!」アルファの幼い声が、夜空を破って響き渡る。「《愛の讃歌:アリア・アモール》ッ!!」



ガラガラガラガラッ!!



 アルファベトが展開していた堅牢な「文字の城壁」に、一筋の巨大な亀裂が入った。「馬鹿な……! 我が完璧な字形論理が……上書きされていく……!?」アルファベトが悲鳴に近い声を上げた。アルファの放った新旋律《愛の讃歌》は、単に敵の魔法を打ち破るための攻撃ではなかった。それは、四天王が構築した「死んだ文字の世界」そのものを、圧倒的な「生の熱量」によって塗り替えていく光の暴風だった。黒い文字群が、アルファの歌声に触れた端から黄金の音符へと姿を変え、光の粒となって消滅していく。「崩壊率60%……80%……破綻する!我が論理が破綻する……!!」「終わりだ……四天王!!」アルファは前傾姿勢となり、光の奔流を両手に集めた。「文字という死体の中に閉じこもっていた君に……本物の歌の響きを……人の心の強さを、思い知れぇぇぇぇっ!!」アルファが両手を前へと突き出す。



ズガァァァァァァァァァンッッ!!!!



 光の奔流が破砕音とともに解き放たれた。それは、まるで意志を持った流星群のようだった。数万の光の音符が、怒濤の旋律となって四天王アルファベトへと襲いかかる。「ヌオぉぉぉぉぉぉっ!?」アルファベトは全魔力を放出し、黒い文字の多重障壁を展開して防ごうとした。だが、感情を乗せたアルファの即興曲の前には、どんな計算された防御も意味をなさなかった。一枚、また一枚と文字の壁が爆ぜる。「認識……不可……!これが……感情の……人の想いの力だというのか……ッ!?」バリィィィィィンッ!!最後の文字障壁が粉砕された。光の旋律が四天王アルファベトの全身を貫き、その黒い法衣と「文字の鎖」を跡形もなく消し去っていく。「我が論理が……少年一人の……恋心に破れるとは……ッ――!!」断末魔の叫びとともに、四天王アルファベトの身体は眩い光の中に呑まれ、空の彼方へと弾け飛んで消滅した。



 静寂が、夜の森へと戻ってきた。さっきまでの激しい破壊音と眩い光が嘘だったかのように、虫の音と風のそよぎだけが静かに漂っている。四天王が放っていた不快な高周波は綺麗に消え去り、森の樹木は再び本来のみずみずしい「音の色彩」を取り戻していた。「勝っ……た……?」ボロボロの鎧に身を包み、冷たい地面に突伏していた重戦士が、信じられないものを見る目で空を見上げた。「おいおい……マジかよ……。四天王を……あのガキが……ひとりでブッ飛ばしちまったのかよ……!?」重戦士は呆然と呟いたあと、全身の痛みに「痛たたた……!」と呻きながらも、どこか誇らしげに口元を綻ばせた。「へっ……大言壮語じゃねぇ……。本物の……化け物じみた男だぜ、あいつは……」一方。アルファベトが消滅した中央で、アルファはぽつんと立ち尽くしていた。「はぁ……はぁ……っ……」手に纏っていた光が消え、空間に漂っていた黄金の音符たちも、夜空へと優しく溶けていく。全身の緊張が解けた瞬間、強烈な脱力感と激痛がアルファを襲った。過剰に限界を超えて魔法を放った反動で、視界が激しく揺れ、世界がぐにゃりと傾く。(あ……ダメだ……。足に……力が入らない……)グラリ、と膝から崩れ落ちそうになったその時。ふわり。あたたかい温もりが、倒れそうになったアルファの身体をしっかりと抱きとめた。「アルファちゃん――っ!!」リリアだった。 ボロボロになりながらも必死で駆け寄ってきた彼女が、膝をつき、倒れ込むアルファを腕の中で優しく、力強く抱きしめたのだ。



 「リリア……様……」アルファの顔が、リリアの胸元にうずもれる。甲冑は砕けていたが、その隙間から伝わる体温と、甘い香り、そしてトクン、トクンと早鐘を打つ彼女の温かい心臓の音。(あぁ……よかった。無事だった……)アルファの胸の奥に、圧倒的な安心感が広がる。リリアはアルファを強く抱きしめたまま、その肩を震わせていた。彼女の目から、溢れ出た涙がぽろぽろと零れ落ち、アルファの頬を濡らす。「すごかった……すごかったわ、アルファちゃん……!私を守ってくれて……重戦士さんを助けてくれて……本当にありがとう……!」「……へへ……言ったでしょ……僕が……君の騎士になって……守るって……」アルファはかすれ声で、力なく笑った。だが、ふとアルファは気づいた。 リリアの抱擁は、いつもの「子供を可愛がるハグ」とは違っていた。彼女の手はわずかに震え、彼女の心臓の鼓動は驚くほど速く、激しく波打っている。そして……彼女の頬は、夕日のように真っ赤に染まっていた。リリアは、アルファの顔を覗き込んだ。その瞳に映っていたのは、可哀想な男の子を見る目でも、幼い弟を可愛がる目でもなかった。自分のために命をかけ、圧倒的な強さで不可能な敵を打ち破った「一人の男」を見る目だった。(あ……)アルファの胸が、ドクンと跳ね上がった。アルファは薄れゆく意識の中、必死でリリアの瞳を見つめ返し、弱々しく、けれど精一杯の背伸びをして呟いた。「ねえ……リリア様……」「え……? なあに、アルファちゃん……?」「今度は……子供扱いじゃなくて……『男として』……抱きしめてくれた……?」「っ――!?」リリアの息が止まった。顔が耳の先まで一瞬で真っ赤に染まり、胸の奥で不自然なほどの熱い高鳴りが爆発する。「そ、それは……っ!」しどろもどろになるリリアの返事を聞く前に、アルファの限界を迎えた身体は静かに力を抜いた。「……ふふ。やった……」小さな満足げな微笑みを浮かべたまま、アルファはすーすーと心地よい寝息を立て、リリアの胸の中でぐっすりと眠りについたのだった。「アルファ……ちゃん……?」腕の中でスヤスヤと眠る十二歳の少年。その小さな、けれど世界で一番頼もしかった背中を撫でながら、リリアは自分の胸に手を当てた。静かな夜の森に、トクン、トクンと激しく響き続ける自分の心臓の音。(なに……これ……。心臓が……すごくうるさい……)



 リリアは混乱し、顔を真っ赤にしたまま、眠る少年の顔を見つめ続けた。彼女の中で何かが確実に変わり始めていた。十八歳の女勇者の心が、十二歳の少年の「情熱の旋律」によって、静かに、けれど決定的に撃ち抜かれた瞬間だった。


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