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EP 9

 空を焦がした大乱闘から数時間後。

 日が落ち、紫色の夜闇がポポロ村を包み込む頃には、村長宅の応接間はすっかり奇妙な「宴」の場と化していた。

「……信じられない。基盤がシリコンじゃなくて、特殊な鉱石(魔石)の結晶体で構成されてる。回路の代わりに魔力のバイパスが通ってて、これで量子暗号通信並みのセキュリティを確立してるなんて……っ!」

 特A級AIエンジニアの早乙女蘭は、完全に自分の世界に入り込んでいた。

 彼女の目の前には、バラバラに分解された『魔導通信石』とルナ・ペイの決済端末。

 片手には、リアンが焼いた『ハニーかぼちゃのタルト』が握られており、糖分を猛烈な勢いで脳に送り込みながら、異世界のオーバーテクノロジーを嬉々として解析している。

「蘭さん、借り物を分解するのはやめなさい。国際問題になりますよ」

「だ、だって輝夜さん! これ、地球の物理法則を根本からひっくり返す大発見ですよ!? この魔石のエネルギー変換効率、ノーベル賞が百個あっても足りない……あっ、タルトおかわり!」

「はいよ。食べこぼすなよ」

 リアンが呆れながら、新しく切り分けたタルトを皿に乗せる。

 外の野営地では、自衛隊員たちが相変わらず人魚姫リーザの『スパチャライブ』に熱狂し、手持ちのレーションを根こそぎ貢いでいる声が聞こえてくる。

 緊張感など、とうの昔に消え去っていた。

「……騒がしい連中だ」

 リアンは苦笑しながら、縁側へと続く障子を開けた。

 夜風が心地よい。空には、地球のものよりも少しだけ大きな月が、煌々と輝いていた。

「お隣、よろしいですか?」

 不意に背後から声がかかる。

 振り返ると、スーツのジャケットを脱いだ日野輝夜が、静かに佇んでいた。

「ああ。……飲むか?」

「ええ。せっかくですから」

 リアンは縁側に腰を下ろし、盆に乗せた酒器を手繰り寄せた。

 トクトクトク、と小気味良い音を立てて、土の風合いが残るぐい呑みに、無色透明な液体が注がれる。

「これは……?」

「この村で採れる『太陽芋』から造った芋酒だ。度数は25度。少し強いが、悪酔いはしない」

 輝夜はぐい呑みを受け取り、その表面を指先でそっと撫でた。

「……見事な焼き物ですね。まるで、地球の『備前焼』のようだ。釉薬を使わず、炎の力だけで土の表情を引き出している」

「お、よく分かるな。俺の趣味で作ったやつだ」

 リアンは少し嬉しそうに目を細め、自分のぐい呑みと輝夜のそれを、軽く打ち合わせた。

 チンッ、と澄んだ音が夜空に響く。

「いただきます」

 輝夜が一口含む。

 瞬間、カッとしたアルコールの熱と共に、太陽を思わせるような濃厚な芋の甘みが、喉の奥から鼻腔へと抜けていった。

「……美味しい。こんなに力強くて、それでいて優しいお酒は初めてです」

「だろ? こいつをチビチビやりながら、大根の煮物を齧る。これが俺の『最高の世界』さ」

 リアンは月を見上げながら、美味そうに芋酒を煽る。

 その横顔を見つめながら、輝夜は静かに問いかけた。

「リアンさん。あなたは、昼間……あの巨大な火の竜を、瞬きする間に粉砕しました。F-35bという最新鋭の戦闘機すら、子供の玩具を扱うように手玉に取った」

 輝夜の声のトーンが、一段階下がる。

 官僚としての、冷徹な分析官の目。

「それほどの力がありながら、なぜ、こんな辺境の村にいるのですか? ルナミス帝国のトップに立つことも、世界を支配することすら、あなたなら容易いのではないですか?」

「支配、ねえ」

 リアンはつまみの『醤油草』を齧りながら、ふっと笑った。

「そんなめんどくせぇこと、誰がやるかよ。俺は美味しい飯を作って、旨い酒が飲めればそれでいい。村の連中が笑って、明日も明後日も、同じように飯が食える。それ以上のことなんて、俺には必要ないんだよ」

 平和と、美味い飯。

 たったそれだけのために、彼は国家をも凌駕する暴力チートを振るう。

(ああ……なるほど)

 輝夜は、芋酒を飲み干した。

 出雲艦隊の坂上司令官や、若林幹事長が口にする『地獄』。

 国家間の思惑、血で血を洗う権力闘争、限られた資源の奪い合い。

 この男は、そんな泥臭い地獄を「くだらない」と一蹴できるほどの、圧倒的な高みにいる。

「……月は、いいですね」

 輝夜は、空に浮かぶ丸い月を見上げて呟いた。

「暗闇の中でも決して迷わず、ただそこにあって、世界を照らして皆を導く。……私も、あんな風に『月』になりたいと願っています。皆が笑って、楽しくお酒を飲める世界を作るために」

「月、ね。……あんた、見た目によらずロマンチストなんだな」

「笑いますか?」

「いや? いいんじゃないか。そういう熱い奴は、嫌いじゃない」

 リアンが空になった輝夜のぐい呑みに、再び芋酒を注ぐ。

 その時だった。

 ――ズズンッ……!!

 突然、足元の地面が不気味に揺れた。

 地震ではない。もっと局所的で、人工的な……いや、生物的な『振動』だ。

「……なんだ?」

 リアンが目を細めた直後。

 背後の応接間から、蘭の悲鳴のような声が響いた。

「輝夜さん! ヤバいです! ルナキン(ファミレス)の地下防空シェルター付近から、正体不明の熱源反応が多数! しかも、とんでもないスピードで地表に向かってきてます!」

「……他国からの奇襲ですか?」

「違います! 生体反応と機械の反応が混ざってる……! なんだこれ、虫……!? 巨大な虫の大群です!!」

 蘭の報告と同時だった。

 ドゴォォォォォォォォンッ!!!

 ポポロ村の広場のど真ん中、自衛隊が設営したばかりの野営地のすぐ横の地面が、内側から爆発したように吹き飛んだ。

 もうもうと立ち込める土煙。

 その中から姿を現したのは、鈍色の金属装甲で全身を覆われた、全長3メートルを超える『巨大な蟻』の群れだった。

「ギチギチギチ……ッ!!」

 顎から強烈な酸の匂いを撒き散らしながら、機械の蟲たち――死蟲王サルバロスの尖兵である『死蟻型デス・アント』が、無数に地上へと這い出してくる。

「な、なんじゃこりゃあぁっ!?」

 野営地でリーザのライブを見ていた坂上信長たちが、慌ててライフルを構える。

「……どうやら、月見酒はお開きみたいだな」

 リアンはぐい呑みを縁側に置くと、ゆっくりと立ち上がった。

 その瞳から、温厚な料理人の光が完全に消え去る。

「うちの村の地下を勝手に掘り返しやがって……。明日の仕込みに障るだろうが」

 静かな、だが絶対零度の怒り。

 最強の暗殺者が、ついに本気の殺意を解放した。

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