EP 10
「撃てェェェッ!! 全門斉射ァッ!」
坂上信長の絶叫が、ポポロ村の夜空を引き裂いた。
ダダダダダダダダッ!!
陸上自衛隊の野営地から、一斉にアサルトライフルの火を噴く。オレンジ色の曳光弾が暗闇を切り裂き、地中から這い出してきた『死蟻型』の群れへと降り注いだ。
――キンッ、ガキンッ、ジジジジッ!!
「な……っ!? 弾が弾かれとるぞ!」
信長は暗視ゴーグル越しにその光景を見て、戦慄した。
5.56ミリのNATO弾が、死蟻の鈍色の装甲に火花を散らすだけで、致命傷を与えられない。
それどころか、死蟻たちは不気味な機械音を鳴らしながら、その巨大な顎をカッと開いた。
『ギチ……ピュルルルルッ!』
「マズい! 散開しろッ!」
死蟻の口から、緑色の液体が勢いよく噴射される。
それが自衛隊の装甲機動車に着弾した瞬間、ジュゥゥゥゥッ! と嫌な音を立てて、分厚い鋼鉄の装甲が飴細工のようにドロドロに溶け落ちた。
「ヒィィッ! 酸だ! 強力な溶解液を吐きやがる!」
「隊長、このままじゃ防衛線が突破されます!」
パニックに陥りかける自衛隊員たち。
だが、その防衛線の前に、漆黒の魔導防弾チョッキを着込んだ男たちが、流れるような動きで割り込んだ。
「――どいてな、ヒヨッコ共。村の防衛は俺たち自警団の仕事だ」
最前線に躍り出たのは、竜人族のイグニスだ。
彼は肩に担いだ両手斧に、陽炎のような『闘気』を限界まで練り上げた。
「オラァッ!!」
ドゴォォォォンッ!!
イグニスの剛腕から放たれた一撃が、自衛隊の銃弾を弾き返した死蟻の装甲を、まるで薄いガラスのように粉砕する。
「サメジマ教官の教えを思い出せ! 装甲の隙間、関節部を狙え!」
イグニスの号令と共に、ポポロ村の自警団が一斉に『魔導ライフル』の引き金を引く。
パシュッ、パシュッ! と音のない光弾が放たれ、死蟻たちの足の関節や、触角の根元といった急所を正確に撃ち抜いていく。
「す、すげえ……! あの化け物どもを、完全に制圧してやがる!」
赤城が息を呑む。
剣と魔法の世界の住人が、元ロス市警SWAT直伝のCQB(近接戦闘)で、機械の化け物を次々とスクラップに変えていく。
だが、敵は『死蟲王サルバロス』の眷属。そう容易くは引き下がらない。
『ギシャァァァァァァッ!!』
突如、上空から鼓膜を破るような怪鳥音が響き渡った。
月明かりを遮るように降下してきたのは、死蟻型よりもさらに巨大で凶悪なフォルムを持つ空戦仕様――『死蟷螂型』だった。
「上空から熱源反応! 速いっ!」
村長宅から蘭が叫ぶ。
死蟷螂型は、両腕の巨大な金属の鎌を振りかざし、一直線に地上へと急降下してきた。
その狙いは、野外炊具の横でタッパーを抱え込んだまま固まっている人魚姫――リーザだった。
「きゃあああっ!? む、無理無理! 私、クリオネになっちゃう!」
「リーザ! 逃げなさい!」
キャルルが叫ぶが、間に合わない。
死蟷螂の凶刃が、リーザの細い首めがけて振り下ろされる。
――その時だった。
「……おい」
這うような、恐ろしく冷たい声が響いた。
ピタッ、と。
死蟷螂型の動きが、空中で完全に停止した。
見れば、地面に落ちた死蟷螂の『影』から、幾筋もの黒い刃が伸び、敵の体をがんじがらめに拘束している。
マグナギア『影丸』による、絶対の影縛り。
「俺の客の飯を、こぼさせるな」
影の中から、エプロン姿のリアンがゆっくりと歩み出た。
その手には、使い込まれたショートボウが握られている。
「リアンさん!」
「リーザ、豚汁持って下がってろ」
リアンは弓を構え、弦をギリッと引き絞った。
矢を番える必要はない。
彼の指先から、莫大な量の魔力と闘気が溢れ出し、それが一本の『紅蓮の矢』を形成していく。
「人の村の地下を荒らしたんだ。……炭一つ残さず消えろ」
――必殺『フレイム・アロー』。
ヒュゴォォォォォォォォッ!!
放たれた紅蓮の矢は、空中で拘束されていた死蟷螂型の胸部装甲をあっさりと貫通した。
そして、空の彼方へ突き抜けた瞬間。
カッ……!!
夜を昼に変えるほどの閃光。
次いで、上空数百メートルの位置で、直径100メートルを超える超巨大な爆炎が花開いた。
「なっ……!?」
「うおおおおおっ!?」
空を焦がす圧倒的な熱量に、信長たちが悲鳴を上げて地面に伏せる。
だが、これほどの爆発でありながら、村の家屋や畑には、一切の熱波が届いていなかった。
爆発の指向性と威力を、リアンが1ミリの狂いもなくコントロールしているのだ。
「……残りのゴミも、片付けるか」
リアンは魔法ポーチから、パラシュートを背負った3センチほどの人形たち――『ミニ丸軍団』を鷲掴みにし、空へ向けて放り投げた。
「いけ。お前らの仕事だ」
空中に散らばった無数のミニ丸たちは、パラシュートを開いて地上に群がる死蟻型たちの頭上へ降下。
装甲の隙間や、酸を吐き出すための口の中へと次々に潜り込んでいく。
『ギチ……? ピ、ピガァッ!?』
数秒後。
死蟻型たちが、突如として痙攣を始め、同士討ちをしたり、自らの足で自身の装甲を引き剥がしたりと、狂ったような動きを見せ始めた。
「ミニ丸どもが、内部の動力回路と神経系を内側からチクチク切断してるのさ。どんなに外殻が硬くても、中身をやられりゃ終わりだろ?」
リアンは弓を下ろし、パチンと指を鳴らした。
それを合図に、狂乱していた死蟻型たちが一斉に機能を停止し、ただの鉄屑となって地面に崩れ落ちた。
静寂。
先ほどまでの地獄のような戦場が、嘘のように静まり返る。
自衛隊員たちも、自警団の面々も、圧倒的な殲滅劇を前に、ただただ息を呑むことしかできなかった。
「ふぅ……。まったく、おでんのダシが冷めちまう」
リアンは肩をすくめ、何事もなかったかのように村長宅へと踵を返す。
その背中を、村長宅の縁側から見つめている一人の女がいた。
日野輝夜である。
「……っ、あ、ああ……!」
彼女の全身は、恐怖ではなく、極上の歓喜に打ち震えていた。
両手で自らの腕を抱きしめ、荒い息を吐く。
圧倒的な暴力。一国を容易く滅ぼせるほどの力。
それを、彼は「飯が冷める」という極めて日常的な理由だけで振るう。
(見つけました。あなたこそが……私の、私たちの狂った世界を導く『光』だ)
輝夜の瞳孔は真っ黒に開き、その口元には、夜の闇よりも深く、月よりも眩しい、狂熱の笑みが張り付いていた。




