EP 8
上空500メートル。
最新鋭のステルス戦闘機F-35bのコクピットは、けたたましい警報音に支配されていた。
『うおおおおっ! なんだあのトカゲ、チャフもフレアも効かねえ! 熱源そのものが意思を持って追尾してきやがる!』
平上雪之丞は、G(重力加速度)に顔を歪めながら操縦桿を限界まで倒した。
背後から迫る巨大な火炎龍の熱波で、機体のセンサー類が次々と悲鳴を上げている。
手抜きとサボりを信条とする彼だが、ここで手を抜けば間違いなく自分が「丸焼きのサボり魔」として二階級特進してしまう。
『冗談じゃねえ! 合コンの予定が炭になるのは御免だぜ!』
雪之丞はヘルメットバイザー越しの瞳を鋭く細め、兵装システムのセーフティを解除した。
狙うは、火炎龍の眉間。
『対空ミサイル、狐2(フォックス・ツー)!』
F-35bのウェポンベイが開き、赤外線誘導ミサイルが白煙を引いて射出された。
* * *
一方、地上のポポロ村。
上空でミサイルと火炎龍が激突しようとする絶望的な光景を見上げながら、リアン・クラインはただ一人、ひどく冷めた瞳をしていた。
「あーあ。あれが空でぶつかったら、衝撃波で村の畑が全滅だ。明日のサラダどうしてくれんだよ」
嘆息と共に、リアンの足元に広がる自身の『影』が、意思を持つように蠢き始めた。
(頼むぜ、『影丸』)
リアンが心の中で呼ぶと、真っ黒な影が騎士の形を成し、リアンの体をズブズブと黒い泥の中へ引きずり込んでいく。
――マグナギア『影丸』による、影空間跳躍。
日野輝夜と早乙女蘭が驚愕の声を上げる間もなく、リアンの姿は応接間から完全に消失した。
「……消え、た……?」
輝夜が呆然と呟いた、次の瞬間だった。
村の広場。空を見上げて「いけー! やっつけろー!」と無邪気に応援していたルナの背後に、音もなくリアンが出現した。
「え? あ、リアンさ――ひゃうっ!?」
リアンは手刀でルナの首筋を軽く叩き、気絶させてキャルルの腕の中に放り投げる。
魔力供給源を絶たれたとはいえ、放たれた火炎龍とミサイルは、すでに衝突のコンマ数秒前まで迫っていた。
「……仕方ない、少しだけ『仕事(掃除)』をするか」
リアンは腰のホルダーから、特殊な形状の武器を引き抜いた。
分厚い片刃の剣。だが、その柄にはリボルバーのようなシリンダーが組み込まれ、峰の部分には黒光りする銃身が這っている。
特注の『銃口剣』。
シリンダーに装填された6発の魔力カートリッジが、カチャリと冷たい音を立てた。
ドンッ!
リアンは地面を蹴り、驚異的な脚力で上空へと跳躍する。
さらに、空中に投げたナイフの『影』を足場にして連続跳躍を行い、瞬く間に地上数十メートルの空域――火炎龍とミサイルの衝突点へと割り込んだ。
『なっ!? 人間が、空に……!?』
F-35bのコクピットで、雪之丞が信じられないものを見るように目を見開く。
空中で静止したかのような一瞬の交錯。
リアンは、迫り来る巨大な火炎龍の眉間(マナの結合点)に、銃口剣の刃を深々と突き刺した。
「吹き飛べ」
刃が刺さった状態のまま、リアンは柄のトリガーを引く。
――必殺『ゼロ・インパクト』。
ドォォォォォォォォォォッ!!!
銃口剣の内部で炸裂した357マグナム弾並みの魔力爆発が、刃を伝って火炎龍の体内へ直接叩き込まれる。
強固な外殻を無視し、内側から構造を破壊する一撃。
数十メートルあった火炎の巨竜は、断末魔の咆哮を上げる間もなく、内側からパンッ! と風船のように弾け飛び、無数の無害な火の粉となって空に散った。
「な……んだと……っ!?」
地上で空を見上げていた坂上信長が、驚愕に顎を外さんばかりに絶句する。
だが、リアンの『掃除』はまだ終わっていない。
龍を粉砕した直後、すぐ横には雪之丞が放った対空ミサイルが迫っていた。
「……こいつは、切ったら爆発するんだろ。面倒だな」
空中で身を翻したリアンは、魔法ポーチから3センチほどの小さな人形――マグナギア『ミニ丸』を数体取り出し、ミサイルに向けて投擲した。
弾丸の速度で飛来したミニ丸たちは、ミサイルの側面にへばりつくと、小さな麻酔針……ではなく、内蔵された『物理的なカッター』で誘導装置の配線をコンマ1秒で切断した。
プシュゥゥゥ……。
推進力を失い、ただの鉄の塊となったミサイルが、ポポロ村の外れの荒野へボトリと落下していく。
火炎龍の消滅。
ミサイルの無力化。
この間、わずか3秒。
『バ、化け物かよ……!?』
雪之丞が戦慄する中、空中のリアンは銃口剣の銃身をF-35bへと向けた。
シリンダーが回転する。
威嚇の魔力弾が、音速を超えてF-35bの機首を掠めた。装甲を傷つけることなく、センサーの機能だけを一瞬麻痺させる、神業のような精密射撃。
『ひぃっ!? 撤退! アルファ1、即時空域を離脱する!』
絶対的な「実力差」を本能で悟った雪之丞は、機体を急反転させ、逃げるように雲の彼方へと消えていった。
* * *
静寂が戻ったポポロ村の広場。
キラキラと火の粉が舞い散る中、リアンはふわりと羽のように軽やかに着地した。
そして、何事もなかったかのように銃口剣を腰のホルダーに収める。
「ふぅ……。危うく、村のキャベツ畑が全滅するところだった」
リアンが服の埃を払いながら振り返ると、そこには、完全に言葉を失い、石像のように固まった自衛隊員たちと、日本政府の特使たちの姿があった。
「あー……悪い、ちょっと騒がしくなっちまったな」
リアンは困ったように頭を掻き、応接間の窓際に立つ輝夜へ向かって苦笑した。
「お茶、冷めちまっただろ。淹れ直すよ」
その、あまりにも日常的で平坦な声。
戦闘機と魔竜の激突を片手間で鎮圧しておきながら、彼の関心は『お茶の温度』と『キャベツ畑』にしかないのだ。
「……ふ、ふふっ」
静寂の中、日野輝夜の唇から、場違いな笑い声が漏れた。
彼女の瞳孔は極限まで開き、背筋には快感にも似た悪寒が駆け抜けている。
(ああ……この男は、本物だ)
霞が関でどれほどの権力者を見ても決して震えなかった彼女の心が、今、強烈に粟立っていた。
「素晴らしい……。ええ、本当に素晴らしいわ、リアンさん」
輝夜は窓枠に手をつき、魅入られたようにリアンを見つめる。
圧倒的な暴力。それを完全にコントロールし、ただの「日常」を守るためだけに振るう男。
暗闇の中で決して迷わず、圧倒的な光で周囲を導く存在。
(彼なら……私の『理想』を、この地獄のような世界で実現できるかもしれない)
日本の若き天才官僚の心に、狂気めいた執着が灯った瞬間だった。




