EP 7
ポポロ村、村長宅の応接間。
使い込まれた木製のテーブルを挟んで、日本政府の特使たる日野輝夜と、エプロン姿のリアン・クラインが対峙していた。
「――改めて自己紹介を。内閣府から参りました、日野輝夜と申します。こちらは技術顧問の早乙女です」
「ポポロ村で料理番みたいなことをやってる、リアンだ。まあ、楽にしてくれ」
リアンはコトッ、と二人の前に小皿を置いた。
村の特産品『ハニーかぼちゃ』をふんだんに使った、焼きたてのタルトである。
「お構いなく。我々は遊びに来たわけでは――」
「はむっ。……んんんん!?」
輝夜が外交官としての牽制を入れようとした瞬間、隣に座っていた早乙女蘭が、タルトを一口食べて目を見開いた。
「な、なんですかこの暴力的なまでの糖度は……! それでいて後味はスッキリしていて、脳の報酬系が完全にハックされてます! ヤバい、これ私のアルゴリズム(常識)が書き換えられる……!」
「蘭さん、任務中ですよ」
輝夜が冷ややかに窘めるが、特A級AIエンジニアは完全にタルトの虜になっていた。
リアンは「おかわりもあるぞ」と笑いながら、自身は温かい薬草茶をすする。
「それで? 海の向こうの偉い人たちが、こんな田舎村に何の用だ? うちの村には税金を取れるような立派な産業はないぞ」
とぼけるリアンに対し、輝夜は背筋を伸ばし、真っ直ぐに彼の目を見た。
その瞳の奥には、確固たる理想の光が宿っている。
「……リアンさん。私は、皆がそれぞれの場所で輝き、夜になれば共に月を見上げて笑い合えるような……そんな『迷いのない世界』を作りたいと願っています」
「ほう」
「この村は、まさにその理想の原型です。日本国は、ポポロ村と友好的な関係を築きたい。そのための――」
ピピピピピピピッ!!
輝夜が本題に入ろうとしたその時、タルトを頬張っていた蘭のタブレットが、突如としてけたたましい警告音を鳴らした。
「え……嘘でしょ? 空間のエネルギー濃度が異常上昇してます! 熱源反応、村の上空に急接近! この出力……戦術核レベルですよ!?」
「何ですって?」
輝夜が立ち上がった直後。
ドゴォォォォンッ! と、村の広場の方角から凄まじい爆発音が轟いた。
「あー……」
リアンは額に手を当て、深い深いため息を吐いた。
「来ちまったか。『歩く自然災害』が」
* * *
「リアンさーん! リーザちゃーん! キャルルちゃーん! 遊びに来たわよー!」
ポポロ村の広場。
そこに舞い降りたのは、絵本から抜け出してきたような美しさを持つ、プラチナブロンドのエルフの少女だった。
世界樹の森の次期女王、ルナ・シンフォニア(20歳)である。
「ルナ!? あんた、世界樹の森からどうやって……って、また方向音痴発動して迷子になりながら来たのね!?」
キャルルが頭を抱えながら叫ぶ。
「えへへ、ちょっとだけ森を丸焼きにしちゃったけど、無事に着いたわ! お土産に純金100キロ持ってきたの!」
「だからそのインフレの種(偽金)を持ち込むんじゃないわよ!」
キャルルが必死にツッコミを入れていると、ルナの尖った耳がピクッと動いた。
彼女の視線の先には、広場に堂々と駐機している自衛隊の大型輸送ヘリ『CH-47チヌーク』がある。
「……ねえ、キャルルちゃん。あそこにいる、可愛くない鉄の塊みたいな『鳥さん』は何?」
「あ、あれはね、日本っていう国の乗り物で――」
「だめよ! あんな大きな魔物、村の畑を荒らしちゃうわ!」
ルナの純粋な(そして致命的な)善意が暴走した。
彼女がスッと右手をかざすと、周囲の空間が歪み、莫大な魔力が収束していく。
「悪い鳥さんは、お仕置きよ! 『紅蓮の息吹』!!」
ゴオォォォォォォォッ!!
ルナの掌から、全長30メートルを超える灼熱の『火炎龍』が具現化し、咆哮を上げてチヌークへと襲いかかった。
「総員退避ィィィッ!! 化け物じゃあぁぁっ!!」
ヘリの周囲で警備をしていた坂上信長たちが、悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
* * *
『メーデー、メーデー! こちら平上! 地上で巨大な熱源反応! っていうか、マジで本物のドラゴンが出現しました!』
上空で警戒飛行を行っていたF35bのコクピットで、平上雪之丞は計器の異常な数値を見て顔を引きつらせた。
『やばいっスよ司令! あの炎、ウチのヘリに向かってます! このままじゃ輸送部隊が黒焦げだ!』
雪之丞は操縦桿を握り直し、機体を急降下させる。
いくら手抜きが信条の彼でも、味方が丸焼きにされるのを黙って見ているわけにはいかない。
「ロックオン……させる隙もねえか! ええい、牽制射撃!」
F35bの機関砲が火を噴き、火炎龍の進路上に牽制の弾幕を張る。
「あっ! 今度は空から、もっと速い鉄の鳥さんが攻撃してきたわ!」
地上のルナが、F35bを指差してぷんすかと怒る。
「だめよ、私の大切なお友達を苛める悪い鳥さんは、燃えちゃえ!」
ルナが指を弾くと、火炎龍が向きを変え、今度は上空のF35bへと凄まじい火炎のブレスを放った。
『うおおおおっ!? 熱弾接近! 回避、回避ィッ!!』
F35bと火炎龍。
最新鋭のステルス戦闘機と、神話の化け物による、絶対にあり得ない空中戦がポポロ村の上空で始まってしまった。
「な、何ですかあれは……! 個人の生身の力で、戦闘機と渡り合っている……!?」
村長宅から飛び出してきた輝夜が、信じられないものを見る目で空を見上げた。
国家の防衛網を、一人の少女が軽々と突破している。これが、異世界の「特異個体」の力。
「だから言ったろ。ここは、そういう場所なんだよ」
輝夜の隣で、リアンがのんびりと首の骨を鳴らした。
その目は、先ほどまでの温厚な料理人のものではない。
「まったく……。せっかくのハニーかぼちゃのタルトが、灰被っちまうだろ」
リアンの足元から、黒い泥のような『影』が不気味に広がり始めた。




