EP 6
ポポロ村のすぐ外縁。
自衛隊が設営許可を得た臨時野営地では、目を疑うような光景が広がっていた。
「オーライ、オーライ! そこ、もう少し右! よーしストップ!」
黄色いヘルメットを被った赤城鷹人が、誘導棒を振り回しながら声を張る。
彼の指示に従って、巨大な岩の角を持つ牛――『ロックバイソン』が、重さ数トンの倒木を軽々と鼻先で押し退けていく。
「いやぁ、最高だなロックバイソン! 俺の持ってる『車両系建設機械運転技能講習』の知識と、お前のパワーがあれば、あっという間に陣地が完成するぜ!」
モォォォン、とロックバイソンが誇らしげに鳴き、赤城と熱い抱擁(?)を交わしている。
「……たく、順応性が高すぎるじゃろ、あいつ」
坂上信長は、パイプ椅子に座って呆れ半分、感心半分でその様子を眺めていた。
異世界の魔獣と日本の工兵技術の奇跡のコラボレーションにより、自衛隊の野営地は想定の3倍のスピードで構築されつつあった。
時刻は昼時。
野外炊具1号(自衛隊の誇るフィールドキッチン)から、豚汁と白米のいい匂いが漂い始める。
ポポロ村の飯が美味いとはいえ、自衛隊員たちにとって、やはり故郷の味である豚汁の匂いは格別だ。配給を待つ隊員たちの列ができ始めた、その時だった。
「あっ! やっぱり炊き出しやってるー!」
弾むような声と共に、列の最前列に「ひょいっ」と小柄な影が割り込んできた。
透き通るような青い髪に、ボロボロの(だが清潔な)服を着た美少女。手には、どこから拾ってきたのか大きめのタッパーが握られている。
人魚姫にして(自称)地下アイドルの、リーザである。
「な、なんじゃお前さん!?」
「えっへん! 絶対無敵のスパチャアイドル、リーザちゃんです! 迷える兵隊さんたちに、癒しの歌を届けに来ました!」
信長が止める間もなく、リーザは野外炊具の横にあったみかん箱の上に飛び乗った。
そして、コホンと咳払いを一つ。
『銅でもない 銀でもない♪』
『狙い打つのは 真鍮のゴールド!♪』
『絶対無敵のスパチャアイドル! 穴の数だけ 幸せあげるー!♪』
――それは、謎の魅力に満ちたステージだった。
圧倒的な歌唱力(人魚特有の魔力波長)と、どこか物悲しい貧乏性、そして「五円玉をくれ」という露骨すぎる拝金主義の歌詞。
だが、見知らぬ異世界で極度の緊張状態にあった自衛隊員たちの心に、そのポンコツで健気な姿は、これ以上ないほどの『癒し』として直撃したのである。
「うおおおおおおっ! 天使だ! 天使がおるぞ!」
「リーザちゃーーん!! 俺の豚汁、全部持っていってくれぇぇぇ!」
「ミリメシの缶詰もつけるぞ! スパチャだ! 現物スパチャだぁぁ!」
熱狂した屈強な迷彩服の男たちが、次々とリーザのタッパーに豚汁を注ぎ、ポケットにレーションをねじ込んでいく。
「わあぁぁっ、ありがとうございます! 豚汁大盛り! パンの耳じゃない本物のパン、久しぶりですぅぅ!」
リーザは感極まってボロボロと涙を流し、タッパーを大事そうに抱きしめた。
「ちょっと! 何やってんのよリーザ!!」
そこへ、血相を変えた金髪の少女――キャルルが猛ダッシュで駆け込んできた。
彼女はリーザの首根っこを掴むと、そのまま信長たちに向かって地面にスライディング土下座をキメた。
「す、すいません! うちの居候が、皆さんの貴重な食料にたかってしまって! 後で必ずポポロ村の村長からお代をお支払いしますから……っ!」
「た、たかってないもん! これは私のライブへの正当な対価だもん!」
「あんたはちょっと黙ってなさい!」
泣き叫ぶリーザの頭をキャルルがポカポカと叩く。
完全に近所のオカンと駄々っ子の構図である。
「いや、構わんよ。隊員たちの士気も上がったみたいじゃしな」
信長は苦笑しながら、キャルルに立つよう促した。
この村の住人は、強すぎる自警団といい、図太すぎるアイドルといい、本当に底が知れない。
バタバタバタバタ……ッ!
その時、突如として空から強烈なダウンウォッシュ(吹き下ろしの風)が吹き荒れた。
上空から、二つのローターを持つ大型輸送ヘリコプター・CH-47チヌークがゆっくりと降下してくる。
「……お出ましじゃな。政府からの『特使』様が」
信長が目を細める。
ヘリが着陸し、後部のハッチが開く。
そこから降りてきたのは、場違いなほどに洗練されたスーツ姿の女性――内閣政務官補佐官の日野輝夜と、タブレットをいじる特A級AIエンジニアの早乙女蘭だった。
輝夜は、ローターの風で髪を揺らしながら、遠くに見えるポポロ村の集落を見つめた。
その瞳の奥には、冷徹な官僚の計算と、理想を追い求める熱が同居している。
「ここが……ポポロ村。報告以上の、素晴らしい気配を感じます」
「輝夜さん、この辺りの電波状況ヤバいですよ。謎の暗号化通信(魔導通信網)が飛び交ってます。ハッキングのしがいがありますねぇ」
蘭がチュッパチャプスを転がしながら、怪しく笑う。
「ご苦労様です、坂上1尉」
輝夜は信長に向かって歩み寄り、静かに一礼した。
「状況は把握しています。これより、我々日本政府は、この村の実質的な支配者……リアン・クライン氏との直接交渉に入ります」
地球の論理を背負った女と、異世界の非論理を乗りこなすシェフ。
胃袋と国益を懸けた、前代未聞の外交戦の幕が、今まさに切って落とされようとしていた。




