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EP 2

――ジュワァァァァァァッ!!

 ポポロ亭の厨房から響く、食欲を暴力的に煽る油の音と、焦がし醤油とニンニクの強烈な匂い。

 その香りに誘われるように、店の奥の休憩用ベッドで倒れていたクラウスが、パチリと目を覚ました。

「……はッ!? 私はいったい……」

「お、目が覚めたか。丸一日寝てたぞ、お前」

 跳ね起きたクラウスの前に、どんぶり飯と、湯気を立てる山盛りの料理が乗ったお盆が置かれた。

「あ、兄上……! 申し訳ありません、不甲斐ない弟で……っ。公爵の責務を全うできず、あまつさえ兄上の平穏な暮らしに泥を塗るような真似を……」

「いいから食え。過労でぶっ倒れるのが公爵の仕事かよ。話は食べながら聞く」

 リアンに促され、クラウスは渋々といった様子で箸を手に取った。

 皿に盛られていたのは、厚切りの肉と大量のニラ、もやしを炒め合わせたものだった。

「これは……?」

「ポポロ亭特製、『オーク・ボアの超回復ニラレバ炒め』だ。疲れた時は豚肉とニラとニンニク。これが地球……いや、俺の前世からの絶対の真理だ」

 クラウスは一口、レバーを口に運んだ。

 瞬間、彼の目が驚愕に見開かれた。

「な、なんだこれは……ッ!? レバー特有の臭みやパサつきが全くない! 外側はカリッと香ばしく、中は信じられないほどプリプリで濃厚な旨味が……!」

「新鮮なオーク・ボアのレバーを、特製のタレに漬け込んで臭みを抜いてるからな。ほら、ニラと一緒に白飯にバウンドさせて食え」

「は、はいッ!」

 言われるがまま、タレの絡んだニラレバを白飯に乗せ、一気にかき込む。

 ――美味い。美味すぎる。

 シャキシャキの野菜と、パンチの効いたニンニク醤油の味が、極限まで疲弊していたクラウスの胃袋を強烈に刺激し、無限の食欲を呼び覚ました。

「美味い……ッ! 兄上、この料理、食べるたびに体の奥底からマグマのような活力が湧いてきます!」

「そりゃそうさ。隠し味に、自衛隊の医者(優太)も驚いてた細胞活性化のチート植物『陽薬草』の粉末をたっぷり混ぜ込んでるからな。いわば、食うエリクサーだ」

 ガツガツとニラレバ定食を平らげながら、クラウスはポツポツと事情を語り始めた。

「……帝都のヴァレリウス侯爵派です。奴らは、突如として我がクライン領を通る主要街道の関所を封鎖し、法外な関税をかけ始めました。表向きは『魔物対策の特別税』などと嘯いていますが、実態は兵糧攻めです」

「侯爵ねぇ。なんでまた、急にそんな嫌がらせを?」

「……おそらく、このポポロ村の件です」

 クラウスは箸を止め、悔しそうに拳を握った。

「兄上がこの村で、他国の軍隊すら退ける不可侵の『特区』を築き上げているという噂が、帝都の貴族たちの間にも流れています。彼らは、我がクライン家が強大な武力を背景に、ルナミス帝国を乗っ取る気ではないかと恐れ、経済的な嫌がらせで弱体化を図っているのです」

 真面目なクラウスは、領民を飢えさせまいと、各所への根回しや別ルートでの食糧調達に奔走し、ついには心身ともに限界を迎えてしまったのだ。

「私は……帝国最強の雷光騎士などと呼ばれていますが、政治の泥仕合や経済の罠には、剣は無力です……ッ。あの侯爵の不正な裏帳簿でも見つけられれば、法の下に裁けるのですが……」

 クラウスの言葉を聞いて、リアンの瞳の奥で、冷たい暗殺者の――そして『元・簿記1級保持者』としての計算高い光がキラリと瞬いた。

(なるほど。流通を操作して不正な関税をかけてるなら、必ず帳簿の数字に不自然な『浮き』が出る。……俺の得意分野だな)

 リアンは表面上は「ふーん」と気のない素振りをしつつ、クラウスの空になったどんぶりに山盛りの白飯をおかわりでつそいだ。

「ま、お前は不器用だからな。裏の駆け引きなんて向いてねえよ」

「ううっ……反論できません」

「だが、お前にはお前のやり方があるだろ。ほら、飯は全部食ったか?」

「は、はい! ご馳走様でした!」

 クラウスが手を合わせた、その瞬間だった。

 ――バチィィィィィィンッ!!!

「ッ!? な、なんだ!?」

 突如、クラウスの全身から青白い雷光が激しく放電され、休憩所のベッドのシーツが焦げた。

 クラウス自身も驚いて自分の両手を見つめる。

 疲労物質が完全に消え去っているどころか、体内の魔力回路が異常なほどの熱を帯び、限界を突破したマナが体外へと溢れ出しているのだ。

「ち、力が……魔力が、かつてないほどに溢れてきます! 通常の10倍……いや、1000%近いマナの奔流……! 兄上、この料理はいったい!?」

「言ったろ、超回復ニラレバだって。ちょっと『陽薬草』を入れすぎたかもしれないが、まあ副作用はないから安心しろ」

 リアンはエプロンで手を拭きながら、ニヤリと笑った。

「あとは、お前の仕事だ。その力で、領民を安心させてこい」

 クラウスは立ち上がり、バチバチと雷光を纏いながら、兄に向かって深く、深く一礼した。

「感謝いたします、兄上! この有り余る力と気力があれば、帝都まで走り、直接ヴァレリウス侯爵の元へ乗り込んで談判することも可能です! 正面から正論を叩きつけ、関税の不当性を訴えてみせます!」

「……おう。行ってこい」

 真面目すぎる弟の「正面突破宣言」に、リアンは内心で深い深いため息を吐いた。

(真正面から直談判って……。政治の泥沼を仕掛けてくるような腐れ貴族に、正論が通じるわけねえだろうが)

 クラウスがバチバチと音を立てながら猛ダッシュでポポロ村を飛び出していくのを見送りながら、リアンはエプロンの紐を解いた。

「影丸」

「……(スッ)」

 リアンの声に応え、影丸が音もなく背後に控える。

「クラウスの奴、確実に帝都で暗殺者おむかえに襲われるぞ。あいつの雷魔法なら返り討ちにできるだろうが……その後、侯爵のバカ息子あたりが、見せしめにこの村へちょっかいを出してくる可能性が高い」

 リアンは、カウンターの奥に置かれた黒いダガー――神殺しの武具『雷霆』を手に取った。

「スープの仕込みは完璧だ。あとは寝かせるだけ。……少しだけ、『掃除』と『監査』の準備をしておくか」

 表の舞台で光り輝く弟と、裏の暗闇で冷徹に盤面を支配する兄。

 ルナミス帝国の腐敗貴族たちは、自分たちがどんな恐ろしい『バグ』を敵に回したのか、まだ知る由もなかった。

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