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EP 11

ポポロ亭の店内は、異様な熱気と咀嚼音に支配されていた。

「美味い……ッ! なんだこの、噛めば噛むほど湧き出してくる肉汁は! そしてこの白いソース(マヨ・ハーブ)、酸味とコクが肉の暴力を完璧にコントロールしておるッ!」

 カウンター席のど真ん中で、レオンハート獣人王国の絶対君主アーサー王が、顔をマヨネーズまみれにしながら大粒の涙を流して『肉椎茸のハンバーグ』を貪っていた。

 その後ろでは、近衛騎士団長のハガルたちも「お、王よ……我ら獣人の誇りが、ただの定食屋のランチで……ッ、うめぇぇぇッ!」と泣きながら白飯(米麦草)を掻き込んでいる。

「ふん。騒がしい奴らだな、全く」

 厨房で洗い物をしながら、リアンが呆れ半分に息を吐いた、その時だった。

 ――グニャァァッ。

 店の中央の空間が歪み、見慣れた漆黒のゲートが開いた。

「リアン殿ォ! 今日のランチ、まだ残っておるか! 朝倉月人くんのファンクラブ会報を読んでいたら、徹夜してしまって猛烈に腹が減ったのだ!」

「ちょっとラスティア、私の分のハンバーグも確保しなさいよ!」

 現れたのは、ライブTシャツの上にエプロン(物販グッズ)を身につけた魔王ラスティアと、女神ルチアナだった。

「……あ?」

「……む?」

 ハンバーグを頬張っていたアーサー王と、ゲートから出てきた魔王ラスティア。

 アナスタシア世界を二分する『最強の武』と『最凶の魔』の視線が、ポポロ亭の狭い店内でガッチリと交錯した。

「き、貴様は……アバロンの魔王ラスティア! なぜこのような辺境の定食屋に!」

「そっちこそ、脳筋の毛玉王アーサーではないか! フハハッ、さては貴様も月人くんの魅力に気づき、ファンクラブの入会手続きに来たのだな!?」

「ファンクラブだと!? 我を愚弄する気か、魔王ッ!」

 ゴオォォォォォォッ!!

 アーサー王の『黄金の闘気』と、ラスティアの『漆黒の魔力』が激突し、店内の空気がバチバチと火花を散らす。

 世界大戦勃発の危機。自衛隊員たちが一斉に青ざめ、クラウスが「ああ……世界が終わる」と頭を抱えた。

 ――バシィィィッ!!

 リアンが振るったお玉が、二人の頭頂部に等しく、そして容赦なくクリーンヒットした。

「痛ッ!?」

「あぐぅッ!?」

「店の中で闘気と魔力を練るな。冷蔵庫のモーターがイカれるだろうが。……喧嘩するなら出禁にするぞ」

 冷ややかなリアンの声に、世界の覇者たる二人は「す、すまん(申し訳ないのだ)……」と即座にオーラを引っ込め、大人しくパイプ椅子に座った。

「信じられん……あの二大巨頭が、お玉一つで……」

 内閣政務官補佐官の日野輝夜が、その光景をタブレットで録画しながら恍惚と呟いている。

 だが、その奇妙な平和は、一羽の『血まみれの伝書鳥』によって破られた。

『ピィィィィッ!!』

 開いたままの窓から飛び込んできた猛禽類の鳥が、アーサー王の肩に止まる。

 その足に結びつけられた筒を開いたハガルが、血相を変えた。

「アーサー王! 緊急事態です! 北の国境砦が、死蟲王サルバロスの残党……『死百足デス・センチピード』の超大群に強襲されました! 防壁が突破されるのも時間の問題です!」

「なんだと!?」

 アーサー王がガタッと立ち上がる。

 死蟲は、かつて世界を滅ぼしかけた機械の化け物。それが群れを成して国境を襲っているとなれば、国の一大事だ。

「……リアンよ。極上の飯、感謝する。だが、我は王として民を守らねばならん。残りのハンバーグは、戦が終わった後に必ず食いに来る!」

 悲壮な覚悟で店を出ようとするアーサー王の背中に、リアンがため息混じりに声をかけた。

「おい、待てよ。お前の国境って、うちの店に『特製スパイス』を卸してる商人のルート上だろ」

「い、いかにもそうだが……」

「国境が落ちたら、スパイスの納品が遅れる。それは俺にとって死活問題だ」

 リアンはエプロンのポケットを探り、魔法ポーチから『二つのアイテム』を取り出してカウンターに置いた。

 一つは、ネット通販で買ったような、安っぽいプラスチック製の『玩具のリボルバー』。

 もう一つは、ズシリと重い、白い粉が詰まった無地の『土嚢袋』だった。

「これを持っていけ。そして、上空からこれを落として、その玩具の銃で撃て」

「お、玩具の銃と、小麦粉の袋……? リアンよ、いかに貴様が強者とはいえ、死蟲の強固な装甲は魔法すら弾くのだぞ。こんな玩具でどうしろと……」

「いいから持ってけ。あと、馬じゃ3日かかるからな。タクシーを呼んでやる」

 リアンが指を鳴らすと、店の外に巨大な魔法陣が展開された。

 そこから現れたのは、空母『轟丸』にも艦載されていた、全長30メートルを超える輸送型の機械竜――マグナギア『竜丸りゅうまる』だった。

「ひぃッ!? あ、アメリカを壊滅させた銀色のドラゴン!?」

「それに乗っていけ。マッハ3で飛ぶから、5分で着く」

 圧倒的な力を持つ定食屋の親父に押し切られる形で、アーサー王は玩具の銃と白い粉の袋を抱え、フラフラと竜丸の背中に乗り込んだ。

「き、気をつけるのだぞ毛玉王! 死んだら月人くんのライブDVDを墓前に供えてやるからな!」

「魔王に心配されるとは末代までの恥よ! ……ゆ、ゆくぞ竜丸ッ!」

 ズゴォォォォォォッ!!

 竜丸がプラズマを噴射し、アーサー王を乗せて音の壁を突き破り、北の空へと消えていった。

     * * *

 わずか5分後。

 レオンハート獣人王国の北の国境砦。

 そこは、文字通り地獄だった。

『ギシャァァァァァッ!!』

 大地を埋め尽くす、数万匹の『死百足』の群れ。彼らの強固な魔導防壁は獣人たちの闘気すら弾き返し、砦の城門は今にも溶解液で溶かされようとしていた。

「くそっ……! 王の援軍はまだか!」

 防衛隊長が絶望の声を上げた、その時。

 ――ピキィィィィィンッ!

 上空の雲を切り裂き、銀色の流星(竜丸)が飛来した。

「あ、あれは……アーサー王!? 馬鹿な、竜に乗っておられるぞ!」

 上空数百メートル。

 竜丸の背中にしがみついていたアーサー王は、眼下の絶望的な大群を見下ろし、ゴクリと唾を飲んだ。

「り、リアンの言葉を信じるしかない……! ゆけぇぇぇっ!!」

 アーサー王は、手にした『白い粉の入った土嚢袋』を、死蟲の群れのド真ん中へ向けて投下した。

 そして、もう片方の手に握ったチープな『玩具のリボルバー』の銃口を向ける。

(こんな玩具で、魔法すらはね返すあの化け物どもが倒せるはずが……ッ!)

 だが、アーサー王は知らなかった。

 その玩具のシリンダーに込められているのは、リアンが改造を施した火薬量限界突破の『本物の357マグナム弾』。

 そして、投下された白い粉の正体は、肥料(硝酸アンモニウム)と燃料油を混合した、純粋な物理化学爆薬――『ANFOアンフォ爆薬』であることを。

 カチャッ。

 ダァァァンッ!!!

 玩具の銃身が圧力に耐えきれずに砕け散ると同時に、放たれたマグナム弾が、落下中の土嚢袋に正確に命中した。

 魔力を一切介さない、純粋な『雷管(起爆)』と『化学反応』。

 死蟲たちが展開していた「対魔法防壁」は、魔法ではない物理的な化学爆発の前に、何の意味も成さなかった。

 カッ……!!!

 次の瞬間、国境の荒野に、太陽が落ちたかのような閃光が走った。

 ズゴォォォォォォォォォォォォォッ!!!!

 天を衝く巨大なキノコ雲。

 超絶的な爆風と熱波が荒野を舐め回し、数万匹の死蟲の群れは、断末魔の声を上げる間もなく、その強固な装甲ごと『分子レベル』で跡形もなく消し飛んだ。

「な、なんだこれはぁぁぁぁっ!?」

 上空の竜丸の背中で、アーサー王はあまりの破壊力に腰を抜かしていた。

 魔法の詠唱も、膨大な魔力も、命を削る闘気も必要ない。

 ただの『白い粉』と『玩具の銃』が、数万の軍勢を一瞬で蒸発させたのだ。

「り、リアン・クライン……。あ奴は、日常的にこんな恐ろしいモノをポケットに入れて料理をしておったのか……ッ!」

 アーサー王の心に、アメリカ軍が味わったのと同じ、底知れぬ恐怖と畏敬の念が深く深く刻み込まれた。

     * * *

「……お、早かったな」

 ポポロ亭の厨房。

 30分後、フラフラとした足取りで店に戻ってきたアーサー王を、リアンが涼しい顔で出迎えた。

 王の手には、ドロドロに溶けた玩具の銃のグリップだけが握られている。

「あ、ああ……。片付いた。国境は……虫一匹残らず、真っ平らになった……」

「そうか。そりゃ良かった」

 リアンは鼻歌交じりに、冷蔵庫からキンキンに冷えた器を取り出した。

「お前ら、途中で飯の席を立っちまったからな。食後のデザートを用意しといたぞ。ポポロ村特産、『ハニーかぼちゃのキャラメリゼ・バニラアイス添え』だ」

 魔王も、獣人王も、自衛隊員も、エリート官僚も。

 全員の前に、宝石のように輝く極上のスイーツが置かれる。

「うおおおおッ! 美味い! 冷たいアイスと、カリカリに焦げたかぼちゃの甘味が最高なのだ!」

 ラスティアが歓声を上げてスプーンを進める中、アーサー王は震える手でアイスを口に運んだ。

 極上の甘さが、恐怖で削られた精神を優しく癒していく。

(……勝てるわけがない。この男には、武力でも、そして胃袋でも、絶対に逆らってはならん……ッ)

 大陸を震撼させた大規模侵攻は、ポポロ亭の『ランチタイムの延長戦』の間に、たった一袋の手製爆弾によってあっさりと片付けられた。

 最強の料理人による、最も理不尽で最も美味しいスローライフは、今日も何事もなく平和な午後へと続いていくのだった。

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