EP 9
アメリカ第七艦隊が『空飛ぶ空母』の前に無血開城し、ハワイへと逃げ帰った翌日。
地球の裏側、アメリカの国防総省は、文字通りの「お通夜」状態に包まれていた。
「……フェイク映像ではないのだな、フォークナー司令」
「イエス、大統領。我が第七艦隊の全乗組員5000名が目撃しました。重力を無視して浮遊する全長600メートルの空母と、艦載機として搭載された10機の『プラズマを吐く銀色のドラゴン』……。我々の軍事力は、あの村の前では石器時代の棍棒に等しいと言わざるを得ません」
巨大なモニター越しに報告するジャック・フォークナーの顔は、すっかり老け込んでいた。
沈黙する大統領と、頭を抱える統合幕僚議長。
「……極東の島国(日本)は、いつの間に神を手懐けたのだ。これでは、経済でも軍事でも日本に逆らうことは不可能になるぞ」
「武力による威圧は完全に下策です。今後は……我が国も『特使』を派遣し、あの村の……リアン・クラインという男の定食屋で『ハンバーガー』でも注文して機嫌を取るしかありません」
世界最強の超大国が、異世界の「定食屋の親父」を前に、完全なる白旗を揚げた瞬間だった。
この日から、アメリカの対日・対アナスタシア外交の最重要課題は「リアン・クラインの舌に合う極上の牛肉を輸出すること」へとシフトしていくことになる。
* * *
一方、世界を震撼させた張本人であるリアンは。
「あー、やっぱりダメだ。轟丸、デカすぎて日陰になっちまう」
ポポロ村の広場で、眩しい朝日に目を細めながら腕を組んでいた。
上空には、昨晩から出しっぱなしにしていた空母戦艦『轟丸』がドーンと浮遊している。その圧倒的な巨体のせいで、村の『太陽芋』の畑が完全な日陰に入ってしまっていたのだ。
「光合成できねえと、芋が甘くならないからな。……戻れ、轟丸」
リアンが指を鳴らすと、ポンッ! という気の抜けた音と共に、全長600メートルの戦略兵器が虚空へと消滅した。
「あああっ! 俺たちの極上サウナ付き大浴場がァァァッ!!」
野営地から、朝風呂を楽しみにしていた赤城たち自衛隊員の悲痛な叫びが響き渡る。
「うるせえ! 風呂なら裏の川で水浴びでもしてろ! 飯の時間に遅れるぞ!」
リアンが怒鳴り返すと、迷彩服の男たちは「は、はいッ! すぐ行きます!」と尻尾を振る犬のようにポポロ亭へと走っていった。
彼らの胃袋は、すでにリアンの作る『肉椎茸とマヨ・ハーブのハンバーグ』を求めて限界に達しているのだ。
「……兄上。あの神の兵器を、日当たりが悪いという理由だけで片付けてしまうとは……」
店の前で看板のホコリを拭いていた弟のクラウスが、遠い目をしながら呟く。
「当たり前だ。太陽芋の甘みは、うちのポテトサラダの生命線だからな。……よし、影丸! ハンバーグのタネ、空気抜き終わったか!」
「……(サムズアップ)」
「焼きに入るぞ! 強火だ!」
ジュゥゥゥゥッ……!!
厨房の鉄板に、分厚いハンバーグのタネが落とされ、暴力的な肉の焼ける匂いが村中に拡散していく。
肉椎茸特有の濃厚な旨味成分と、マヨ・ハーブの爽やかな香りが混ざり合い、自衛隊員はおろか、村の自警団たちまでがヨダレを垂らして店の前に列を作り始めた。
* * *
ポポロ村がハンバーグの匂いに包まれている頃。
マンルシア大陸の中央部、強靭な獣人たちが支配する武の国――『レオンハート獣人王国』の王宮では、重苦しい軍議が開かれていた。
「……ほう。ルナミス帝国の辺境にあるあの『ポポロ村』が、未知の鉄の船(米軍)をたった一隻の『空飛ぶ城』で追い払ったと?」
玉座で不敵な笑みを浮かべているのは、黄金のたてがみを持つ獅子耳族の王、アーサー獣人王だ。
彼の周囲には、圧倒的な闘気を発する各部族の猛者たちが控えている。
「はい、アーサー王。我が国の斥候からの報告によれば、その城の主は『リアン・クライン』。ルナミス帝国の元公爵にして、現在はただの……定食屋の親父をやっている男だそうです」
報告を行っているのは、近衛騎士団長のハガル(豹耳族)である。
無駄のない筋肉と、鋭い眼光。彼は愛読書である『歩兵攻撃』の戦術論を頭の中で反芻しながら、主君の言葉を待った。
「くっ……ははははっ! 定食屋だと!? 空飛ぶ城を操る魔王のような男が、エプロンを掛けて芋を煮ているというのか! 傑作だな!」
アーサー王が玉座から立ち上がる。
その瞬間、王宮の空気がビリビリと震え、凄まじい覇気(闘気)が空間を支配した。
「あの村は3カ国の緩衝地帯。今までは大した産業もない田舎村として見逃してやっていたが……そんな強者が潜んでいるとなれば話は別だ。我ら獣人の血が騒ぐというもの!」
「では、アーサー王。軍を動かしますか?」
ハガルが身を乗り出す。
だが、アーサー王は首を横に振った。
「軍を動かせば、ルナミスやアバロンとの全面戦争になる。……それに、面白くない」
王は獰猛な牙を剥き出しにし、子供のように瞳を輝かせた。
「我ら獣人族の誇りは『個の武力』! 魔導兵器や鉄の船などに頼らず、己の肉体と闘気のみで頂点を極めることにある! ……ハガルよ、最強の少数精鋭を組め」
「はっ! 目的は!?」
「ポポロ村に出向き、その『リアン・クライン』という男を打ち倒す! 空の城だろうが何だろうが、我らの拳と牙で粉砕して、あの村を我がレオンハートの直轄領として切り取ってくれるわ!」
闘争本能の塊である獣人たちが、一斉に雄叫びを上げた。
地球の兵器(米軍)すら恐れをなして逃げ出したポポロ村に対し、彼らは「強者がいるなら、直接ぶん殴って勝てばいい」という、究極の脳筋理論(ファンタジーの王道)で真っ向から挑もうとしていた。
「……出立は明日だ。腹ごしらえを忘れるなよ」
レオンハート獣人王国の精鋭部隊。
圧倒的な身体能力と、超常の『闘気』を操る野獣たちが、定食屋の親父の首を狙って動き出した。
* * *
「――へっくしょん!」
ポポロ亭の厨房で、リアンが盛大にくしゃみをした。
「どうした兄上、風邪か?」
「いや……なんか、ものすごく暑苦しい連中に目をつけられたような、嫌な悪寒がした。……まあいい、ハンバーグが焦げる」
リアンは気を取り直し、鉄板の上に特製の醤油ベースのマヨネーズソース(マヨ・ハーブ入り)をぶっかけた。
ジュワァァァァァァッ!!
ソースが焦げる香ばしい匂いが弾け、店内にいた全ての人間が「おおおおっ!」と歓声を上げる。
「さあ、食え! 俺の特製ハンバーグ定食だ!」
地球の政治も、異世界の魔王も、そして迫り来る獣人の闘士たちも。
全てはこの「圧倒的に美味い飯」と「理不尽な暴力」の前にひれ伏す運命にある。
リアン・クラインの忙しくも平和なスローライフは、次なる獲物(お客)を待ち受けながら、今日も絶賛営業中であった。




