EP 2
草木を掻き分ける微かな音だけが、鬱蒼とした森に響く。
陸上自衛隊・第一空挺団に所属する精鋭部隊。その先遣隊を率いる坂上信長1等陸尉は、暗視ゴーグル越しに前方の「集落」を睨みつけた。
「……信長隊長。どう見ても、中世ヨーロッパかファンタジー映画のセットですね」
後方に控える赤城鷹人が、呆れたように小声で報告する。
木造の家屋、土の道、そして畑。
衛星画像で確認された『ポポロ村』は、現代兵器を持つ自衛隊からすれば、赤子の手をひねるより容易く制圧できる原始的な集落にしか見えなかった。
「油断するな、赤城。未知の生態系じゃ。何が潜んどるか分からん」
信長は鋭く返す。
偉大なる親父(出雲艦隊司令官)を見返すためにも、この先遣任務でヘマは許されない。
「こちらアルファ1。目標の集落に到達。これより潜入し、制圧拠点を――」
通信機に顔を寄せた、その瞬間だった。
『――そこまでだ、余所者』
頭上から、ドスンッ! と重低音が響いた。
「なっ!?」
信長が反射的にアサルトライフルを構える。
部隊の全員が銃口を向けた先――巨木の枝から飛び降りてきたのは、身の丈2メートルを超える『竜の化め物』だった。
「ようこそ、ポポロ村へ。俺様は自警団リーダーのイグニス。……随分と物騒な『鉄の杖』を持ってるじゃねえか」
真紅の鱗に覆われた強靭な肉体。背中にはコウモリのような翼。
竜人族のイグニス・ドラグーンは、身の丈ほどある両手斧を肩に担ぎ、獰猛な牙を剥き出しにして笑っていた。
「バ、化け物……っ!? 撃つな! 威嚇態勢を維持しろ!」
信長が叫ぶ。
こんなファンタジー生物が実在するとは。だが、相手は原始的な斧一本だ。こちらには近代兵器がある。
「言葉が通じるなら要求する! 我々は日本国・陸上自衛隊だ! 武器を捨てて投降しろ! さもなくば――」
「投降? そいつはこっちのセリフだぜ、ヒヨッコ共」
イグニスがパチン、と指を鳴らす。
――カチャ、カチャ、チャキッ。
森の暗がりから、無数の「起動音」が鳴り響いた。
「隊長! レーザーポインター……!? 全方位からロックオンされています!」
赤城が悲鳴じみた声を上げる。
信長の胸元、額、足元。部隊の全員に、赤い光点が無数に照射されていた。
暗闇から音もなく姿を現したのは、ポポロ村の村人(自警団)たちだった。
だが、彼らが手にしているのは鍬でも槍でもない。
――黒光りする『魔導ライフル』。
――漆黒の『魔導防弾チョッキ』と『魔導ヘルメット』。
「な……んだと……?」
信長は己の目を疑った。
自警団の動きには、一切の無駄がない。
互いの死角を完璧にカバーし合う陣形。それは、世界最高峰の特殊部隊(SWAT)が用いる近接戦闘(CQB)の動きそのものだった。
「元ロス市警のサメジマ教官のしごきは、マジで地獄だったからな……」
「ああ。盾(魔導シールド)の角度が1ミリずれただけで、校庭100周だった」
村人たちが、ライフルを構えたままボヤいている。
(馬鹿な! なぜ剣と魔法のファンタジー村が、ゴリゴリの近代戦術を使えとるんじゃ!?)
信長の中で、論理が崩壊していく。
動揺が伝播し、自衛隊員の一人が、思わずライフルの引き金に指をかけようとした。
「――動くな」
ゴオォォォォォ……ッ!!
イグニスの全身から、陽炎のような『闘気』が爆発的に噴き上がる。
周囲の空気がビリビリと震え、圧倒的なプレッシャーが信長たちを押し潰した。
「引き金を引けば、俺様の斧がお前らの鉄兜ごと頭蓋骨をカチ割る。……俺様は田舎で燻るタマじゃねぇんだよ。やんのか、コラ?」
イグニスが斧を構える。
剣と魔法の絶対的な個の暴力(闘気)と、現代最高峰のSWAT戦術。
最悪のハイブリッドを前に、エリートであるはずの自衛隊は完全に「詰み」を悟った。
「……オドレら、どんだけ地獄に浸かっとるんじゃ……」
信長は冷や汗を流し、思わず素の広島弁を漏らす。
万事休す。
部隊が全滅を覚悟した、その時だった。
「――おーい、イグニス。お客さんを苛めるなよ」
緊迫した戦場に、気の抜けた声が響いた。
完全武装の自警団が、サッと道をあける。
そこを歩いてきたのは、エプロン姿の青年――リアンだった。
「なんだ、リアンの兄貴か。こいつら、物騒なオモチャ持ってたからよ」
「いいから銃を下ろせ。せっかく飯ができたのに、血生臭くなるだろ」
リアンは呆れたように言いながら、信長たちの前に歩み出る。
その両手には、なぜか湯気を立てる巨大な『土鍋』が抱えられていた。
「ようこそ、ポポロ村へ。色々と言いたいことはあるだろうけど――」
リアンは土鍋の蓋を、パカッと開けた。
途端に、強烈に食欲をそそる芳醇なダシの香りが、森いっぱいに広がった。
「とりあえず、温かい『おでん』でも食って落ち着けよ」
完全包囲された死地からの、まさかのおでんの炊き出し。
信長たち自衛隊員は、完全に思考がショートしたまま、ただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。




