第一章 ファースト・コンタクトと胃袋掌握
――西暦2026年、某月某日。
日本の近海、太平洋のど真ん中に「それ」は突如として現れた。
「……レーダーの故障じゃないんだな?」
海上自衛隊、出雲艦隊の旗艦。
薄暗いCIC(戦闘指揮所)で、総司令官の坂上真一は、葉巻を噛むような渋い顔でモニターを睨みつけた。
本来あるはずのない巨大な陸影。
オーストラリア大陸にも匹敵するサイズの未知の大陸が、日本の目と鼻の先に鎮座していたのだ。
「光学センサー、および衛星画像とも完全に一致。バグじゃありませんよ、司令」
コンソールに足を投げ出しながら、特A級AIエンジニアの早乙女蘭がチュッパチャプスを転がす。
彼女の目は、未知のパズルを見つけた子供のように輝いていた。
「熱源反応多数。……しかも、なんだこれ? 鳥? いや、デカすぎる。レーダー反射断面積が戦闘機並みの『生物』が空を飛んでます」
「……平上1尉、聞こえとるか」
坂上は通信機を手に取る。
その声には、長年の修羅場を潜り抜けてきた男の、冷たい緊張感が宿っていた。
『あー、こちら平上。……司令、悪い冗談はやめてくださいよ。俺、今日合コンなんスけど』
先行して上空を偵察しているF35bのパイロット、平上雪之丞の気の抜けた声がノイズ混じりに響く。
『目視確認しました。……デカいトカゲが、羽生やして飛んでます。しかも、口から火を吹いてる。映画の撮影ですかね、これ』
「各艦、対空戦闘用意! 先制攻撃は控えろ。だが、舐められるなよ」
坂上が低く唸る。
未知の文明、未知の生物。
日本は今、かつてない国難――「地獄」の淵に立たされていた。
* * *
「――っかー! やっぱ昼間から飲む芋酒は最高だな!」
同じ頃。
謎の巨大陸地こと『マンルシア大陸』の辺境、ポポロ村。
のどかな田園風景を見下ろす高台の縁側で、リアン・クラインは幸せそうに息を吐いた。
よく冷えた25度の芋酒を、備前焼によく似た土のぐい呑みで煽る。
アテは、月見大根を太陽芋から作った特製ダシで煮込んだ『おでん』だ。
「はふっ……んん~、大根にダシが染みてる。完璧だ」
元・地球人の三ツ星シェフであり、現・最強の暗殺者。
だが今の彼は、ただの『美味しいご飯とスローライフを愛する青年』だった。
「あのー、リアンさーん……。私にも、その丸っこいの、一ついただけないでしょうか……?」
縁側の端っこ。
みかん箱の上に正座した美少女が、羨ましそうにリアンのおでんをガン見していた。
透き通るような青い髪と、海の宝石のような瞳。
魚人国家シーランからやってきた人魚姫であり、ルナミス帝国で(自称)トップアイドルとして活動するリーザ(16歳)である。
彼女の両手には、近所のパン屋で「ペットの餌用」と偽って貰ってきた大量の『パンの耳』が握られていた。
「ダメだ。これは俺の昼飯」
「ケチ! リアンさんのケチ! 絶対無敵のスパチャアイドルに施しをすれば、来世はクリオネに転生できる特典がつくのに!」
「クリオネにはなりたくない。それに、お前昨日もキャルルの弁当盗み食いしてただろ」
リアンが冷たくあしらうと、リーザは「きゅぅぅ……」と情けない声を上げてパンの耳をかじり始めた。
「……平和ねぇ。って、リアン! のんきに飲んでる場合じゃないわよ!」
ドタドタと足音を立てて、村長宅からキャルルが駆け出してくる。
彼女は血相を変えて、遠くの地平線を指差した。
「さっきから、村の外がおかしいのよ! 空に金属の鳥みたいなのが飛んでるし、海の方には鉄の塊みたいな巨大な船が……!」
「あー、アレな」
リアンはぐい呑みを置き、のんびりと立ち上がった。
彼の視線の先。
マンルシア大陸の沿岸部からわずか数キロ先の海上に、灰色の巨大なイージス艦のシルエットが浮かんでいる。
あれは間違いなく、前世の記憶にある日本の自衛隊だ。
どういう原理か分からないが、大陸ごと地球に転移してしまったらしい。
「リアン、知ってるの!?」
「まあの。……ちょっと塩気が強い奴らが来たみたいだ」
リアンは腰に差した『銃口剣』の柄をトントンと叩く。
ここポポロ村は、美味しい野菜と旨い酒が採れる、リアンにとって最高の楽園だ。
自衛隊だろうが、魔王軍だろうが、この平穏を荒らす気なら容赦はしない。
「とりあえず、歓迎の準備でもするか」
リアンは残った芋酒を飲み干すと、不敵な笑みを浮かべた。
「腹減ってるみたいだし、とびきり熱い『おでん』をご馳走してやらなきゃな」




