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EP 5

 ――そして、運命の午後六時。

 日本国の中心、東京ドームは、かつてない熱狂と「異常な魔力波長」に包まれていた。

「ウオォォォォォッ!! 月人ツキトくぅぅぅんッ!! こっち向いてェェェッ!!」

 5万人を収容する巨大ドームの、最前列・ド中央のVIP席。

 そこで、ライブTシャツ(特注のXXLサイズをドレスの上から強引に着ている)を身に纏った魔王ラスティアが、両手に6本ずつのペンライトをバルログのように構え、血の涙を流しながら絶叫していた。

「ちょっとラスティア、アンタの図体がデカいから私の視界が遮られるじゃない! しゃがみなさいよ!」

「うるさいババア! 推しの神聖なオーラを全身で浴びるには、このポジションが絶対なのだ!」

 その隣では、女神ルチアナ(同じくライブTシャツ姿)が、ラスティアの背中をバシバシと叩きながらうちわを振っている。

 絶対の魔王と、世界の創造主。

 人類の存亡を握る二柱の超越者が、一人の人間の青年のウインク一つで「ひぃっ尊いッ!」「浄化されるぅぅ!」と奇声を上げて抱き合っていた。

「……はぁ。俺は魔王軍の最高幹部のはずなんだがな……」

 彼女たちの後ろの席で、貴公子ルーベンスは死んだ魚のような目をしていた。

 彼の周囲には、物販で数百万単位で買い占めた「朝倉月人アクリルスタンド」や「推し活トートバッグ」が山のように積まれている。

 彼の胃は、すでに日本の市販の胃薬では限界に達していた。

(まあいい。これでラスティア様の機嫌が直るなら、安いものだ。チキュウのアイドルとやらに感謝せねばな……)

 ルーベンスが胸を撫で下ろした、その時だった。

 ピクッ、と。

 ルーベンスの尖った耳と、魔族特有の危機感知能力が、足元の「地下」から這い上がってくる不気味な気配を捉えた。

(……なんだ? この淀んだ魔力は。それに、機械の油のような腐臭……?)

     * * *

 東京ドームの地下、広大な共同溝と地下鉄の廃路線が交差する暗闇の中。

 そこでは、金属の足音を鳴らしながら蠢く『死蟲王サルバロス』の残党たちが、ドームの真下へと集結しつつあった。

『ギチギチ……。素晴らしい。これほどまでに密集した「魂」の群れ、見たことがない』

 暗闇の中でカシャカシャと顎を鳴らしているのは、全長5メートルを超える『死放屁虫型デス・ボンバルディア』の群れと、それらを率いる指揮官機だった。

『上のドームには、5万匹の人間が詰まっている。我らの体内に蓄積した可燃ガスを一斉に爆発させれば、箱ごと吹き飛び、5万の極上の魂が一度に刈り取れる。……サルバロス様の復活の贄として、これ以上のものはない』

 死蟲たちは、無機質な機械音を立てながら、可燃性ガスを腹部にパンパンに充満させていく。

 あと数分で臨界に達する。

 それが爆発すれば、東京ドームは5万人の観客もろとも、巨大な火柱となって消滅するだろう。

 ……そう。通常であれば、の話だが。

     * * *

「……あー、やっぱりな」

 太平洋に浮かぶマンルシア大陸、ポポロ村の定食屋『ポポロ亭』。

 厨房で食器を洗っていたリアンは、溜め息を吐きながら水道の蛇口を止めた。

 彼が死蟲軍の生き残りの甲殻にこっそり仕掛けておいた「極小の盗聴用マグナギア」が、東京ドーム地下の不穏な会話を完璧に拾い上げていたのだ。

「どうした、兄上? また何処かの馬鹿が村の畑を狙っているのか?」

 カウンターでポテトサラダを堪能していた弟のクラウスが、怪訝そうに尋ねる。

「いや、村じゃない。ちょっと日本チキュウの東京ってところで、害虫が湧いたみたいでな」

「チキュウだと? ここから海を隔てて数百キロは離れているぞ。出向くのか?」

「そんな暇はない。明日の朝飯の仕込みがあるからな。……だから、ここから『殺る』」

 リアンは手拭いで手を拭きながら、まな板の上に置かれていた愛用の包丁――神殺しの武具『雷霆らいてい』を手に取った。

「影丸、ちょっと表に出る。店、頼んだぞ」

「……(敬礼)」

 影丸に見送られ、リアンはポポロ村の裏山、最も見晴らしの良い崖の上へと移動した。

 眼下には、夜の海が黒々と広がっている。

 その遥か水平線の向こうに、日本の首都・東京があるはずだった。

「……東京ドームで爆発騒ぎなんか起きて、ライブが中止にでもなってみろ。あのポンコツ魔王が発狂して、日本の食材ルートが物理的に消滅しちまう」

 リアンは、右手に持った包丁の峰を、左手の指でスッと撫でた。

「あの美味い醤油とみりんのためだ。……ここで、死蟲共を完全に消し飛ばす」

 リアンの全身から、これまでとは比較にならないほどの、桁違いの魔力と闘気が吹き上がった。

 彼の『怒り』と『意志(食材を守るという強い想い)』に呼応し、手の中の包丁が激しく明滅を始める。

 ――バチィィィッ!!

 空間が歪み、包丁の刀身が解け、瞬く間に「巨大で禍々しい黒塗りの剛弓」へとその姿を変えた。

 持ち主の最適解となる神殺しの武装、『雷霆(弓モード)』。

「ターゲット、東京ドーム地下深度30メートル。生体反応、並びに可燃ガスの集積を確認」

 リアンは弓を水平の彼方へ向け、目にも留まらぬ速さで弦を引き絞った。

 矢は無い。

 彼の極限まで高められた闘気と、雷属性の魔力が、弓の中心で一本の『真紅の雷の矢』を形成していく。

 ギリリリリリ……ッ!

 大気が悲鳴を上げ、リアンの足元の岩盤が、魔力の重圧に耐えきれずに蜘蛛の巣状に砕け散る。

 数百キロ離れた地下の標的。

 通常の物理法則では絶対に届かない、視認すら不可能な暗殺。

 だが、最強の暗殺者たる彼に、距離という概念は存在しない。

「『都市ゲリラ教本』応用編。……敵が安全圏だと思い込んでいる根城ごと、理不尽な暴力でぶち抜く」

 リアンの瞳が、冷徹な捕食者の色に染まる。

「――消し飛べ」

 必殺、『雷霆雷竜の一矢』。

 バンッッッ!!!

 リアンの指から弦が放たれた瞬間、真紅の雷光が「巨大な雷の竜」へと姿を変え、海を割り、雲を散らしながら、音速を遥かに超える速度で太平洋を一直線に駆け抜けていった。

     * * *

 東京ドーム地下。

『さあ、満ちたぞ。5万の魂を、我らのガスで一気に――』

 死蟲の指揮官が、起爆の合図を出そうとした、まさにその時。

 ドゴォォォォォォォォォォォッ!!!

 東京湾の海中から、地殻を貫通して飛来してきた『紅き雷の竜』が、分厚いコンクリートの壁を紙屑のように食い破り、死蟲の群れのど真ん中へ直撃した。

『ギ、ギガァァァァァァッ!?』

 爆発する間すら与えられない。

 神殺しの雷霆の威力は、地下空間の可燃ガスごと、死蟲軍の機械装甲を「分子レベル」で完全に消滅させた。

 音もなく、振動すら最小限に抑えられた、究極のピンポイント空間破壊。

「……ん? 今、足元で何か静電気のようなものが……」

 ドームのVIP席で、ルーベンスが首を傾げたが。

「キャァァァァッ!! 月人くぅぅぅんッ!! こっち見てェェェッ!」

「投げキッスよ! 今の私に投げキッスしたわよね!?」

 隣で絶叫する魔王と女神の鼓膜を破るような黄色い歓声に掻き消され、その微かな違和感は完全に意識の外へと追いやられた。

 5万人の観客も、ステージ上で輝くアイドルも、そして異世界の超越者たちでさえ。

 自分たちの足元で、東京を吹き飛ばす規模のテロが計画され、それが遥か数百キロ彼方の「定食屋の親父」が放った一矢によって、跡形もなく消し飛ばされたことなど、知る由もなかった。

「……ふぅ。これで醤油ルートは安泰だな」

 ポポロ村の崖の上。

 リアンは、包丁の姿に戻った『雷霆』をくるくると回しながら、満足げに夜の海を見下ろした。

「よし、明日の仕込みの続きだ。自衛隊の連中、明日はハンバーグがいいって言ってたな」

 世界を救う神殺しの一撃も、彼にとっては明日のランチ営業のための「下準備」に過ぎない。

 最強の料理人による、最も美味しくて最も残酷なスローライフは、今日も完璧に進行中である。

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