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EP 4

 太平洋上、アメリカ海軍第七艦隊。

 旗艦ブルー・リッジのCIC(戦闘指揮所)は、耳をつんざくような警告音の嵐に見舞われていた。

「レーダーに多数の熱源反応! 数、およそ500! マンルシア大陸の方角から、日本チキュウへ向かって一直線に飛来してきます!」

「なんだと!? 航空機か、それともミサイルか!?」

 ジャック・フォークナー司令官が、葉巻を握りつぶさんばかりの勢いでコンソールに身を乗り出す。

 光学カメラが捉えた映像がメインモニターに映し出された瞬間、CICの全員が言葉を失った。

「……鳥? いや、コウモリ……なのか?」

「トカゲです! 巨大なトカゲ(ワイバーン)に甲冑を着た人間が乗っています! さらにその後方……空を飛ぶ木造の帆船(魔導艦)が3隻!」

 ファンタジー映画のクライマックスのような大軍勢。

 だが、ここは現実の太平洋だ。

 フォークナーは冷や汗を拭い、即座に決断を下した。

「シールズの降下部隊をコケにされたばかりだ。これ以上、この海域で好き勝手はさせん。イージス艦の防空システムを起動しろ! 全艦載機、スクランブル! 警告を無視するなら叩き落とせ!」

 圧倒的な現代火力が、異世界の軍勢へと牙を剥いた。

     * * *

「急げ野郎共ォォッ!! 東京ドームの物販開始まで、あと3時間しかないぞ!!」

 一方、米軍にロックオンされているとも知らず、太平洋の上空を爆進していたアバロン皇国の『魔王軍第一艦隊』。

 その旗艦(空飛ぶガレオン船)の甲板で、魔王軍の将軍が青筋を立てて怒鳴り散らしていた。

「ラスティア様から『推し活限定トートバッグ』と『ランダムアクリルスタンド全種』の確保を厳命されている! もし売り切れでもしたら、我々は全員ブラックホールで処刑だぞ! ワイバーン部隊、もっと魔力を振り絞れェェッ!」

『ウオォォォォッ!!』

 悲壮な決意を胸に、魔族の精鋭たちが空を駆ける。

 彼らの手には武器ではなく、朝倉月人の公式ペンライト(旧モデル)と、大量の日本円(ルーベンスが換金したチケット代の残り)が握りしめられていた。

『――警告する。所属不明の飛行物体。ただちに旋回し、空域から離脱せよ』

 突如、前方から飛来した米海軍のF−18戦闘機部隊から、大音量のスピーカーで警告が発せられた。

「ああん!? なんだあの鉄の鳥は! 我々の『推しせいせん』を邪魔する気か!」

「将軍! 相手から強烈な殺気ロックオンを感じます! やられます!」

「ええい、構わん! 東京ドームへ道をこじ開けろ! 迎撃魔法、用意ィッ!」

 物販の列に並ぶためなら、米軍だろうが何だろうが蹴散らす。

 魔王軍のワイバーン部隊が炎のブレスを吐き出す準備に入り、米軍のイージス艦からはスタンダード・ミサイル(SM−2)の発射ボタンが押されようとしていた。

 地球の最強軍隊と、異世界の最凶武力。

 絶望的な文明の衝突(と、くだらない勘違い)が勃発する、そのコンマ数秒前。

     * * *

「……あー、もう。本当にあいつらは、少し目を離すとすぐコレだ」

 ポポロ村の定食屋『ポポロ亭』。

 リアンは店の裏手で、大量の玉ねぎの皮を剥きながら深いため息を吐いていた。

 彼の脳内には、マグナギアの通信網を通じて、太平洋上空の惨状がリアルタイムで流れ込んできている。

「ここで魔王軍とアメリカがドンパチやったら、確実に今日のライブは中止になる。……そうなったら、ラスティアの奴がガチギレして東京が消滅するぞ」

 それは非常に面倒だ。

 日本の食材(醤油やみりん)の仕入れルートが消滅するのは、リアンにとって死活問題である。

「少し、お灸を据えてやるか」

 リアンは玉ねぎを置き、エプロン姿のまま、虚空に向かって手をかざした。

 彼の足元の影が、これまでにない規模で激しく渦を巻き、周囲の空間から莫大なマナを強引に吸い上げていく。

「来い。――『空丸くうまる』」

 バチィィィッ!!

 落雷のような轟音と共に、リアンの頭上に巨大な『魔法陣』が展開された。

 そこから滑り出てきたのは、全長50メートルを超える、流線型の滑らかな銀色の装甲に覆われた『機械の竜』だった。

 ジェット戦闘機のような鋭角的なフォルム。背中には、無数の砲門を内蔵した巨大なコンテナを背負っている。

 召喚スキル(大)、空戦特化型マグナギア『空丸』。

『キュオォォォン……!』

 空丸が、電子音のような甲高い産声を上げる。

「いいか、空丸。太平洋で睨み合ってる馬鹿共の『武器』だけを全部壊してこい。人は殺すなよ」

 リアンの指示を受けた機械竜は、スラスターから青白いプラズマの炎を噴き上げた。

 ドンッ!!

 音の壁を容易く置き去りにし、マッハ5以上の超絶スピードで、空丸は太平洋の彼方へと消えていった。

     * * *

『ミサイル、発射ファイア!』

 米軍のイージス艦から、数十発の対空ミサイルが白い尾を引いて空へ放たれた。

 同時に、魔王軍のワイバーンたちも、口径の底で極大の炎のブレスを練り上げる。

 双方が激突しようとした、まさにその瞬間だった。

 ――ピキィィィィィィンッ!!!

 上空の分厚い雲を突き破り、銀色の流星が戦場のど真ん中へ「落下」してきた。

「な、なんだアレは!?」

「巨大な……機械のドラゴン……!?」

 米軍のパイロットも、魔王軍の将軍も、突然乱入してきた『空丸』の姿に目を剥いた。

 空丸の背中のコンテナが、カシャリと開く。

 内部に搭載された無数の銃口が、瞬時に戦場全体をスキャンした。

 ――マルチロックオン、対象105機。

「キュイィィィィッ!!」

 空丸の咆哮と共に、全砲門から一斉に青白い『プラズマ砲』が発射された。

 それは、文字通りの「光の雨」だった。

 幾筋ものプラズマの軌跡が、一切の無駄なく空を駆け巡る。

 ジュッ、ジュボォォォッ!!

『なっ!? ミ、ミサイルが……空中で蒸発した!?』

 米海軍が放った対空ミサイル群が、プラズマの直撃を受け、爆発する間もなくドロドロに溶けて消滅した。

 それだけではない。

 プラズマの光線は、F−18の翼の下に懸架されていた未発射のミサイルだけをピンポイントで溶かし落とし、イージス艦の甲板にあるVLS(垂直発射システム)のハッチを正確に焼き切って無力化していく。

『バ、バカな! 全火器の照準システムが完全に沈黙! こちらの攻撃手段が……たった一瞬で全て奪われただと!?』

 フォークナーが、艦橋で絶望の声を上げる。

 一方の魔王軍も例外ではなかった。

 ワイバーンたちが吐き出そうとしていた炎のブレスの「魔力の結節点」を、プラズマの光線が的確に撃ち抜く。

「ギャンッ!?」

「ひぃっ!? ワ、ワイバーンの顎の魔力回路がショートした! ブレスが吐けません!」

「魔導艦の主砲も、一瞬でスクラップにされたぞ! なんだあの化け物はァァァッ!?」

 沈黙。

 ほんの数秒前まで殺意に満ちていた太平洋の空域は、完全に『牙を抜かれた』状態となり、気まずい静寂に包まれた。

 空域の中央でホバリングする機械竜『空丸』は、両陣営を見回すように首を巡らせた後、威嚇するように小さくプラズマを噴き出し――。

 ポンッ、と風船が割れるような音と共に、次元の狭間へ帰還(消滅)していった。

「…………」

「…………」

 米軍第七艦隊と、魔王軍第一艦隊。

 地球最強と異世界最凶の軍隊は、圧倒的な「第三の暴力」を前に、ただただ冷や汗を流しながら空を見つめることしかできなかった。

『……将軍。い、いかがなさいますか。武器は全て壊されましたが……』

「決まっておろうが!!」

 静寂を破り、魔王軍の将軍が血走った目で叫んだ。

「推しライブに武器など不要!! 全速力で東京ドームへ急げェェェッ! 物販の列に並ぶのだァァァッ!!」

『ウオォォォォォッ!!』

 丸腰となった魔王軍は、米軍を完全に無視して、再び日本へ向けて爆走を開始した。

『……し、司令官。未確認部隊が、日本本土へ向かっていきます。追撃しますか?』

「……できるわけなかろうが」

 フォークナーは、震える手で葉巻を口に運んだが、火をつけることすらできなかった。

「すべての武装を、たった一瞬で蒸発させられたのだぞ。……あんなバケモノを飼っている国(日本)に、これ以上手出しできるはずがない」

 太平洋の覇権争いは、リアンの「ライブが中止になると困る」という極めて個人的な理由による、たった一撃の強制介入によって、無残なほどあっさりと終結したのだった。

     * * *

「……よし。これで予定通りライブは開催されるな」

 ポポロ亭の裏手。

 リアンは満足げに頷くと、剥き終わった玉ねぎを抱えて厨房へと戻っていった。

「お待たせ、クラウス、信長のおっさん。カツカレーの次は、ポテトサラダだ。食うか?」

「「食います(食うぞ)!!」」

 圧倒的な軍事力の行使と、定食屋の仕込み。

 彼にとっては、どちらも等しく『日常のタスク』に過ぎない。

 狂った世界のバランスは、今日もエプロン姿の暗殺者の手のひらの上で、完璧にコントロールされていた。

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