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第二章【東京ドーム事変と太平洋の覇権争い編】

 日本の自衛隊がポポロ村と『不可侵・緩衝指定特区』の条約を結び、平和な(そして胃袋を完全に掌握された)関係を築き始めた数日後のこと。

 太平洋上の波を切り裂き、巨大な灰色の船影がマンルシア大陸へと接近していた。

 アメリカ海軍第七艦隊。

 その旗艦であるブルー・リッジの艦橋で、総司令官ジャック・フォークナーは、ラッキーストライクの煙を深く吐き出した。

「……日本政府の連中め、随分と小賢しい真似をしてくれたものだ」

 フォークナーの手元には、偵察衛星が捉えたポポロ村の映像と、内閣情報調査室から(意図的に)漏洩された『陽薬草』および『魔石』の成分データが握られていた。

「細胞分裂を劇的に促進する未知の植物に、原油を過去の遺物にする高効率エネルギー鉱石。……こんなものを極東の島国に独占させれば、世界のパワーバランスがひっくり返る。この新大陸は、全人類アメリカの資産として『保護』されねばならん」

 彼の指示により、すでに強襲揚陸艦から数機のV22オスプレイと、海兵隊の精鋭部隊を乗せたステルスヘリが発艦していた。

 目的は、ポポロ村の制圧ではない。村のすぐ隣に「米軍の絶対的な前線基地」を電撃的に設営し、既成事実を作ることだ。

『司令官。日本の海上自衛隊、出雲艦隊のサカガミ司令から通信です。「あれは刺激するな、痛い目を見るぞ」と』

「無視しろ。自衛隊の臆病風に付き合っている暇はない。我々は星条旗の誇りに懸けて、新大陸に民主主義と自由ルールをもたらすのだ」

 フォークナーは葉巻を噛みちぎるように笑った。

 近代兵器の頂点たる米軍が、剣と魔法の田舎村に遅れをとるはずがない。それは、世界中の誰もが疑わない「常識」だった。

     * * *

「トトトトトトトトトッ……!!」

 その頃、ポポロ村の定食屋『ポポロ亭』。

 厨房では、リアンが神殺しの武具『雷霆らいてい』の包丁モードを振るい、凄まじいスピードでキャベツの千切りを量産していた。

「よし。これで太陽芋のコロッケに添える付け合わせは完璧だな。影丸、油の温度はどうだ?」

「……(コクン)」

 ピンク色のエプロンを着た漆黒の騎士・影丸が、菜箸の先から上がる微細な泡の音を聞き分け、完璧な180℃であることを無言のサムズアップで伝える。

「サンキュー。今日のランチは自衛隊の連中がカツカレーを大量注文してるからな。気合い入れ――」

 リアンがパン粉をまぶしたコロッケを油に落とそうとした、その時だった。

 ――バタバタバタバタバタッ!!

 村の上空から、空気を切り裂くような重低音が響いてきた。

 複数の大型ローターが空気を叩く、ヘリコプター特有の騒音だ。しかも、自衛隊の輸送ヘリよりも数が多く、威圧的だった。

「……あー?」

 リアンは眉をひそめ、厨房の勝手口から空を見上げた。

 光学迷彩でも積んでいるのか、肉眼では見えにくいが、リアンの魔力感知には、ポポロ村の裏山へ向かって降下しようとする複数の巨大な鉄の鳥の姿がハッキリと捉えられていた。

「自衛隊の連中じゃないな。あの星のマーク……アメリカか。映画で見たことあるぞ」

 リアンは手元のコロッケと、騒々しい空を交互に見比べた。

「……村の裏山に降りる気か? あそこには、明日収穫予定の『ハニーかぼちゃ』の畑があるんだぞ。あんな強風ダウンウォッシュを当てられたら、かぼちゃのツルが全部千切れちまう」

 それは、リアンにとって国家の危機よりも遥かに重大な問題だった。

 明日のランチの「かぼちゃシチュー」が作れなくなる。

「影丸。ちょっと油の番、代わってくれ」

「……(コクリ)」

「あのうるさい鳥どもを、お引き取り願ってくる」

 リアンはエプロンで手を拭くと、自身の足元に広がる影に向かって、低く囁いた。

「……影丸。お前の『分体』を貸せ」

 ズズンッ、とリアンの足元の影が沸騰するように泡立ち、そこから数体の「小さな影の騎士」が這い出してきた。

「あいつらの影に潜り込め。殺す必要はない。ただ、二度とうちの畑の上に近づきたくなくなるように……『目と耳と足』を奪ってやれ」

 影の騎士たちは音もなく敬礼すると、太陽の光を避けるように、物理法則を完全に無視した速度で上空のヘリの影へと跳躍していった。

     * * *

『ブラボー1よりアルファ。目標地点の上空に到達。これより降下し、橋頭堡を築く』

 ポポロ村の裏山へ降下を開始した米海兵隊のステルスヘリ内部。

 完全武装の隊員たちは、暗視ゴーグルを下ろし、いつでも降下できるようワイヤーに手をかけていた。

作戦開始ゴー! 原住民の反抗には威嚇射撃を許可――』

 パイロットが通信機に向かって叫んだ、次の瞬間だった。

 バツンッ!!

 という奇妙な破裂音と共に、ヘリのコクピット内の計器類が、一斉にブラックアウトした。

『なっ!? 電源喪失!? 馬鹿な、EMP(電磁パルス)攻撃か!?』

『違います! 計器の裏側から、物理的な切断音が……ひぃっ!?』

 副操縦士が悲鳴を上げた。

 彼の足元の影から、真っ黒な『刃』を持った手だけがニュルリと伸び、分厚い装甲で覆われているはずの配線パネルの内部を、容赦なく切り刻んでいたのだ。

『な、なんだこれは! 影が、影が機体を壊してるぞ!!』

『操縦不能! 油圧システムも切断されました! このままじゃ墜落する!』

『メーデー、メーデー! こちらブラボー1! 見えない敵の攻撃を受けている!』

 パニックは一機だけではない。

 展開していた全てのオスプレイとステルスヘリの内部で、影丸の分体たちによる『物理的な配線カット』と『基盤の破壊』が同時多発的に行われていた。

 魔法による攻撃ではないため、彼らが搭載していた最新の対魔導防壁(自衛隊から得たデータに基づくもの)は全く機能しなかった。

『くそっ! 緊急出力で離脱する! 手動で姿勢を制御しろォォッ!』

 かぼちゃ畑に降りるどころではない。

 米軍の精鋭部隊は、一度も銃の引き金を引くことなく、機体から黒煙を吹き上げながら、這々の体で海上の母艦へと逃げ帰るしかなかった。

     * * *

「……報告します。先遣隊の全機体が航行不能。……謎の不可視攻撃により、内部システムを物理的に破壊されました」

 第七艦隊旗艦、ブルー・リッジ。

 報告を受けたジャック・フォークナー司令官は、葉巻を落としそうになるのを必死で堪えた。

「不可視の物理攻撃だと……? まさか、光学迷彩兵器か?」

「いえ、帰還したパイロットたちは口を揃えて……『自分たちの影が、配線をハサミで切っていた』と……」

「馬鹿なことを言うな!!」

 フォークナーが怒鳴りつけるが、モニターに映し出された無惨な機体の内部映像が、それが事実であることを物語っていた。

 ポポロ村には、米軍の最新鋭の電子機器を「影から物理的に切り刻む」という、ふざけた能力を持つバケモノがいる。

「……サカガミ司令が言っていたのは、これのことか……ッ」

 フォークナーは、冷たい汗が背中を伝うのを感じた。

 民主主義と自由の押し売りなど、あの村には一切通用しない。彼らは、地球の軍隊など赤子の手をひねるより容易く無力化できるのだ。

     * * *

「……ふぅ。これで静かになったな」

 ポポロ亭の厨房。

 リアンは満足げに頷くと、きつね色に揚がった太陽芋のコロッケを、サクッと油から引き上げた。

「影丸、ご苦労さん。配線切るの、結構細かくて面倒だっただろ」

「……(フルフル)」

 影丸は首を横に振り、「大したことないッスよ」という風に胸を叩いた。

「さて、カツカレーの準備も急がないとな。今日は自衛隊の連中、訓練上がりで腹空かせてるだろうし」

 アメリカ第七艦隊の威信を完膚なきまでに叩き折ったことなど、彼にとっては『かぼちゃ畑の防衛』のおまけに過ぎない。

 リアン・クラインの世界の平和は、今日も極上の油の匂いと共に、完璧に守り抜かれたのであった。

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