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EP 12

 ポポロ村の広場に隣接して設営された、陸上自衛隊の臨時医療テント。

 そこで、従軍医療スタッフとして参加している医学生の中村優太なかむら ゆうたは、自分の目を疑っていた。

「……あり得ない。いくらなんでも、細胞の再生速度が現代医学の常識を逸脱しすぎている」

 優太は、昨日死蟲の酸を浴びて重度の火傷を負ったはずの隊員の腕を、震える手で診察していた。

 爛れていたはずの皮膚が、たった一晩で完全に再生し、傷痕一つ残っていないのだ。

「いやぁ、中村先生。昨日の夜、リアンさんの兄貴に『陽薬草』のお茶を飲まされて、一晩寝たらこの通りっスよ! 肩こりまで治っちゃいました!」

「陽薬草……光合成の過程でマナを蓄積し、対象の細胞分裂を劇的に促進する未知の植物……。ダメだ、僕が今まで学んできた医学書が全部紙切れになってしまう」

 高校時代、ハワイでの銃撃戦に巻き込まれ、命を救うために外科医を志した優太。

 『人間の土地』で命の尊さを学んできた彼にとって、この異世界の治癒力は、奇跡を通り越して暴力的なまでのカルチャーショックだった。

「お、なんだ医者の兄ちゃん。難しい顔してんな」

 テントの入り口から、リアンが顔を出した。

 手には、ほかほかの湯気を立てるおにぎりと、水筒が握られている。

「リアンさん……。あなたの作ったそのお茶、一体どんな成分が」

「成分とか難しいことは知らん。まあ、疲れた時は甘いもんと塩分だ。ほらよ」

 リアンが優太に差し出したのは、『米麦草』をふっくらと炊き上げた塩むすびだった。

 中には、ポポロ村特製の『肉椎茸』のしぐれ煮がたっぷりと詰まっている。

「……いただきます」

 優太が一口齧る。

 その瞬間、米の優しい甘みと、肉椎茸の濃厚な旨味が、徹夜で解析作業をしていた彼の疲弊した脳髄に、ガンッ! と強烈な一撃を叩き込んだ。

「美味しい……! なんだこれ、ただの塩むすびなのに、食べれば食べるほど活力が……!」

「それに、こっちは特製の『醤油草』で淹れたスープだ。医者の不養生は笑えないからな。しっかり食えよ」

「リアンさん……っ」

 優太は涙ぐみながら、塩むすびを掻き込んだ。

 どんなチートがあろうと、どんな絶望があろうと、この温かい食事が人を救うのだと、彼は本能で理解した。

     * * *

 その頃、地球――日本の霞が関。

 首相官邸の特別会議室では、ポポロ村の不可侵条約締結を受けて、すぐさま「異世界との経済・法整備」に関する極秘会議が開かれていた。

「ガリッ、ボリボリッ」

 静まり返った会議室に、不作法に飴玉を噛み砕く音が響く。

 経済交渉官の力武義正りきたけ よしまさである。彼は口の中でコーヒーキャンディを転がしながら、手元の資料を弾き飛ばすように叩いた。

「――結論から言います。あの世界の『金貨』は、地球の純金レートと照らし合わせると約一万円。銀貨が千円。銅貨が百円です。そして、魔導兵器の動力源である『魔石』のエネルギー効率は、現在の原油価格を完全に破壊します」

 力武の瞳が、獲物を狙う鷹のように細められる。

「算盤を弾かせてもらいましたが、日本がポポロ村を独占的窓口としてマンルシア大陸と貿易を行えば、我が国のGDPは数年でアメリカと中国をぶち抜きます。これは、ゼロサムゲームではありません。圧倒的な『富』の独占です」

「頼もしいねぇ、力武くん」

 上座で葉巻を燻らせる与党幹事長の若林が、満足げに笑う。

 だが、その向かいに座るタイトスーツの女性――首席国際法務官の桜田リベラが、冷ややかな声で釘を刺した。

「絵に描いた餅ですね。その貿易協定、相手の『神』や『魔王』が国際法を遵守するという前提での話でしょう?」

「弁護士先生は、神様相手に裁判でも起こす気ですか?」

「ええ、必要とあらば」

 元レディースという経歴を持つ異端の弁護士リベラは、長い髪をかき上げ、不敵に笑った。

「ポポロ村の自警団が持つ『防衛権』は、我が国の専守防衛の拡大解釈でどうとでも庇えます。ですが、もし異世界のバケモノ共が我が国の領土や国民の自由を侵害した場合――それが神だろうが魔王だろうが、私は『適正手続き』に乗せて、法廷という修羅の道に引きずり出します。……それが、私の『仕事ケンカ』ですから」

 経済の天才と、法律の修羅。

 日本の頭脳たちが異世界をどう料理するか、それぞれの思惑を巡らせていた、その時だった。

「緊急事態です!!」

 会議室の扉がバンッ! と開き、防衛省の通信担当官が血相を変えて飛び込んできた。

「ポポロ村に駐留している早乙女AIエンジニアから、緊急入電! 西方……アバロン皇国の方向から、桁違いの魔力波長を伴う『広域通信』が、日本全土の電波網をジャックしています!」

「なんだと!?」

 若林が立ち上がる。

 直後、会議室の大型モニターが、強制的にノイズまみれの映像へと切り替わった。

 映し出されたのは――。

     * * *

『あー、あー。テステス。聞こえてるか、日本チキュウの愚民ども』

 ポポロ村の広場でも、蘭が解析していた魔導通信石のホログラムモニターから、巨大な映像が空中に投影されていた。

 リアンも、信長も、おにぎりを頬張っていた優太も、その映像を見上げて固まる。

 そこに映っていたのは、漆黒の玉座にふんぞり返り、傲慢な笑みを浮かべる絶世の美女。

 魔族の国、アバロン皇国を統べる『魔王ラスティア』の姿だった。

「ま、魔王……! ついに魔王が地球に宣戦布告を……っ!」

「総員、戦闘配置ィッ!!」

 信長が絶叫し、自衛隊員たちが一斉に銃を構える。

 ついに始まる、地球と異世界の大規模戦争。その第一声に、日本中が固唾を飲んだ。

 モニターの中の魔王ラスティアは、重々しく、そして威圧的な声で、全人類に向けて要求を突きつけた。

『我は魔王ラスティア! 日本政府に要求する! 来月行われる、朝倉月人の東京ドームライブの【最前列VIPチケット2枚】と、【公式ペンライト全色セット】を速やかに用意しろ!!』

「…………」

「…………」

「…………は?」

 ポポロ村の広場に、そして霞が関の会議室に、宇宙の果てのような沈黙が落ちた。

『要求を呑まない場合、我ら魔王軍第一艦隊は、次元の壁を越えて東京ドームを直接武力制圧する!! 繰り返す! 朝倉月人のチケットを――』

『ちょっとラスティア! 限定の推し活トートバッグも要求に入れなさいよ!』

 モニターの端から、ジャージ姿の金髪美女(女神ルチアナ)が割り込んできて、魔王と小競り合いを始めている。

「…………」

 信長は、構えていたアサルトライフルを、そっと地面に下ろした。

 優太は、塩むすびを口に咥えたまま、石像と化している。

 蘭に至っては、「……推し活のための宣戦布告? バグですか?」とタブレットを裏返して叩いていた。

「あー……」

 その中でただ一人、リアンだけが額に手を当て、深い深いため息を吐いた。

「どうやら、あのポンコツ共(神と魔王)の頭が、ついに沸いたらしい」

 リアンはエプロンの紐を結び直すと、呆れ果てた顔で村長宅のキッチンへと踵を返した。

「おい自衛隊のおっさん! 今日は徹夜になるぞ! 芋酒の樽、全部開けるから手伝え!」

 こうして、地球が初めて直面した「異世界からの宣戦布告」は。

 人類の存亡ではなく、一人のアイドルのライブチケットを巡る、前代未聞のクソゲーとして幕を開けたのである。

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