第七話 転生者
――時は少し遡る
僕はルイ・オルレアス。
フラレアス王国の第三王子だ。
今日は父上の命令により、隣国のブレーセン王国に向かっている。
「殿下、本当にナスターシャ嬢に会われるつもりですか?」
護衛の騎士が聞いてきた。
「もちろん。」
突然だが、僕は転生者だ。
いつからかはわからないが、前世の記憶があった。
チートな能力こそなかったが、大人として思考力で勉学も全部楽勝だった。
「ふひひひ、この世界は僕のものだぁ!」
思い出すと笑いが止まらない。
周りの人間には避けられているが、それは嫉妬しているからに違いない。
そんなこんなでこの世界で無双していたある日のことだった。
ブレーセン王国でナスターシャという令嬢が罪人として婚約破棄されたという話を聞いた。
その時だった、僕の頭に電流が走ったのは。
そう、この世界はただの異世界じゃなくて女性向けの悪役令嬢世界なんだって気づいた。
そして、僕は確信した。
彼女こそが、僕のメインヒロインなんだって!
その日から僕は変わった。
そばに置いていたサブヒロインたちとの婚約を破棄して……
みんな泣いていたけどメインヒロインの方が重要だ。
「君たちに構っているほど僕は暇じゃない!」
足に縋り付いてくる卑しい娘をそう言って振り落としたこともあったっけ。
いい思い出だ。
「殿下、それは流石にいかがなものかと……」
なんて言ってきた近衛兵もいたけど、不愉快だったからクビにした。
「ルイ様、たった今王都に入りました。」
さて、なんて言っていたらブレーセンの王都に馬車が入っていた。
王族用の停車所までもう少し時間がある。
少し仮眠でもしようか。
「ぐああああああああ!」
叫び声が耳を叩いた。
なんだ?
ここは城から遠いとはいえ大通りだぞ。
慌てて窓から外を見る。
そこには
「殺す?ふふふ、あはははは!」
肖像画で見たのと寸分変わらないナスターシャ嬢が笑っていた。
……なんて可愛らしい、流石はこの世界のメインヒロインだ。
こんなかわいい子との婚約を破棄するなんて、ヴィルヘルム王子はとんでもないクズだ。
いや、違うな主人公である僕を引き立てるためにクズなのか。
「ようやく見つけた!僕の運命の悪役令嬢!」
彼女の肩に手を置く。
◇◇
――現在
「フラレアスの王子……」
ナスターシャの表情はこわばっていた。
「その方が私にどのような用でしょ――」
「あなたに婚約を申し込みたい!」
言い終わるのを待たずしてルイは用件を叩きつけた。
「……」
ナスターシャの目からは既にいつもの光は消え失せていた。
あるのはそう、ゴミを見るかのような眼差しだけであった。
その唇が静かに震える。
「恐縮ですが、お断りさせていただきます。」
「はあ?今……なんと?」
まさか断られるとは思っていなかったルイは困惑していた。
「ですから、お断りします。」
「え、なんで?僕はこの世界の主人公なのに!」
彼の腕がわなわなと震える。
「私はヴィルヘルムを愛しているので――」
「あんな婚約破棄するようなクズ男のどこが良いんだ!」
ルイの顔は血が沸騰したかのように真っ赤であった。
その直後、顔をしかめたナスターシャの手がブレる。
パシッ――
どこか軽快な音が響いた。
「え?」
間抜けな声を漏らしたルイの片頬は腫れていた。
ナスターシャの手が頬を叩いたのだ。
「人の好きな人を貶すような方と話す気はありません。今すぐ消えてください。」
「こ、この――」
しばらく呆然としていたルイの髪が逆立っていく。
「この生意気な、女が!」
その口から出たのは烈火のごとき怒号だった。
「いい気になるなぁ!」
ルイは勢いのままにナスターシャに殴りかかっていた。
怒りの拳がナスターシャの顔に襲いかかるかと思われた。
しかし……
ベキベキベキ――
少し小気味の良い、あまり聞きたくない音が響いた。
「へ?」
あまりのことにルイの思考は追いついていなかった。
勢いよく迫りくる腕をナスターシャが掴み上げ握りしめていたのだ。
ただ、握っていたわけではなく力で骨を粉々に砕いていたのだ。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!」
数秒遅れて言葉にすらできない痛みが襲いかかった。
「ぼ、僕の!僕の腕がぁぁ!」
もはやルイにナスターシャを口説いている余裕はなかった。
「で、殿下!」
ルイの護衛が馬車から飛び出し、ルイの折れていない方の腕を引く。
「離せ!こんなところでおめおめと――」
「殺されるよりかはマシです!」
ルイを想っての行動、しかし……
「黙れ!勝手に助けやがって、クビにするぞ!」
その口から出たのはあまりにも身勝手な言葉。
「あなたという人は……」
苦言を呈しながらも彼はルイを馬車に乗せ急発進させ逃走した。
「覚えてろよー!」
最後に残ったのはルイの捨て台詞だけであった。
(はあ、どっと疲れましたわ。)
少しやつれたナスターシャが再びアルブレヒトを見る。
「あら?」
先程まで倒れていたはずの彼は血と剣を残して消えていた。
(そういえばヴィルヘルムも見失ってしまいましたわ。)
考え込むナスターシャ、ふと周囲を見ると道行く人々が注目していた。
(空を飛んで探してもいいですけれど、これ以上目立つのは良くないですわ)
ナスターシャはその場をゆったりと後にした。
(何より疲れましたし今日は帰りましょう)
かくして、ヴィルヘルムは今日のところは逃げ切ったのであった。
◇◇
「わざわざ申し訳ありません、殿下。」
「いいのだ、お前が生きていて何よりだ。」
一方、ヴィルヘルムはアルブレヒトを背負って歩いていた。
(あと少しで病院だ。)
「もう少しで楽になるからな、辛抱してくれ。」
そう、ヴィルヘルムは結局、部下を見捨てられなかった。
戻ってきた時にナスターシャはルイを注視していたため、バレずに救出できたのだ。
「まさか隣国の王子に助けられるなんてな。」
ヴィルヘルムは微妙な顔をしながらもその口角は上がっていた。
◇◇
「クソっ!僕は主人公だぞ!」
同じ頃、王宮の客室ではルイが荒れていた。
地面に置いてあった調度品を蹴飛ばし、壁を殴り、暴れる。
「ヒロインなら主人公に一目惚れするのが普通だろうが!」
(また始まったよ、王子の癇癪だ。)
護衛はそんなルイを呆れた様子で眺めていた。
「いや、そうか……わかったぞ!」
突如としてルイが冷静になった。
「ナスターシャ嬢は邪悪な王子に洗脳されているんだ!」
「洗脳……ですか……?」
護衛が尋ねる。
彼の頬はこわばっており笑いをこらえているのは丸わかりであった。
「そうだ、洗脳だ。かわいそうな悪役令嬢、僕が救わなければ!」
などとわけのわからないことを言い。
ルイは天を指差し、顔の片側を手で隠していた。
「ぷっ……あ、すいません、なんですかそのポーズ?」
「これはヒーローのポーズだ。」
頭に意味不明な妄想が詰まっているルイは一瞬笑われたことに気づいていない。
「まずは毒だ。」
「ヴィルヘルムを毒殺すれば洗脳が解けるかもしれない。」
その表情は決意に満ちていた。
「待っててナスターシャ嬢、僕が絶対にあなたを助けます!」
(何言ってんだこの人。)
護衛の目は冷たいままであった。
次回、隣国の王子編開始!
読んでくださりありがとうございます。
次回の投稿は本日の昼13時となります




