第五話 建国
「お嬢様、お嬢様、起きてください!」
その翌日、小鳥の鳴く中ナスターシャの耳を叩いたのはルドルフの声であった。
「うーん?まだ眠たいのに⋯⋯」
ナスターシャはヴィルヘルムの肖像画を大事そうに抱きしめ直した。
「大変なんです!早く起きてください!」
ルドルフは大きなベッドの中のナスターシャの肩を何度も揺さぶった。
「だからまだ眠いの」
ナスターシャは豪奢なシーツを被り直した。
その瞬間、ナスターシャの表情が変わった。
(あら?私こんなベッドの上で寝てなかったわよね?確か地面だったはず!)
シーツが中を舞う音とともにナスターシャは飛び起きた。
「ああお嬢様。良かった――」
見ればルドルフの顔は異様な程に青白かった。
「何があったの?ルドルフ。」
「周りを見てください、お嬢様。」
周囲はあからさまに様変わりしていた。
「何、これ?」
そこはお姫様でも生活していそうなほど豪華に整った寝室であった。
天窓付きのベッド、上質なカーペット、銀製の燭台。
昨日まで存在していなかったものが出現していた。
「これは、これは⋯⋯」
流石のナスターシャもこの異常事態には困惑して――
「これならヴィルヘルムを招いても恥ずかしくないわ!」
……していなかった。
「言ってる場合ですか!?窓の外も見てください!」
「窓?」
ナスターシャは言われるがまま窓の外を確認した。
「窓がどうかし……あら。」
窓の外には昨日の荒れ地が嘘のように大規模な街が広がっていた。
商店も、広場も、怪しい路地裏まで都市に必要なものが全て揃っていた。
「あれは動物?」
そしてその街を歩いているのは人間ではなく昨日ナスターシャが呼び寄せた動物たちであった。
「一体どういうことなんでしょうか?」
ナスターシャという仲間ができたからか、ルドルフの顔色は多少回復していた。
「そうね、考えられる理由としては……」
ナスターシャは顎に手を当ていかにもな様子で考え始めた。
「たぶん、動物たちが自発的に国を作ったのよ。」
「そんなことありますかねぇ?」
ルドルフは信じられないと言いたげな顔で聞き返した。
「そんなことは置いといて。」
ルドルフの疑問は無視された。
「置いとかないでください大事なことですよ!」
「街に遊びに行ってくるわ。」
「正気ですか?」
ナスターシャの順応はあまりにも早かった。
「だって、動物さんの街なんてきっと楽しいもの。」
そう言い残し嵐のような勢いでナスターシャは外出していった。
「この人は全く……」
豪華な部屋に残ったのはルドルフの呆れた声だけであった。
一方、街に駆け出したナスターシャは観光客のごとく楽しげに鼻歌とともに歩いていた。
「るん、るん、ふん、ふふーん。」
その周囲の街並みは王都と比べてもなお美しいものだったが、中身はやはり動物的であった。
銀行ではクマがどんぐり貸しを行っており、宿屋では羊がベッドとして働いていた。
そして通貨はどんぐりであった。
(不思議な経済形態、でもそれ以上にやけに賑わっているわ。これを上手いこと使えば……)
歩き疲れたナスターシャは怪しい路地裏で休憩し考え事をしていた。
「儲かって儲かって困ってしまうなー!」
聞き覚えのある声がどこからともなく聞こえてきた。
(今の声、どこから?)
ナスターシャがあたりを見回すと、街の中心にあるひときわ大きな宮殿のような建物が目に止まった。
(少し行ってみようかしら)
ナスターシャは引き寄せられるように歩き始めた。
「いやー流石この私!娘も喜ぶに違いない!」
近づくに連れてその声はどんどん大きくなっていく。
「はっはー!我が秘書よ素晴らしい仕事ぶりだ!」
ナスターシャがその宮殿にたどり着き、そこにいたのは――
「私こそがこの新国家の王だー!」
王冠をかぶって悪趣味な程に豪華な調度品の中心でふんぞり返っているぺーターだった。
「お父様、何をして……」
ナスターシャはあまりにうざいペーターの姿に面食らっていた。
「おおナスターシャ、良いところに来たな。」
えらく呑気な声が悪趣味な宮殿に響いた。
「朝起きたら都市ができていてな、善は急げと独立宣言を出したところだ。」
その肩にリスが座りうざいドヤ顔をした。
(急ぐどころの騒ぎじゃない……)
「今日から私は国王でお前は王女だ。」
(なにもかも急すぎるわ……)
あまりにめちゃくちゃな展開に、ナスターシャの頭はまともになっていた。
次の瞬間までは……
「殿下ともこれでお似合いだろうな。」
ナスターシャの目の色が変わっていく。
(お似合い?私とヴィルヘルムが?確かに私は今日から王女だから、身分の違いもない!)
「やったわー!」
ナスターシャは喜びの声を上げた。
◇◇
――1週間後
隣国からの観光客が大量に流入し、都市の経済規模は王国の約30倍となり、ヴィルヘルムたち王族の頭を悩ませていて。
「なぜだ、なぜこうなる!?」
辺境領の独立による領土の縮小と対隣国政策の破綻、独立した国という新たな脅威。
国王ヴァルドリヒがさじを投げた課題の全てがヴィルヘルムにのしかかっていた。
そんなある時のこと
「よく来てくれたなペーター王。」
国王ヴァルドリヒの座る玉座の間には一週間前と同様、ペーターがいた。
「……」
そして王の横には不服そうに顔をしかめたヴィルヘルム。
「お久しぶりです!ヴィルヘルム!ヴィルヘルムぅぅぅぅ!」
「暴れないでくださいお嬢様!」
ペーターの後ろには使用人数十人がかりで鎖を用いて抑えられているナスターシャがいた。
「して、今日は何用かな?」
「本日は貴君と交渉をしたく参りました。」
同じ王になったとはいえ臣下気分の抜けない、丁寧な言葉だった。
「我が娘ナスターシャの王都滞在を許可していただきたいのです。」
「ほう?」
ヴァルドリヒが聞き返す一方、ヴィルヘルムは苦虫を噛み潰したような表情になっていた。
「もちろん、ただでとは言いません、見返りに我が国の税収の一割を帰国へ献上いたします。」
「う、うむであれば……」
「ふざけるな!」
厳かな空気を乱したのはヴィルヘルムの怒りの声であった。
「そのような馬鹿げた取引が許されるものか!」
彼の声には有無を言わせない圧倒的な圧があった。
「父上、言ってやってください!この取引は決裂だと!」
「う、うむ。わかった。」
息子の声を受けヴァルドリヒは仕方がないという様子でペーターに向き直った。
「ペーター王よ此度の取引は……」
ヴィルヘルムの表情はみるみるうちに喜びに染まっていく。
「成立じゃ。」
「え?」
間の抜けた一言がヴィルヘルムの口から飛び出した。
「我が国の税収の三倍の金が手に入るわけだ。このチャンスは逃せん。」
「父上?え、え?父上!?」
ヴィルヘルムの脳はすでに理解を拒んでおり、父親の言っていることが理解できていなかった。
「わしは命よりも金の方が大事でな。」
「息子よ、金のために犠牲になってくれ。」
最悪である。
「わーい!またヴィルヘルムのそばにいられるわ!」
どこからともなくナスターシャの歓喜が聞こえてきたが、ヴィルヘルムには反応する気力がなかった。
「父上、私は状況を整理したく、失礼します。」
どうにか少し冷静を取り戻したヴィルヘルムは玉座の間を後にした。
◇◇
――ヴィルヘルムの私室にて
ヴィルヘルムは頭を掻きむしっていた。
「ありえないだろ?荒れ地に追放したんだぞ!」
彼は部屋に戻った直後にナスターシャが自分を狙ってくるということに気づいたのだ。
「なぜ一週間で大国ができる!なぜその税収が我が国の三十倍なんだ!」
その手に血が混じり始める。
「最大の問題はそこではない。ナスターシャが私を拐いに来る!私を捕らえにやってくるぅぅぅ!」
「私のこれからの人生。」
自身を映した鏡をかち割った。
「終わったぁぁぁぁぁぁ!」




