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第四話 辺境追放

――翌日


ナスターシャとその家族は王宮に呼び出されていた。


「お久しぶりです、国王陛下。婚約式以来ですな。」


父であるペーターがうやうやしく頭を下げる。


その目の前には玉座に座った国王ヴァルドリヒと王子ヴィルヘルムがいた。


「ペーター男爵、そう固くならずともよい。」


「はっ、ありがたきお言葉です。」


そして、ペーターの横には……


「離して!ヴィルヘルム、私はここにいますよ!」


「暴れないでください!お嬢様!」


縄でぐるぐる巻きにされ使用人数人がかりで押さえ込まれるナスターシャがいた。


「……」


「……」


気まずい空気が場を支配した。


「先日は至りすぎる娘がご迷惑をおかけしました。」


「よい、既に刑罰は終わったのだ。」


ヴァルドリヒは微笑みを浮かべた。


「今日はお主に朗報があるのだ。」


「なんでしょうか?」


ペーターは思ってもいなかった王の言葉に驚いていた。


「我が息子、ヴィルヘルムの推挙でな、お主を辺境伯の地位に任ぜようと思う。」


ペーターの目の奥には欲望の炎が灯っていた。


「辺境伯?わたくしが、ですか?」


その言葉にヴィルヘルムがニヤリと口角を上げた。


(ナスターシャも来ると聞いた時は焦ったが、ペーターならば丸め込める。)


「ヴィルヘルム、推挙の理由を教えてやれ。」


「承知しました、父上。」


ヴィルヘルムは笑いを堪えながら前に出る。


「さて、先日ウルガット辺境伯が隣国の逃走したことは知っているな。」


「もちろん、存じでおります。」


「そして領民が新たな領主を求めている、しかしかの地は多くが荒れ地。」

「適任者は探して見つかるものではない。」


ヴィルヘルムは手慣れた動きでナスターシャを指さした。


「そこでだ、断頭台で死なない娘を育てたお主であれば適任と思ったのだ。」


ペーターはハッとした。


「つまりこれは追放では?」


「追放ではない栄転だ。」


全く揺るぎもせずにヴィルヘルムは言い切った。


「それに、もし辺境伯になるのであればナスターシャが起こすことには全て目をつぶろう。」


「し、しかし⋯⋯」


ペーターにとってナスターシャは可愛い娘、荒れ地で過ごさせるなどできるわけが――


「考えてみろ、隣国が攻めてきた時にお主が撃退すれば英雄だぞ。そうなれば、金も名誉もほしいままだ。」


「このペーター、謹んで辺境伯を拝命いたします。」


一瞬の間であった。


(よしよし、上手くいったぞ。)


王子の笑みが深くなる。


「では、ことは一刻を争う。早速出発してくれ。」


「い、いきなりですか⁉」


ペーターは驚きを隠しきれない。


「そうだ、馬車を手配してある。」


「し、しかし」


当然まだ何も準備ができていないのだから、ペーターは戸惑っていた。


「聞けないのであればこの話はなかったということに⋯⋯」


王子は残念めかした表情をした。


「ナスターシャ、殿下に失礼なことを言うな、早速出発するぞ。」


「お、お父様⋯⋯」


あまりにも情けない父の姿に流石のナスターシャも苦言を――


言うかと思いきや親指をピンと立てた。


「さすがはヴィルヘルム!そのカリスマに敵うものなしですわ!」



――かくしてペーターもナスターシャも何一つ抵抗せず、辺境へ追放されたのであった。


「お嬢様もご主人様も何やってんですか!」


いくつか家屋が見えるだけの荒れ地のど真ん中で執事であるルドルフの怒号がこだました。


「どう見ても栄転じゃなくて体の良い追放じゃないですか!」


「いやぁ、でもなルドルフ。」


ペーターは堂々と胸を張る。


反省の色は全く感じられない。


「男たるもの、名誉が欲しいじゃないか。」


「その結果がこの荒れ地ですよ!先祖が見たら泣きますよ。」


執事は少し遠い目をした。


「あなたを支えよと命じられた先代に、なんて謝れば良いんですか⋯⋯」

「お嬢様からも何か言ってやってください!」


執事はナスターシャの方を振り返る。


「うーん困ったわね。」


ナスターシャは困り果てた様子であった。


「そうです、もっと言ってやってください!」


「このままじゃヴィルヘルムに会えないし⋯⋯」


「今の論点そこじゃないんですよ。」


主は能天気、その娘は狂人、それを改めて認識したルドルフは絶望するほかなかった。


「ああ、先代様、私は役目を果たせませんでした。お許しください。」


ルドルフの頬に一筋の涙が伝った。


しかし、世界は彼らを見捨ててはいなかった。


「待ってルドルフ、声が聞こえるわ。」


絶望を打ち砕くようにナスターシャが鈴のような声を発する。


「こ、声?どこから――」


ルドルフもペーターも耳を澄ますが、声は聞こえてこない。


その時であった、近くの林がガサガサと揺れた。


「なにやつ!ご主人様方には指一本触れさせませんぞ!」


「落ち着いてルドルフ。」


ルドルフが警戒する中、ナスターシャの白い腕が静止する。


「怖い存在じゃないわ。」


ガサガサ――


再び揺れ、林から現れたのは小さなリスであった。


その小さな瞳はナスターシャをじっと見つめていた。


「おやおや、何かと思えばなんと可愛らしい⋯⋯」


ペーターは微笑み、浅はかにも指をリスに近づけた。


がぶり――


目を背けたくなる音が響いた。


「あぁ!ぎゃあああ!」


ペーターの指にリスが怒りの表情で噛みついていた。


「おじさんに触られるのは嫌いってその子は言ってるわ。」


ナスターシャは状況に似合わない神妙な表情をしていた。


「言葉わかるんですか?」


「ええ、私は動物さんとお話ができるの。」


ナスターシャの目は小さな女の子のように輝いていた。


「あの林にまだたくさん隠れているわ。」

「出ておいで。」


その言葉と共に林が激しく揺れ、大小様々な無数の影が姿を現した。


クマ、トナカイ、馬、羊、うさぎ⋯⋯あらゆる野生動物がそこに集結していた。


「おお、なんと――!」


ルドルフはその壮観さに感嘆の声を漏らした。


「いい加減離してくれ――!」


ペーターはリスから逃れるべく格闘していた。


そしてルドルフは密かに確信していた。


(これだけの動物を労働力として使えれば功績を上げ王都に帰れる。)


ルドルフは尊敬の眼差しをナスターシャに向ける。


「じゃ、私は疲れたからお昼寝してくるわ。」


ルドルフは危うく転びそうになった。


「え?お嬢様?放置ですか!お嬢様!」


ルドルフが必死に呼び止めるも、ナスターシャは地面に丸くなっていた。


そしてその両腕はヴィルヘルムの肖像画を抱いていた。


「うへへ〜ヴィルヘルム〜さすがの器の広さ〜」


なんとも気色の悪い寝言まで言っていた。


「痛い!痛い!脇をかじるのはやめてくれ!」


遠くからペーターの悲鳴が聞こえた。


「こんなんで私たちは生きていけるんですかね⋯⋯」


ルドルフは遠い目をし続ける他なかった。


しかし、この時誰も気づいていなかった。


「グオー、グオー」


「メエ、メエ」


放置された動物たちが勝手に会話しながら資材を集め始めたことに。

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