第三話 折れた刃
――処刑当日
円形の処刑場には多くの民衆が詰めかけ、異様な熱狂をもって稀代の大悪人の処刑の時を今か今かと待ち望んでいた。
「やっとあの忌々しい女が消えますわね。」
そう声を上げたのは豪奢なドレスを身に着けた伯爵令嬢であった。
「下級貴族出身の分際でヴィルヘルム殿下と結ばれようなんて身の程がわかっていないのよ。」
「あの女の吠え面を早く見たいものですわね。」
続いたのは巻かれた金髪の女性、侯爵令嬢だ。
そして、中央の処刑台のすぐそばに現れたのはヴィルヘルムであった。
「キャー!ヴィルヘルム様‼今日もお美しい!」
「その雄大なるお顔!心が洗われます!」
観客席の令嬢、そして女性たちから歓声が上がる。
しかしヴィルヘルムは緊張の面持ちを崩さない。
「さあ、観客席の皆さま方!」
司会が大きな声を張り上げる。
「本日の処刑はなんと!数々の未解決事件の真犯人、男爵令嬢ナスターシャです!」
その声とともに粗い布の服を着たナスターシャが衛兵に連れられ現れた。
彼女はうつむいて震えており、迫る死に怯えているのは誰の目にも明らかであった。
「流石の大悪人様も処刑となっては終わりのようですわね。」
侯爵令嬢が扇で口元を隠しながら言う。
(よく考えてみれば。愛は滅びない。私が処刑されても死ななければヴィルヘルムに愛を示せる!なんでこんな簡単なことに気付かなかったのでしょう!)
しかし、違っていた。
うつむいたナスターシャの顔はまるで太陽のように輝いていた。
「進め」
衛兵に促され、ナスターシャはスキップするような軽い足取りで断頭台へ向かっていった。
伯爵令嬢が怪訝な表情を浮かべる。
(おかしい……処刑だと言うのになぜ足取りが軽い?)
「では、処刑を開始する。」
ナスターシャが断頭台までたどり着き、目を閉じた処刑人がやや震えた声を発する。
「わかってくれ、これも仕事なのだ。」
「わかっていますわ。早くやってください。」
申し訳なさ気な処刑人に対してナスターシャは弾むような声を返す。
斬首の準備はナスターシャがなぜか協力的であったこともあり滞りなく進んだ。
しばらく後、ナスターシャは両手と首を板で拘束され、断頭台にかけられていた。
「では殿下、元婚約者に最後の言葉をどうぞ。」
処刑人の言葉とともにヴィルヘルムがナスターシャの前に歩いてくる。
「ヴィ、ヴィルヘルム!」
ナスターシャは満面の笑みを浮かべた。
対してヴィルヘルムはこわばった表情のまま口を開く
「ナスターシャ、私も君が好きだった。その雪のように透明で白い肌、可憐で華奢な体。今思えば一目惚れだったのだろう。」
ヴィルヘルムの表情がわずかに和らいだように感じられた。
「しかし君は、あまりにも一線を越えすぎていた。」
「認めよう、確かに私は兄上に貶められていた。公爵殿には公然と辱められていた。」
王族たるものメンツがあるのだろう、語る口はひどく重苦しかった。
「2人が消えてしまえばいいと何度も思った。しかし⋯⋯」
ヴィルヘルムはわずかに言い淀んだ。
「しかし、私の望みに先回りする君が不気味で不気味で仕方がなかった。」
ヴィルヘルムはゆっくりと離れていく。
「さようなら、どうか最期は苦しまずに。」
一言言い残し、ヴィルヘルムは立ち去った。
その言葉にナスターシャはしばらくぼんやりとしていたが、突然笑みを浮かべた。
(ヴィルヘルム、今私を慈しんでくれた!?感動です!)
「ヴィルヘルム、たとえ死んだとしても私はあなたを愛しています!生まれ変わってでも必ず――!」
重苦しい空気はその叫びで完全に崩れていた。
その声が耳に届いたヴィルヘルムは早歩きになっていた。
(今生まれ変わってでもって言った?勘弁してくれ、勘弁してくれ頼むから!)
ヴィルヘルムの呼吸が、脈が、次第に早くなっていく。
「はぁ⋯…はぁ⋯…」
自身の席にたどり着いた時には息も絶え絶えであった。
「それでは⋯⋯」
処刑人が手を挙げる。
「執行⋯⋯」
そして、下ろす。
断頭台の刃がナスターシャの首に向かって落ちる。
ガキィィンとけたたましい金属音が響いた。
(ようやくくたばりましたわね。)
侯爵令嬢は悼むように顔を伏せていたが、その口角は上がっていた。
「ついに、ついに、やったぞ!」
誰かが噛みしめるように叫んだ。
それを皮切りに至るところからどよめきが起こった。
「長かった、ようやく、公爵様の無念が!」
ある公爵領民は主君の仇の死に歓喜し。
「フリードリヒ様、悪は討たれました。ゆっくりお眠りください。」
王太子の婚約者であった令嬢は黙々と祈りの言葉を述べていた。
その光景を見ていたヴィルヘルムは自らの頬をつねった。
わずかな痛みが走った。
(痛い⋯…ということはこの夢のような瞬間は現実なのか?)
「よかった⋯…よかった⋯⋯!」
ヴィルヘルムは静かに、感動を噛み締めるように涙を流していた。
しかし、その中で一人だけ首を傾げている者がいた。
「おかしい、これまで何度も処刑を実行したが、こんな音だったか?」
処刑人だ。
彼は再び断頭台へ近づいていく、そして近づくに連れて疑念は大きくなった。
(ここまで近づけば血の匂いがするはず⋯…だが匂いがない⋯…ひっ⋯…!!)
ナスターシャの首が見える位置まで来た時、その顔色は一瞬にして蒼白に染まった。
「どうした!大丈夫か?」
誰よりも早く処刑人に駆け寄ったのはヴィルヘルムであった。
「で、殿下!はが⋯…はがぁ⋯…!」
その歯はガチガチと噛み合わない音を出していた。
そのただ事でない様子に先程までのどよめきは嘘のように消えてしまった。
「歯が痛いのか!?わかった、今すぐ歯科医を手配しよう。」
「いいえ⋯…いいえ⋯…刃が、通らないのです――!」
処刑人は震えながらナスターシャの方を指さした。
「は?刃が通らないとはどういう?」
「ヴィルヘルム!見てください。」
どこかで扇が地面に落ちる音が聞こえた。
ヴィルヘルムは自分の目と耳を疑った。
なぜならそこには⋯…
「私の愛が、あなたとの運命が、永劫の死を克服したのです。」
首のつながったナスターシャがいたからである。
「⋯…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
一拍遅れ、処刑場にはヴィルヘルムの絶叫が響き渡った。
「しょ、処刑人!」
ヴィルヘルムは処刑人の肩を揺さぶる。
「もう一回だ!もう一回処刑しろ!」
「は、はいぃ!」
処刑人にもヴィルヘルムにももはや余裕はなかった。
処刑の準備は急ピッチで進められた。
「では、執行!」
再び刃が落とされる。
しかしガキィィィンという金属音が再び響いた。
「何度だって、何度だって、私は死を克服します。私の愛は不滅です!」
またもやナスターシャは死んでいなかった。
「おかしいだろ!断頭台だぞ!なぜ死なない!!」
ヴィルヘルムは頭を抱えた。
「で、殿下言いづらいのですが。」
「なんだ!?」
「刃が折れてしまい、もう処刑ができません。」
処刑人のその言葉にヴィルヘルムは硬直した。
「よって死罪は放免ということに⋯⋯」
「放免?ナスターシャが戻って来る?やっと解放されたのに?」
数秒ほど沈黙が流れた。
「嫌ぁぁぁぁ!」
処刑場にはヴィルヘルムの悲鳴だけが響き続けたという。
――その晩
ヴィルヘルムは自室で毛布を被り怯えていた。
「ナスターシャが来る……私を追い詰めに来る!」
ぶつぶつとうわ言のような言葉が部屋を覆っていた。
「失礼します。ご報告に上がりました殿下。」
トントントンと戸を叩く音が聞こえ、兵士の声が聞こえてきた。
「よ、よし入れ。」
ヴィルヘルムは毛布からわずかに顔を出し震えながら言った。
「いかがされましたか殿下?そのように丸くなられて。」
「これは、あれだ、今日は冷えるからな。」
「で、報告とはなんだ?」
ヴィルヘルムの言葉に兵士は姿勢を正した。
「ウルガット辺境伯が民兵に敗れ隣国へ逃走、領民が新しい領主の派遣を求めているとのことです。」
ヴィルヘルムは毛布を脱ぎ、姿勢を直して聞いていた。
「なるほど、ウルガットは民からの評判が良くなかったからな。父上はなんとおっしゃっている?」
「はっ、陛下は殿下が決めよと申しております。」
それを聞いたヴィルヘルムは黙り込んだ。
(父上、よりによって今仕事を回してくるとは⋯…いや、待てよ)
「父上に伝えてくれ適任者がいるとな。」
兵士は首を傾げた。
「しかし、あの辺りは完全なる荒れ地が大部分を占め、適任者がいるとは思えませんが。」
「安心しろ、ぴったりの人材がいる。荒れ地に放置しても死なないであろう人物がな。」
自身に満ちたヴィルヘルムの言葉を聞き、兵士は背を伸ばした。
「殿下がそこまでおっしゃるのであれば大丈夫でしょう。陛下に伝えておきます。」
そう言い残し兵士は去っていった。
兵士を見送った後、ヴィルヘルムは不敵な笑みを浮かべていた。
(覚悟していろよナスターシャ、私がいつまでもやられてばかりだと思うな。)
王子の逆襲が今始まる!?
読んでくださり、ありがとうございました。
次回は8月21日の朝に投稿予定です。




