第三十話 暴かれたもの
「なるほど、」
「ずいぶんとあきらめが悪いようですね。」
またもや勝ちを確信しているのか、
余裕に満ちた様子でデニスは眼鏡をクイッと上げた。
「どんなに強かろうと、」
「この数を一度に相手するのは無理ですよね?」
デニスの策略はこうであった。
力押しがダメなら、
遥かに強い力で力押しをすればいい。
「あなたたちの敗北はこれでもう決まったのです。」
なんともめちゃくちゃな理論だが、
本人的には理にかなっているらしかった。
「あー」
少しづつ、少しづつ、
生ける死体たちは迫ってくる。
「ナスターシャ、そんなに自信があるということは何か策があるのですか?」
アナスタシアはナスターシャの方へ顔を向ける。
「はい、ありますわ。」
「しかし、あなたの協力が必要ですわ。」
暗に信頼し協力しろと、
ナスターシャはそう言っているのだ。
「良いでしょう。」
「このまま死ぬよりは遥かにマシです。」
アナスタシアは腹を括ったらしかった。
「じゃあ、作戦を……」
ナスターシャはアナスタシアの耳へ顔を近づけ、
「―――――――――」
誰にも聞こえないくらい小さく耳打ちをした。
「……ッ!」
「……ふふ」
一瞬だけアナスタシアの目が見開かれ、
口からわずかに笑い声が漏れた。
「では、一気に行きますわよ!」
「ええ!」
2人は静かに片足を後ろへ引き、
駆け出す準備をする。
「今!」
「覚悟してください、デニス!」
ナスターシャの掛け声とともにアナスタシアは前へと全力で駆け出した。
「あれ、ナスターシャ?」
対するナスターシャは逆方向に走っていた。
「私はヴィルヘルムと再婚約したいだけ!」
「こんな戦いなんて、やっていられませんわ!」
「生贄になってちょうだいアナスタシア。」
やがてその影は生ける死体たちに紛れて消えた。
「…………」
アナスタシアは周囲を見回した。
死体。
死体。
死体。
死体のみ、
策を提案した本人はどこかへと消えた。
「な、ナスターシャ……」
肩が震える。
「この卑怯者ぉぉぉぉぉぉぉ!」
悲痛な叫びが墓地中に響いた。
「これは傑作ですね。」
デニスはその様子に、
喜劇でも見ているかのようにはしゃいでいた。
「視界を覆い尽くす死体の群れに、頼りの仲間は逃走。」
「あきらめはつきましたか?」
嘲笑うかのような声色であった。
「いいえ。」
アナスタシアは未だに折れない。
「私も聖女。」
「絶望的な状況であろうと戦います!」
再びその体に光が集う。
「あー」
迫りくる死体たちはその光に浄化され倒れていく。
しかし、
「あー」
やはり死体たちは墓の下より湧いてくる。
「無駄ですよ。」
「全ての墓を暴きでもしない限り死体は増えます。」
デニスの嘲笑が飛ぶ。
それでも、
アナスタシアは浄化を続ける。
「そんな無意味なことを続けて何の意味が?」
心底理解できないといった様子で、
デニスは首を傾げた。
「意味ならありますよ。」
アナスタシアの顔色は異様に良かった。
「まだ気づいていないんですか?」
「あなたの死体たちの異変に。」
先ほどよりも明確に余裕があった。
「死体?死体がどう」
「……ッ!!」
デニスの目には映った。
死体の数が目に見えて減っているのだ。
「こ、これは一体!」
「なぜ死体の数が減っている!」
冷静に見れば原因は明白であった。
増加が止まっているのだ。
「あー」
一体、また一体。
数が増えないまま死体が倒れていく。
「なぜだ!」
「なぜ数が増えていない!」
渾身の罠が破られつつあることに、
デニスは戸惑っていた。
「その目をカッ開いてよく見てみると良いですわ。」
「今の声は!なぜここに!」
いつの間にかナスターシャが直ぐ近くの岩の上に立っていた。
「簡単な話ですわ。」
「私は最初から逃げてなんていませんもの。」
毅然と言い放った。
「では、一体何を……」
「な、何ッ!」
文字通り見開かれた目にはおそらく見えていただろう、
周囲に無数に存在した墓。
それら全ての縁に穴が掘られていた。
「……」
見回せど見回せど、
穴。
穴。
穴。
暴かれていない墓はない。
当然その中は空になっている。
「…………」
ゴシゴシ――
デニスは静かに目をこすった。
しかし、見えているものは変わらない。
頬をつねる。
「痛っ。」
普通に痛いらしかった。
「………………」
目が急激に遠くなった。
「墓が全部暴かれて空になってるぅぅぅぅぅぅ!」
渾身の罠が破綻した。
その事実に対する慟哭が山中にこだました。
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