第二十六話 泣く・笑う
通りは怒る人々で溢れていた。
「この偽物が!」
どこかからか、男の怒号が飛んだ。
「……」
その矛先になっているのはアナスタシアであった。
彼女は顔を伏せて肩を震わせながら広場への道を歩いていた。
そしてそこはアナスタシアを倒さんとする人々で溢れていた。
「本物の聖女様に謝って!」
今度は女性の怒号が聞こえた。
王都の住民は非常に多い。
ある1つの派閥の人間であっても、
集まれば人だかりを作り出す。
やがてアナスタシアは広場へとたどり着いた。
「う……うう……」
かなり酷い言葉をかけられ続けたらしく、
泣いていると思しき声を漏らしていた。
「信じてください……」
「私が本物です。」
か細い主張の言葉であった。
「おれたちが大変な時にサボっておきながら!」
「今さら何を言う!」
再び怒号が飛ぶ。
アナスタシアを信じる者はこの場にはいなかった。
(さて、そろそろドッキリを宣言して……)
アナスタシアの前にはナスターシャとアリサがいた。
ナスターシャの表情は場に似つかわしくない、
明るいものであった。
(そして、私とアナスタシアは友達に!)
ちらりとアリサの方を見た。
「……」
視線に気づいた彼女はゆっくりとうなずいた。
(い、言いますわ。)
ゴクリと唾を飲み込んだ。
「ドッキリ大――」
「う……グス……うう」
宣言しようとしたその時、
アリサが突然泣き始めた。
「え?」
ナスターシャは慌ててアリサに視線を戻す。
「ごめんなさい……」
「せ、聖女様、何を謝る必要が?」
アナスタシアを非難していた人々も一斉にアリサを見た。
「私は聖女じゃないんです……」
「本物はずっとアナスタシアなんです。」
「……」
「な、何を言って……?」
人々は黙り込み、
言葉を出せたのはナスターシャだけであった。
アリサはナスターシャを指さす。
「私はこの人に脅されて、」
「こうするしかなかったんです!」
彼女はナスターシャを睨みつけた。
「あ、アリサ?」
「急にどうして……」
当惑しながら視界を動かす。
そして、アナスタシアが見えた。
「う……うう……」
確かに泣いている。
肩が震えている点からも自明の理であった。
「うう……ふふっ……ううう」
「ぷっ……くく……うう」
いや違う。
泣いていない。
笑いを我慢しているのだ。
「残念でしたね。」
「ナスターシャ。」
気づいた瞬間、
脳内に声が響いた。
(これは、魔力で思考を飛ばしている?)
「あなたがアリサを雇った時点で、」
「私の術中に嵌められていたのですよ。」
(嵌められてしまうなんて、もっと注意しておくべきでしたわ。)
「それでは、さようなら。」
いつの間にか後ろには神官が数人立っていた。
ガシッ――
ナスターシャが左右から拘束される。
「さてナスターシャ、」
「お前を聖女の地位を侵した罪により神殿へ連れて行く。」
「覚悟は良いな?」
怒りに満ちた声。
逆らえば面倒なことになるであろう。
「……はい。」
一瞬の逡巡の末、
ナスターシャは素直に連行されることを選んだ。
「では行くぞ。」
神官に押され、
ナスターシャは歩き始めた。
「ごめんなさい……ナスターシャさん……」
アリサは申し訳なさそうな目をしていた。
そこに嘲りはない、
あるのは悲しみや寂しさであった。
「ごめん……なさい……」
遂にはナスターシャから完全に目を背けてしまった。
腕に冷たい水滴が落ちた。
それは涙……
……ではなかった。
「え?」
慌てて腕に目を向けた瞬間。
ぎゅ――
冷たいものが腕を縛った。
「なに……これ?」
水のように透き通っている。
それがまるでムチのように腕に絡んでいた。
「きゃああ!」
ぐいっと強く上へ引っ張られ、
悲鳴だけを残して空へと持ち上げられた。
「アリサ!?」
「アリサ?」
「聖女様!?」
アナスタシアもナスターシャもその場にいた全員が止められなかった。
「アナスタシア!」
ナスターシャが空を指さす。
「あれ!」
空へ目を向ける。
「あ、あれは……」
アナスタシアが硬直する。
そこにいたのは、
「全くこのような作戦は疲れるものでございます。」
角の生えた頭に背中の翼。
間違いなく魔物であった。
しかし、
「聖女の誘拐計画、」
「成功して良かったです。」
その背中はピンと伸び、目には眼鏡をかけていた。
その姿にアナスタシアは唇を震わせる。
「魔王軍四天王……アルガ・デニス……」
「なぜ、ここに……」
「それに、アリサが……聖女?」
疑問が彼女の頭を支配していた。
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