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第二十五話 前夜

それから一週間。


ブレーセン王国では、救世主の噂が囁かれるようになっていた。


ある農村では、


「な、なんと塩害で死んだ土地が……!」


「健康的な黒土に!」


ある農民が声を上げる。


「あなたには感謝してもしきれません!」


村の長はアリサに向き直って頭を下げた。


「いえいえ、」


「人として当然のことをしただけです。」


アリサは頬を赤らめながら謙遜(けんそん)していた。


「こちら、少ないですが……」


「どうか受け取ってください。」


長が取り出したのは数枚の金貨であった。


「い、いえ……そんな。」


「とんでもないです!」


気が引けた様子で一歩、また一歩と後ろへ下がっていき。


「あ、そろそろ私は行かなければ!」


「失礼します。」


遂には背を向けて走り始めた。


「お待ちください!」


それを追って長も走り始めた。


どうしても礼をしたい老人と気が引ける少女。


奇妙な追いかけっこが始まった。


「受け取ってください!」


「そうでもないと気持ちが収まりません!」


その足は老人の細足とは思えない速さであった。


「こ、この服、走りづらい……!」


対するアリサはドレスである。


少しずつ距離が縮まっていく。


「も、もう限界。」


「助けて、ナスターシャさん。」


小さくつぶやいたその時であった。


「え?」


「な、なに!?」


アリサが体が宙に浮き始める。


「た、助かった?」


彼女は直感的に理解した。


ナスターシャが助けてくれたのだと。


「お、お待ちください!」


長は必死に手を伸ばす。


しかし、宙に浮くアリサに届くことはない。


「お願いします、受け取ってください!」


願いもむなしく、その距離は開いていく。


「私の気持ちが収まりません!」


とうとう、アリサの姿は見えなくなってしまった。


「ああ……」


「世の中は無情だ。」


長はその場にがっくりと項垂れるばかりであった。




などと言うことがありつつも、


噂は順調に広がっていく。


そんな折、


「今の聖女は偽物で、」


「彼女こそが本来の聖女なのではないか?」


なんとも不敬な考えも現れ始めていた。


誰が言い出したのかはわかっていない。


しかし、


「全く最近の聖女はサボってやがって……」


「対してアリサ様は……」


いつの間にかアリサは信奉する者たちも増えていた。


「上手く進んでいますわね。」


「はい、そうですね。」


道行く人々がアリサを称える姿。


それを窓から眺めながら2人は喋っていた。


「あと、もう一息。」


「一緒に頑張りましょう、アリサ。」


「はい、ナスターシャさん。」




やがて、疑念は大きくなり、


人々は偽の聖女を倒し真(・)の(・)聖(・)女(・)を推挙せんとし始めた。


「聖女様、国民たちが広場に来るように要求しています。」


祭壇の間にて神官は苦々しげに報告した。


「そうですか。」


平然とアナスタシアは言い放った。


「では、今から行くと伝えてください。」


「し……しかし。」


神官は渋っていた。


「何か問題でもありますか?」


たしなめる強い声色であった。


「い、いいえ。」


短く返事をすると神官は祭壇から立ち去った。


「アリサもよくやってくれました。」


誰もいなくなった祭壇の間でアナスタシアはつぶやいた。


「全てが終わったらご褒美をあげなければいけませんね。」


その声は普段の事務的な声とは異なっていた。


深い部分に温かい情のようなものが感じられるものだった。


「さて、自分の計画が順調に進んでずいぶん良い気分でしょうね。」


「ナスターシャ。」


アナスタシアの口角が上がった。


「これから私が教えてあげましょう。」


「あなたの一週間が私の掌の上だったということを。」



勝つのは悪役令嬢か、それとも聖女か。





ここまで読んでいただきありがとうございました。

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