第十九話 好きな人
「そろそろ出発するぞ。」
多くの人々が詰めかける大通りの中、
兵士が馬車を走らせる準備をしていた。
その後ろには牢が取り付けられ、
「なんで、なんで、僕は……僕は……」
拘束されたルイが入っていた。
しかし、目は虚ろであり、
髪はボロボロ。
まともな状態でないことは明確であった。
「だが、」
「こんなボロボロの奴が鉱山で役に立つのかね?」
見張りの兵士が不思議そうに首を傾げる。
「役に立たずとも強制的に働かせるそうだ。」
「我らが殿下は聡明だが、罪人には厳しい方なのだ。」
ルイは捕縛された後、
鉱山での強制労働に処されたのだ。
そして、詰めかけた人混みの最前列に1人の少女がいた。
「流石はヴィルヘルム!」
「罪人に容赦しないその厳格な姿勢、素敵ですわ!」
ナスターシャであった。
その目はキラキラと輝いていた。
(特別に最前列に招待してくださるなんて!)
(ヴィルヘルムってば、なんてロマンチストなのかしら!)
彼女の目にはその場が、
華やかな演劇場の最前列のように見えていたのだ。
「あれ、ヴィルヘルム?」
「おーい、ヴィルヘルムー?」
「私はここにいますわよー!」
ようやく気づいた、
招待した張本人がその場にいないことに。
(どこにいるのかしら?)
キョロキョロと周囲を見回している。
その結果、
「ナ……ス……ターシャ……」
「あら、ルイ王子、お久しぶりですわね。」
ルイと偶然目が合ってしまった。
「僕の……ヒロ……」
彼は身を捩り、
鉄格子の隙間に縋り付いた。
「僕と……一緒に……」
その性根はおそらく変わっていなかった。
「お断りします。」
「え?」
凛とした拒絶の言葉にたじろいだように見えた。
「なん……で?」
「だって、」
ナスターシャは少し頬を赤らめ、
優雅に微笑んだ。
「だって、好きな人に危害を加えられて、」
「怒らない人なんていませんわ。」
「さようなら、ルイ王子。」
「その生活が辛いものになるように祈っておきますわ。」
完全なる拒絶の言葉であった。
「……」
ルイは沈黙してしまった。
「さあ!出発!」
ちょうど準備が終わったらしく、
馬車が走り始めた。
暗く苦しい、鉱山へと。
「さーて、ヴィルヘルム探しを再開しますわよ!」
馬車が走り去った後、
ナスターシャは歩き始めた。
愛しの自分の王子様を探しに。
◇◇
――同じ頃、神殿にて
清らかな水の流れる祭壇の間、
聖女アナスタシアは仕事である神への祈りを続けていた。
「まさか、」
「彼女がここまでできるとは思いませんでした。」
固く結ばれていた口からポロリと言葉が漏れた。
「もし、彼女が王子に冷めた場合、」
「愛しの勇者様を奪われてしまうかもしれませんね。」
「どうにか対処しなければ。」
ゆっくりとその顔を上げ、
女神像を見た。
「どうか、力を貸してください。」
「女神様。」
誰もいない祭壇にその声はよく響いた。
「私の好きな人を奪われないように、」
「その偉大なる力をどうか……」
彼女の目には少しの迷いもなく、
透き通っていた。
次回、聖女編開始
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