第十七話 弱さ隠して動揺隠さず
「かかってこい、だってぇ?」
先ほどまで余裕に満ちていた声に怒りが滲む。
「いい気になってるんじゃないぞ!」
「僕に救われなきゃ何もできない悪役令嬢の分際で!」
踏みしめられた地面の砂がわずかに動く。
その直後、ルイの姿が残像を残して消えた。
「……」
ナスターシャは静かに周囲を警戒していた。
「ほら、僕のスピードにすらついてこれない!」
いつの間にか背後にルイが現れていた。
「お、お嬢様!危ない!」
ルドルフが叫ぶ。
「うるさいな、外野は黙っていなよ。」
ルイが腕を振る。
その風は突風となりルドルフを襲った。
「くっ……」
大きく吹き飛ばされ壁に激突した。
「さて、邪魔者も消えたところでしばらく眠っていてもらうよ。」
ルイの拳がナスターシャの首に迫る。
「1ついいかしら?」
しかし、ナスターシャの余裕は崩れない。
「私を殴ったらあなたの拳はただじゃすまないと思いますわよ?」
彼女の穏やかな忠告。
「ふん、ハッタリを!」
なおもルイは止まらない。
「覚醒した僕の拳は世界最強だ!」
ガキィィィン――
「うぎゃああああああ!」
激しい金属音。
ルイの拳が弾き返される。
その関節からは血が吹き出していた。
「な、ナスターシャ!」
「僕に何をした!」
冷静さを失った彼は喚き散らす。
「私は何もしていませんわ。」
「嘘をつくな!」
「ただ、あなたの拳よりも私の皮膚のほうが強かっただけのことですわ。」
「なん……だと?」
ルイは呆然としていた。
「こういうことです。」
「ルイ様、お嬢様のことはあきらめたほうが身のためですよ。」
「へ?」
いつの間にかルドルフがナスターシャの横に立っていた。
ルイは幽霊でも見たかのような表情をした。
「バカな!」
「お前は先ほど気絶したはずだ!」
「いいえ。」
短い否定であった。
「あの程度、お嬢様のデコピンよりも遥かに弱いです。」
「でっ、デコぉ……!?」
あまりのことに言葉も出ないようである。
「ま、またしてもハッタリを!」
「ハッタリかどうか、試してみましょうか?」
面食らっている隙をつき、
ナスターシャが肩へ向け、デコピンの構えを取っていた。
「しまっ――」
パチン――
実に小気味の良い音であった。
しかし、
「う、うわあああああああ!」
ルイの右肩から先が跡形もなく消し飛んでいた。
いや、それだけではない。
先ほどの突風の数十倍の勢いでルイの体が吹き飛ぶ。
「ぐはぁ……!」
勢いのままに壁に激突した。
口から血が漏れる。
「こ、こんな、デコピン一発で……!」
「この僕が!」
ルイの右腕が再生していく。
「許せるものか!!」
ルイの体が再び残像を残して消える。
「お嬢様、お気をつけて。」
ルドルフは警戒しながら周囲を見回した。
「2回も見せてくれたお陰でわかりましたわ。」
ナスターシャはゆっくりと地面の砂を拾った。
そして、投げた。
何もない所へ。
「す、砂が……!」
砂はなぜか空中で何かにぶつかったように四散した。
「うげええ、目が!目が!」
何もない所から悲鳴が響く。
そしてそこに目を押さえたルイが現れた。
「な、なぜ僕の場所が!透明になっていたはずなのに!」
「当ててあげますわ。」
質問に答えない。
「あなたの能力は透明化と高速移動の合わせ技。」
「そして、いつも右側から回り込む癖がある。」
「……」
数秒ほど、ルイは硬直した。
「げ、げげぇぇぇぇ!うわああああああ!」
そして、唐突に取り乱した。
「ひひぃぃぃぃ!」
「……うわっ!」
さらにはそのままつまずき、
危うく転びかけた。
「そんな動揺します!?」
「お嬢様に能力当てられただけですよね?」
青ざめた顔のままルイはナスターシャを睨みつける。
「な、なぜ僕が透明になっていることがわかったんだ!答えろ!」
「先ほどご自分で喋っていたではありませんか。」
ルイの目が泳ぐ。
「いや、アレはブラフだ。」
「僕の能力はべ、別にある、はず……」
「とにかく!透明化なんて僕は知らない!」
その目は明後日の方向を向き、
唇は震え、
全身から汗が吹き出していた。
「それもう図星の人の反応ですよね?」
呆れたようにルドルフが問う。
「ぐ、ぐぬぬ……」
「か、かくなる上は!」
進退窮まったかのようにルイは周囲を見回した。
そして突然決闘場の奥を指さした。
「あっ、ヴィルヘルム!」
「え!どこ?どこですの!」
ナスターシャが目をそらした瞬間、
彼は駆け出した。
「逃げるが勝ちだぁぁぁ!」
その目にあるのは決闘場の出入り口だけ、
一心不乱に逃げていく。
「うひひひひひひ!この世界、生きているのが勝者だ!」
「僕は主人公!」
「生きていればチャンスが巡ってくる!!」
ルイは勝ち誇ったように言い放った。
「へえ、それは素晴らしい考えですわね。」
ルイは横から放たれた言葉に照れる。
「いやぁ、それほどで……」
「え?」
いつの間にかナスターシャが並走していた。
「はいどーん!」
タックルと共に繰り出されたのは、
子どものお遊びのような言葉。
しかし、威力は……
「ごはぁぁぁぁぁぁ!」
直撃した瞬間、
ルイは全身から血を流しながら吹き飛んだ。
「ああああ、ゲホッ……」
「主人公がこんなところで死ぬわけには!」
ルイは必死に這いつくばり逃げようとする。
「なんだ、これ、盛り上がって……」
その時、ルイの手が何かに触れた。
「それはあたしの靴だ。」
聞き覚えのある声。
ルイが急いで顔を上げる。
「な、なぜ君たちがここに!」
そこに立っていたのは、
「さあ、自分が捨てた少女たちに成敗されるがいいですわ!」
「ルイ!」
彼がサブヒロインと見下し婚約破棄した少女たちであった。
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