第十六話 傷
火蓋が切って落とされる。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
「おお、殿下、お早いお帰りで……」
(なんということだ……)
城内へ入り、最初に目に止まったものは、
怪我をした兵士であった。
「何があった!?」
エントランスの絨毯は破れ
大理石の柱にはヒビが入っていた。
ヴィルヘルムは大急ぎで駆け寄り、
傷に包帯を巻きながら問うた。
「地下牢のルイ王子が、」
「突如として魔物になったのです。」
肩で息をしながらも、
王子の帰りを待っていた兵士は続ける。
「地下牢の兵士は全滅しました。」
「そして、ルイ王子はまっすぐここに来て、」
「外へと出ていきました。」
兵士は悼むように目を閉じた。
「全滅……」
「私が戻るのが遅かったばかりに……」
多くの部下を失ったこと、
それは彼の心に重くのしかかっていた。
「他の兵士は……どうなっている?」
恐る恐る、彼は尋ねた。
「ルイ王子の通り道にいなかったものは無事ですが……」
「通り道にいたものは怪我あるいは……命を……」
その中に同僚もいたのであろうか。
兵士の目に涙が溜まり、
言葉が辿々しくなっていく。
「……そうか……」
ヴィルヘルムは静かに口を開いた。
「ご苦労だった。」
「暫し休みその傷を治せ。」
溜まっていた涙が溢れる。
「もったいなき、お言葉です。」
一言、礼を尽くし、
兵士はゆっくりと柱に寄りかかる形で座り込んだ。
(よし!)
内心で気合を入れ直し、
手当の終わった兵士を残してエントランスを後にした。
(私も怪我人の手当を手伝わなければ。)
目指すは地下牢とつながる道である。
(……)
地下牢への回廊を目指して、
大理石の床を踏むたびに、
彼の心にはルイへの怒りが募っていく。
◇◇
――地下牢前
床には多くの兵士が寝かされ、
無事な兵士たちが水を飲ませたり、
包帯を巻くなどして手当を行っていた。
「ああ、殿下!お戻りになられたのですね!」
ヴィルヘルムが地下牢の前にたどり着くやいなや、
怪我人の手当を行っていた衛兵の1人が駆け寄って来た。
「状況は先ほど聞いた。」
「私にも手伝わせてくれ。」
高貴な服の懐から包帯が取り出される。
「ご安心を!」
その行為は衛兵の声で遮られた。
「怪我人の手当は概ね完了しております。」
「そうか、ならば良かった。」
(流石、我が国の兵たちは優秀だ。)
ここまで迅速な手当ができる。
その事実は誇らしいことであった。
(手当は完了している……ならば)
「無事な者の中に、」
「ルイがどこへ向かったか知っている者はいないか?」
多くの兵士が互いの顔を見回した。
そして、1人の者が挙手した。
「私は塔の上から見張っておりました。」
見張りの兵であった。
「その折、角の生えた人物が決闘場へ向かうのを見ました。」
「今思えば顔がルイ王子に似ていたと思います。」
有力な情報であった。
「そうか。」
「では、私は少し行ってくる。」
その足は静かにエントランスに向けて歩き始めていた。
「待ってください殿下!」
「お一人で行かれるおつもりですか?」
衛兵が引き止める。
「決闘場ということは」
「ルイは私を待っているのだろう。」
それは間違いなかった。
「それはそうでしょうが……」
ヴィルヘルムは続けた。
「私は死んだ兵士の仇を討たなければならない。」
「お前たちを巻き込みたくはない。」
そう言い残し、再び歩き始める。
「……」
誰一人として、
王子の強固な意思を止められる者はいなかった。
ある衛兵を除いて。
「お待ちください、殿下!」
エントランスの方から声が響いた。
「お、お前は……!」
ヴィルヘルムの目が見開かれる。
「数日間休んでしまい申し訳ありません。」
そこに立っていたのは、
アルブレヒトだった。
その体には依然として包帯が残っていた。
「お、お前、傷はもういいのか?」
「正直まだ痛みます。」
「しかし、主が1人で仇討ちしようと言うのにじっとしてはいられません!」
彼は根っからの忠臣であったのだ。
「殿下を1人で行かせるなど護衛の名折れ!」
「どうか、部隊を編成してください!」
彼は頭を下げる。
しかし、ヴィルヘルムは渋る。
「だが、これは私が肩をつけるべき問題だ。」
そして再び歩き出そうとした。
「ならば仕方がありません。」
「ここは死ぬまで通しません!」
アルブレヒトは腕を広げ、
エントランスへの道を封鎖していた。
「退け。」
「退きません!」
お互い一歩も引かない。
「どうしても通りたいのであれば……」
「私を殺して通ってください!」
ヴィルヘルムの目が驚愕に彩られる。
「本気か?」
「本気です!」
「本当にいいのか?殺して行くぞ!」
「覚悟の上です!」
問答の末、
ヴィルヘルムはあきらめたように目を伏せた。
「わかった……」
「全員、準備をし英気を養え。」
「出発は夜だ。」
かくして、負傷していない者たちは準備を始めたのであった。
◇◇
――同刻
ナスターシャとルドルフはすでに決闘場に到着していた。
「ああ、ナスターシャ、会いに来てくれたんだね。」
「やっぱり僕と君は運命だ。」
変わらないルイに対し、
ナスターシャの笑顔は冷たかった。
「あら、私とあなたに赤い糸なんてあったかしら?」
小首を傾げる。
「これから結ぶんだよ、君を洗脳から力で解放して。」
欲望の混じった笑顔を向ける。
「僕は主人公として覚醒したんだ。」
「君には負けない。」
ナスターシャはふっと微笑んだ。
「あなたの欲望が、」
「私の愛の力に勝てると思っているのかしら?」
ルイの表情が曇る。
「そうかい、」
「後悔しても遅いよ。」
ナスターシャはゆったりとスカートの裾を持ち上げた。
「あら、後悔するのはあなたの方ですわよ。」
「どこからでもかかって来てください。」
丁寧にお辞儀する。
「あなたのその鼻っ柱、へし折って差し上げますわ!」




