第十一話 犯人
ヴィルヘルムの前には料理人たちが集められていた。
「では、お前たち一人一人に話を聞いていくとしよう。」
「料理に毒が混ざっていたとは我々料理人の沽券に関わる一大事です!」
その中の1人である宮廷料理長が声を張り上げた。
「知っている限り全力で答えさせていただきます!」
多くの料理人がうんうんと頷く中、1人だけ青い顔をした料理人がいた。
(バレたらまずい!バレたらまずい!バレたらまずい!)
(大丈夫だバレないはず、証拠隠滅くらい流石にやってるだろ)
一方のルイは買収した料理人の頭を信じていた。
「……では始めよう。」
疑いの表情で青い顔をしばらく凝視した後、ヴィルヘルムが言った。
「まず、毒が確認されたのはスープからだ、他の料理からは確認できなかった。」
ヴィルヘルムは既に冷めきったスープを指さした。
料理長はその白い眉毛の間にシワを作りながらスープを眺めた。
「なるほど……でしたら犯人は絞れてきます。」
静かに青い顔の料理人を指さした。
「スープを担当したのは彼です。」
「……」
ルイは開いた口が数秒間塞がらなかった。
(なんで自分の担当した料理に毒を入れたんだよ!)
ルイはガクガクと震える手で紅茶を口に運んだ。
「ルイ様、それは私の紅茶です。」
護衛が不快そうな表情をする。
「っ!……よりにもよってこんな奴と……最悪だ。」
「ルイ様、それは私の台詞です。」
ヴィルヘルムはゆっくりと料理人の青い顔に向き直った。
「スープに毒を混ぜたのはお前だな?」
「いいえ!違います、私は入れておりま――」
大慌てで両手を振り、弁明しようとした瞬間……
カラン――
その服のポケットから小瓶が床に落ちた。
「……」
「……」
突然姿を現した物証にその場の全員が沈黙した。
「こ、これは違っ!ああ!」
蒼白な顔をした彼が慌てて拾い上げようとしたその時。
ヴィルヘルムが先に拾い上げてしまった。
「これを鑑定せよ。」
部下に冷たく命じる。
「待っ!」
「ふむふむ、これはゲミル毒の瓶で間違いありません。」
モノクルを通して見た部下がヒゲに手をやりながら断言した。
「底に特有の腐食が見られます。」
「……」
料理人はもはや諦めたのか手を震わせるばかりで何も言わなかった。
「兵たちよ、わかっていると思うが……」
兵士が料理人の腕を左右から掴む。
「連れて行け。」
「……」
料理人は何も抵抗せず、ただされるがままに牢へと連れて行かれた。
それを見届けた後、ヴィルヘルムは申し訳なさ気に周囲を見た。
「諸君、時間を取らせてしまい申し訳なかった。」
周囲を見回した後、その目は一点を見つめていた。
「今日はもう遅い、あの料理人の尋問は明日に回す。」
その目が捉えているのは……
「今晩はゆっくり休んでくれ、以上だ。」
ルイ王子であった。
◇◇
「クソっ!クソっ!クソっ!」
客室に戻ってきたルイは早速壁を蹴り怒鳴っていた。
カラン――
その振動で水差しが床に倒れる。
「なんでだよ!僕の計画は完璧だったはずだ!」
その目は血走っていた。
「なんであんなにもあっさり失敗するんだよ!」
「さぁ、なんででしょうねぇ?不思議ですね?」
護衛は表面上不思議がってはいたが、内心ではわかりきってはいた。
(真実言うと癇癪悪化するだろうし、黙っておくか。)
ただ、護衛はめんどうくさいことが嫌いだったのだ。
「というかヤバいんじゃないか?明日になったら僕捕まるんじゃ……?」
ルイの思考は癇癪を交えつつも真の問題にたどり着いた。
「もしそうなったら今度こそ父上に見捨てられる!」
彼の脳裏に父親の言葉が蘇る。
「ルイよ、もしお前がまた外交問題になり得ることをしでかせば……」
父親は愛想を尽かした目で睨む。
「わしはお前を勘当する!」
「どうしよう!護衛!このままだと権力を使えなくなる!僕は主人公なのに!」
現実に戻ってきたルイは護衛に縋る
「落ち着いてください、落ち着いて捕まりましょう。」
護衛の笑顔はとても爽やかなものだった。
「何を言って……」
内容と表情のあまりの乖離にルイは困惑していた。
(おっとしまった、つい本音が出てしまった。)
「冗談ですよ〜ルイ様〜」
護衛の笑みが引きつったものに変わる。
「それよりもルイ様の天才的な頭脳による解決を見せてください!」
取り繕った心にもない褒め言葉を聞いた瞬間、ルイは笑顔になった。
「そうかそうか、そんなにも見たいか!」
先ほどまでの癇癪が嘘のように上機嫌になっていた。
(ふぅ〜、こいつが単純で助かったぜ。)
護衛はルイの扱いやすさに感謝した。
「……そうだ!」
しばらく考えていたルイは手を打った。
「この後、刺客を送るんだ。ナスターシャとヴィルヘルムの両方に。」
「そしてヴィルヘルムを暗殺して、ナスターシャをここに連れてくる。」
その目は爛々と輝いていた。
「それでその後は?」
もっともな疑問だった。
「この後?ふんっ。」
ルイは吐息交じりに肩をすくめた。
「駆け落ちさ。」
「か、駆け落ちぃぃぃ?」
まさかの言葉に護衛は間抜けな声を漏らした。
「そうだ、駆け落ちだ。」
「真実の愛の力ならナスターシャの洗脳も解けるはずだ。」
声だけ聞けば爽やかな青春であった。
しかし、発言者はルイである。
「ええぇ……」
護衛はその狂気に気圧されていた。
「うひひ、あまりの素晴らしさに声も出ないか。」
ルイは歓喜に満ちた様子で腕を広げる。
「悪の王子からヒロインを救い出す逃避行!」
「これぞラブストーリーだ!」
ものすごく爽やかかつ穏やかな笑顔だった。
(ああ、とうとう完全に頭がおかしくなったか。)
正反対に護衛の目は非常に冷たかった。
そもそも、今のルイに力を貸してくれる人間は存在しない。
刺客はどうやって調達するのか。
ルイの計画は実行不可能だったのだ。
この時までは。
「話は聞かせてもらいました!」
客室に喉の開いた声が響いた。
「誰だ!」
突然のことに護衛は目を鋭くし警戒する。
カタカタ――
その時、先ほどの癇癪で倒れていた水差しが音を立てて震える。
そして、中から大量の水が吹き出す。
「な、なに!」
怪現象に護衛の口から驚きの声が漏れる。
やがて、その水は人の形を成した。
「いや〜水差しの中は窮屈でしたよ。」
間の抜けた丁寧な言葉。
しかし、その男の頭には角があった。
人間でないことは自明の理である。
「名を名乗れ。名乗らなければ切り捨てる。」
「失礼!」
男は慌てて背筋を正した。
「わたくし、こういう者でございます。お見知りおきを」
男はちょうど30度のお辞儀と共に名刺を差し出した。
「何だこれは?」
「これは、名刺だね。」
護衛は初めて見たらしかった。
「どれどれ……」
ルイは名刺を手に取り眺めた。
そこにはこう書かれていた。
魔王軍四天王所属、永劫なる流水の使徒 アルガ・デニス。と――
魔王軍四天王、出現――
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