053話 手繰り寄せた勝利
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だよな、そうだよな。
ちゃんと俺の視界には捉えられていた。
阿久間が動き出す瞬間を。向かってくる瞬間を。
だから、慌てない。
どこにどう動くかは既に頭の中で決まっている。
「さぁ、さぁー! 本気のぶつかり合いを始めようよ!」
「ちょっとそれは遠慮しておこうかな」
わざわざ阿久間の勝負に乗っかる必要はない。
技術だけで考えれば、確実に相手に軍配が上がる。
選択肢は逃げの一択だ。
当然、阿久間も気付いているはず。
だからこそ、1対1を意識させることを言ったのだ。
いくら守備が出来ても、まともに勝負してもらえないのらボールは奪えないからな。
正確に言えば、味方と連携して奪う方法もあるけれど、立海山の1年は阿久間の動きに合わせられていない。
ノールックのバックパス。
踵に当たったボールが弱々しく転がっていく。
「あちゃー、逃げられちった」
悔しそうな声とは違って、表情は何1つ変わっていない。
その理由が何故か。
気になるところではあるけど、試合中に問い掛けたところで返答してくれるとは限らない。
それが敵となれば尚更だ。
「いただき! ナイス朝花」
獅子王先輩が、立海山の選手と競り合いながらボールを受け取ることに成功。
フリーでボールを渡すのが最高の形だったけれど、これでも問題はない。
先に触るの獅子王先輩だと断言出来るから。
「先輩、前!」
あくまでもゲームの主役は自分でありたいタイプの獅子王先輩。
ボールを貰えば、そのままゴール目指して独走するのは読めていた。
だから、端的で分かりやすく指示を出す。
無言の指差しでは無視されかねない。
それがわざとでも、集中していたとしても困る。
少なくともこちらは声に出して伝えたという事実は残す為に声に出した。
視覚だけでなく、聴覚にまで訴え掛ければ、後から言い逃れも出来まい。
「ったく、しゃーねーな。今日は後輩に花を持たせてやるよ」
「同感だよ、獅子ちゃん先輩。今日は後輩達のお披露目会ぽよ。だから、そのボール互いに譲れないやんね」
「渾身のパスを顔面に喰らいたくなけりゃ、そこ…どいた方が良いと思うぜ?」
足を大きく振る。
何も考えていない、とにかく前へ出す動き。
らしいと言えば、らしいけど、この場合の最善策でない。
阿久間が身体を入れてきたら、止めることは出来ずとも狙いを外す事は出来る。
痛みは多少はあるだろうけど、大怪我に繋がるまで行かないはず。
さて、どうするのか……獅子王先輩。
「えっ? まじまじまじで!? あの獅子ちゃん先輩がフェイク!?」
行動が単調で分かりやすい。
その評価は俺も同じだった。
だから、正直あの瞬間、計画を練り直すように頭がシフトチェンジしていた。
単純に横へスライドするだけのフェイント。
凛や阿久間に比べたら芸はない。
ただ、それをやったのが獅子王先輩であることに意味がある。
あの阿久間を完全に出し抜いて見せたのだから。
「俺も背負うもんが多くてよ。覚めちまったぜ、……悪夢から」
「アハッ! 最高じゃん!」
スライドしたことによって視界が開ける。
ここで繋がる縦一直線の清々しいパス。
受けるのは勿論、1人しかいない。
「こんなに待つならスタート遅めでも良かったでしょ」
凛は文句を言っているが、遅らせたのには理由がある。
「サイドに追い込め!」
立海山の誰かが声を出して叫ぶ。
ゴールが近い状況。
その焦りが声色に表れていた。
指示の通り、凛は徐々に左サイドに追い込まれていく。
右で打てない凛にとっては苦痛で仕方ないだろう。
偶々とは言え、弱点を突かれているのだから。
攻め込めば、攻め込む程に角度を狭まっていく。
獅子王先輩の変化。
それに感化された凛がゴール目指してシュートを放った。
「ここで止めなきゃ、いつ止めるって話!」
やはり角度が厳しかったようだ。
相手のキーパーが飛び付いてキャッチするファインセーブ。
後一歩というところで、惜しくも得点にならなかった。
時間は残り1分もない。
両者の焦りが肌で感じられる。
「後は頼みましたよー!」
凛、悪い。
俺はこうなることを知っていた。そして、望んでいた。
時間ギリギリで必死の攻撃を止める立海山。
互いが絶対に点を欲しい状況。
一気に追い風が吹き込んだ時、俺が立海山なら、
───迷わず阿久間にパスを出す。
予想は正しかった。
こうなるように俺が仕向けた。
動かした。そうなった。
楽しいよ、サッカー。最高だよ、サッカー。
スローモーションに見える景色の中で、人生で1度も感じたことのない高揚感に身を焦がしながら足を振り抜く。
落ちてくるボールを迎え入れる。
狙い済まされたタイミング、位置、角度。
「──射程範囲外。……だけど、今日は特別に。ゴラッソ、ごちそうさん」
かなり離れた距離からの割り込みダイレクトシュート。
まさかシュートに相手は反応出来ず。
ネットを揺らして落ちたボールが、コロコロと無造作に転がる。
後半45分。5対4の逆転。
この練習試合はアディショナルタイムを省略する。
つまり、この時点で俺達の勝利は確定した。
正真正銘の勝利。
90分間動き続けた疲れよりも先に、成し遂げた事への興奮が押し寄せる。
笛の音が聞こえたのは、冷静になり始めた最後の1回。
終わったんだ。勝ったんだ。
修正しないといけない事は多いけど、今この瞬間だけは悦に浸らせて欲しい。
「やったー!!! 勝ったよ、はるっち!」
先に駆け付けたのは英理奈だった。
無邪気に飛び付いてくるは見えたけど、受け止める力も残ってなくて一緒に倒れ込む。
そこへ、杏が、凛が、獅子王先輩が。
そして、ベンチの奏も。
みんなで喜びを分かち合う。
辛かったこの試合を思い出して、目尻に涙を溜めながら。
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