048話 伝染する想い
「ちょいちょい、どないしたん? いきなり点なんか決めて。この試合負けたら、好きに出来るはずやったのに」
獅子王先輩へいち早く声を掛けたのは、他の誰でもない同学年の堂免先輩だった。
俺達が聞くのを躊躇ったことをズバズバと聞いてくれる。
獅子王先輩の心境の変化には全員が気になっていたので、そうやって聞いてくれるのは非常に有難い。
「……気が変わった」
「いきなり気ぃ変わった言われても。ただの練習試合やで? そんな本気になる必要ないやろ」
「じゃあ、いつ本気になるんだよ。……もう良いだろ、小奈。分かってる、俺達は弱い。でも、それを言い訳にして心まで弱くなったら、何で勝てば良いんだよ」
獅子王先輩は気付かない振りをしてきた。
始めて俺に向けて声を荒げた時も、試合中に作戦へ口を出した時も。
全部自分に対する行き場のない憤りを他人に向けていたのだろう。
不甲斐ない自分に気付いてしまったら、嫌気が差して仕方がないからな。
それがどういう風の吹き回しか。
自ら殻を破り、自身と向き合い、あまつさえ成長まで成し遂げた。
その過程は本人しか知り得ず、当の本人が安易と教えくれるはずもなく。
期待していた答えとは違えど、決まった覚悟を探れたらそれで十分か。
「おい、1年。俺にボールを回せ。今、最高に調子良いんだよ」
「それは協力してもらえるって事で良いんですか?」
最も重要な確認。
今、彼女は私的に動く暴君なのか。
それが1番重要になる。
「協力じゃねー。ただやるべき事をやるだけだ」
凛にも負けず劣らずのツンデレだな。
そのやるべきことが俺達の協力だろうに。
今更、素直に口にするのは恥ずかしいのだろう。
だから、遠回しな言い方をする。
「勝手に話進めんといてや。残された自分らは、どうすればええんや?」
真宮先輩の不在、獅子王先輩の変貌。
堕落の指揮を取る者はいなくなってしまった。
残された部員達は、自由という名の不自由を与えられたのだ。
心の準備をする間も無く。
「……勝ちたい奴だけ付いてくればいい」
「勝ちたい奴だけ……」
勝ちたい……か。
なんとも残酷な言葉だ。
残された者の中で勝ちたいと思ってる奴なんていやしない。
早く試合が終わらないかとでも思っているだろう。
つまり、実質的な放置である。
試合はまだ続いている。
こちらの会話が終わる前に立海山の準備が整ってしまったようだ。
立海山のキックオフ。
獅子王先輩の変化は相手を警戒させた。
丁寧にボールを回しながらも、時間を掛けずに攻め込む。
時間を与えず、ゲームスピードを上げることでこちらの自由を奪う作戦か。
こちらも守備に徹するけれど、明らかに毒島と秋風の個人技が減っている。
対面したら迷わずパス。
逃げの姿勢を見せる。
「これじゃあ、はぁっはぁっ……ボールに触ることすらできないよ」
英理奈が息切れしながらそう言った。
ハーフタイムを挟んだとはいえど、かなりの体力消費。
動ける人数が少ない分、余計に走っていたツケがここで来たか。
かく言う俺も体に鞭を打っている状態だ。
同点まで追い付いたと言うのに、逆転までの1点が重く遠い。
毒島と秋風がペナルティエリア前。
オフサイドにはギリギリならない位置取り。
そうなれば当然、パスが出される。
「立海山は常に最強でなければならないんだッ!」
毒島の執念を感じる。
最強であり続けることへの。
でも、想いの強さなら俺達だって。
「負けなれないのはお互い様ですよ!」
杏がマークに入る。
今の毒島だけにはフリーで撃たせてはいけない。
本能でそう感じ取ったはずだ。
例え、競り勝てなくても十分嫌がらせにはなる。
いくらフィジカルが強いと言えど、密着されながらのシュートは難しい。
一度逃げてからスペースを作って、
「ここでシュートだろッ!」
ドンピシャ。
毒島がシュートしたタイミングで飛び出した。
俺の足に触れるボール。
スパイクの先端をなぞって軌道を変え、元のシュートコースとは反対へ。
(しまった……! まだゴールの枠内だ! しかも、俺が触ったせいで逆に行ってしまった)
最悪の失態だ。
ここでの失点だけは士気下げると分かっていたはずなのに。
しかも、俺のミスによるオウンゴール。
本気で勝とうとしている人間がそんなミスをするなんて、説得力に欠けてしまう。
全身から血の気が引いていくのが分かる。
顔も青ざめているだろう。
どうにか出来るならしたいものだが、どう足掻いてもここからボールに触れるのは不可能だ。
「……灼巴ちゃんも頑張ったんだ。僕も、僕も灼巴ちゃんみたいに……格好よくなりたいッ!」
「猫屋敷先輩!」
GKである猫屋敷先輩が、獅子王先輩の覚醒に感化されてボールへと飛び付く。
反応は完全に遅れたはずなのに、柔軟さと瞬発力を武器に見事なファインセーブを見せた。
自分でもまさか止められるとは思っていなかったリアクションをしている。
アワアワと落ち着きを失わせて、ボールのどこへ出すか迷っている様子。
「風琴ッ! 迷わず、俺に出せ!」
獅子王先輩が吠える。
それに呼応して猫屋敷先輩の迷いが消え、力強く前へと蹴り出した。
絶対に届いてくれという願いを込めて。




