047話 獅子の目覚め
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大チャンス。毒島も秋風も後方。
鬼の居ぬ間にペナルティエリアに侵入したい。
「2人ばっかり注目されてるけど、私達だっているんだよ!」
ディフェンスの1人がプレスを掛けてくる。
毒島や秋風と比較される辛さを吐露しながら、自分の存在意義を証明しようと必死だ。
これは立海山にとってレギュラー選抜も兼ねている。
2つの席は秋風と毒島で確定していると思う。
じゃあ、残された椅子は何席か。
そう考えた時に余りにも少ないことは言うまでもない。
そっちにも負けられない理由があるんだよな。譲れないプライドがあるんだよな。
だから、その顔になる。
必死で笑顔なんて無くて、苦しそうになりながらも目の奥に灯した火を絶やさずに燃やし続ける。
「私はちゃんと警戒してたよ。あの2人だけじゃない。立海山というチームを」
進化したダブルタッチが発動。
スキルLV4の追加効果、動きのキレを上げる。
瞬間移動かと思うくらい速いボールの持ち替え。
相手は反応側へ釣り出されてしまい、どうしようもない。
彼女は強かった。だけど、俺の方がより強かった。
思うだけでは覆せない決定的な事実。
目の前に浮かび上がるゴールまでの綺麗に空いたスペース。
今すぐにでも喰らい付きたくなる。
だけど、匂うんだよな。
綺麗すぎると言うか、如何にも誘われているような感じ。
簡単に言えばこれは罠だ。
気付いていないフリをして、先に進む。
「これ以上、先には進ませないよッ!」
横から勢いのあるスライディングが飛んでくる。
これが仕掛けられた罠ってことか。
確かに気を抜いていれば、ボールはあっという間に立海山の物になる。
急停止から少し下がって、スライディングを往なす。
相手が復帰してくる前に一気にペナルティエリア前へ。
完全なシュートチャンス。
キーパーとの1対1。
試合の中で生まれる数少ない得点の機会。
逃す訳にはいかない。
「これで同点だッ!」
「される訳ないでしょッ!」
さっきスライディングして来たDFの子!?
どんだけ速く動けば、このシュートに追い付くんだよ!
勢いは完全に逃し切れていない。
ボールは彼女の真上に上がる。
キーパーが取るか、将又DFの子が取るか。
それとも俺が点を決めるか。
どうなったっておかしくはない乱戦。
最終的にボールを奪い取ったのは、誰も予想していなかった人物だった。
───
俺は今、どうしてサッカーをしているんだろう。
サッカーが怖くなったあの日からずっと頭の中で繰り返されている言葉。
もうとっくにサッカーなんて辞めていてもおかしくないのに、気付けば退部届けを出せないままでいた。
楽になりたいと思っているのに、どうしても。
2年生の時、殆ど3年が選ばれる中で俺はレギュラーに選ばれた。
元々、部員の多い方ではなかったけれど、その瞬間は今でも鮮明に思い出せるくらい嬉しかったのを覚えている。
選ばれたからには、絶対にヴァルキリーカップ優勝。
思えば、浅はかな目標だったけど、その頃はそんな事を考える余裕がないくらい必死だった。
朝、走り。昼、眠り。放課後、部活。夜、自主トレ。
生活の基準は全てサッカーによって形成されていた。
それくらい、俺はサッカーが好きだったから。
だけど、現実はそんな甘くない。
2年のヴァルキリーカップ予選1回戦。
思い出したくもない悪夢が起こった。
前半40分の段階で0対5の惨敗。
手も足も出ず、もがくことしか出来ない状況だった。
それでも諦めずに走り続けて、俺がなんとか1点を奪い返す。
嬉しかった。まだ、終わってないと思えた。
「みんな、こっから逆転……しよう…ぜ」
前しか見えていなかったから気付かなかった。
後ろを振り向いて始めて見えた仲間の顔。
俺の得点を喜ぶ者は1人としていない。
同じく2年で選ばれた実乃もそうだ。
前半すら終わっていないというのに、諦めてしまっている。
絶望に染まった表情が俺にまで伝染して、そこで走るのをやめてしまった。
俺は今もまだその時の事を思い出して怖くなる。
好きだったものが突然恐怖に変わる感覚。
有り余る活力が穴の空いた風船のように漏れ出ていく。
何度もやめようと思った。何度も、何度も。
実乃がキャプテンを任された時、心では何でコイツが、あの時諦めたコイツがって思った。
でも、最早どうでも良い。
俺がキャプテンでも、あいつがキャプテンでも、雅野のサッカー部に未来なんてないんだから。
朝花が俺の前で高らかに1番を取る宣言をしたのは、それから間も無くのこと。
最初は馬鹿げてると相手にしてはいなかった。
でも、毎日毎日懲りずに練習している姿を見た。1年しかいないってのに、必死に。
腹立たしくて仕方ない。
いっそ、親切に言ってやりたかった。
お前らがどんだけ頑張っても、このチームでは勝てやしないんだと。
しかし、口に出すのは何故か憚られた。
「獅子王ちゃん、良いかなぁ?今度ね、立海山高校とねぇー、練習試合することになったのぉ。だから、ちゃんと来てねぇ?」
「考えておきます」
「えぇ!? 考えとくんじゃなくてー、絶対来てねぇ!」
刈谷崎先生から練習試合の話を聞いた時、これだと思った。
どうやって立海山との練習試合を組んだのかは分からない。
だけど、相手が相手だ。
アイツらがどんだけ頑張っても勝てやしない。
そこで全部諦めてしまえば良い。
そして、練習試合当日。
5人しかいなかった1年生が、文句を言わずに本気で勝ちを目指して走っていた。
負け越しても、弱音なんて吐かずに必死に喰らい付いて。
次から次に策を練って。
なんで、俺はそこにいない。
なんで、俺は見てるだけなんだ。
俺は何がしたい。何が出来る。
良いのかよ、このままで。
後輩にも呆れられ。
戦力にもカウントされず。
辛そうな状況の中で俺は黙って見とくだけなのかよ。
自分も同じ目にあってサッカーが怖くなったんじゃねーのかよ。
いつまで俺は弱い自分を肯定し続けるんだ。
俺は何になりたいんだ。
───
飢えた獣が目にも止まらぬ速さでボールを掻っ攫う。
まさかの人物の動きに立海山も、そして仲間である雅野も一瞬困惑する。
しかし、彼女はお構いなし。
柔軟にしなる脚から、衝撃波に等しい力強いシュートを放つ。
右上の隅を狙ったシュートは、多少雑なコントロールであったが、ボールに触れたキーパーの手を弾いてネットを貫く。
「うおおぉーーー!!!」
熱の籠った雄叫びを上げる。
そして、親指で自分の顔を差して捨て吐く。
「敬えよ、後輩共。これが獅子王 灼巴だ」
唐突で最高で格好良い、獅子王先輩の覚醒だった。
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