016話 束の間の最強
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鷹津は右足でシュートを撃たなかった。
いや、撃てなかったというのが正しい。
鷹津の致命的な弱点は、逆足の精度が著しく低いこと。
勝負をするにあたり、事前にこっそりと覗いておいたステータスのデバフスキル[逆足精度低下]からもそれがハッキリと分かる。
彼女の性格上、一か八かの賭けには出ない。
確実に点を決めれる場面でなければ、無理をして撃たずに体制を立て直す。
だから、ここで逆足に持ち替えたのもフェイクだと分かっていた。
少しでも正面、もしくは右寄りに壁の位置をずらして、あくまでも左で仕留める。
絶対的なプライドも相まって、そのプランを崩しては来ないはずだ。
「あくまでも右足での勝負を望むって訳ねッ!」
変わらない杏の位置取りに痺れを切らす鷹津。
俺は鷹津という人間を読み間違えていたのか。
露骨に封じられた利き足で勝つことよりも、逆足でのシュートは無いと断定されることの苛立ちの方が強いらしい。
また右足でのシュートを撃つ素振りを見せる。
これも絶対にフェイント。
頭ではそう理解しているが、彼女の全身から溢れ出る気迫から口が勝手に動く。
「杏ッ! 左にスライドして!」
突然の作戦変更に杏が驚く。
だけど、俺の必死の声色を聞いて何も言わず鷹津の正面に飛び出す。
「アンタ、アタシ相手でも怯まずに飛び出す度胸は認めるわ───」
(なっ、ここもまたフェイント!?)
僅かに空いた左側のスペースにボールを転がし、壁を振り切ってから左足のシュート。
あの発言も身に纏った雰囲気も全て嘘。
全てここに繋げる為の布石。
感情的なプレーの中に忍ばせる冷静さが緩急となって牙を剥く。
伊達に名を馳せる選手じゃないってことかよ。
「でも、指導者が悪かったわね」
「そんなこと……ありませんッ!」
完全に振り切ったはずの杏の足が伸びる。
爪先がボールを掠め、軌道が変わった。
杏は初心者でボールに触れて3日目なのにも関わらず、俺を信じて勝ちに行っている。
だったら、俺もその期待に応えたい!
「うおぉぉーー!!! 届けッ!」
ゴールの左上ギリギリのコース。
飛び込みながら肩が外れても構わないと限界まで腕を伸ばして、少しでもボールに触れようとする。
直後、キーパーグローブから伝わる感触。
ゴールポストの鈍く響く音。
鷹津がこぼれ球に反応して動き出す。
しかし、俺の方が距離は近く、這いつくばった体勢で何とかボールを抱え込む。
「終了ー! あーちゃん、はるっちペアの勝ち!」
「勝った……。やったー! 勝ちましたよ、春陽さん!」
起き上がった俺に駆け寄り、熱くハグする杏。
勝ったことで高揚感が増し、こんなにも積極的な感情表現になっているのだろう。
気持ちは分かる。
俺もいつもだったら、両手を上げて喜びたいところだ。
……当たってる。
確実に柔らかい2つの感触がそこにはあった。
誤魔化しながらハグから抜け出すことに成功。
空気を壊さないよう、代わりにハイタッチをしておいた。
「これで練習には参加して……って、どこ行くの! 話はまだ終わってないから!」
「アタシの番は終わりでしょ? 帰るのよ」
「いや、でも……」
「今日は帰らせてあげて。たかりんも悔しさで頭いっぱいだろうし」
背中を見せて、多くは語らずに帰ろうとする鷹津。
彼女にとって、これは2度目の敗北になる。
勝った者に引き止められることが、どれほど屈辱的かは言うまでもない。
だからこそ、英里奈が言ったように今日は帰らせることにした。
明日から気持ちを切り替えて練習に参加してくれたら、それで十分だ。
「それじゃあ、次はいぬいぬの番だよ」
俺が持っていたボールを受け取り、いつでも始められる状態に。
鷹津が終わって達成感を感じていたけど、まだ終わりではない。
目標は1年全員の練習参加だ。
犬飼だって、その内の1人。
ここで勝ってようやく物語が始められる。
それに単純に犬飼のプレースタイルが気になる。
この勝負が決まったのは犬飼を誘った後だったので、[分析]を使ってステータスを確認する暇がなかったので全く予想が出来ない。
今から確認することも出来るけど、勝負がもうすぐ始まってしまう。
作戦を立ててながら、プレーに集中するのは情報過多で頭がパンクする。
俺の強みが薄まるけど、ぶっつけ本番で挑むしかない。
「杏、さっきのプレーすごく良かったから、その調子で頑張って」
始まる前に、先程の勝利の興奮を引き摺らせない為にも杏に声を掛ける。
「でも、犬飼さんの時はど、どうすれば?」
「うーん、相手が未知数だから作戦がないんだよね。教えた基礎を守りながら、自分が壁になるイメージを徹底してもらえれば」
「わ、分かりました。基礎を信じて頑張ります」
まるで呪文のように何度も基礎が大事だと唱え続けている。
鷹津の時には作戦があったので、おまじないのように縋ることが出来たけど、今回はそうもいかない。
どうしても本人の対応力が試されてしまう。
「さぁー、そろそろ始めるよ! いぬいぬのタイミングでスタートしてね」
犬飼がボールを杏に向けて蹴る。
さっきと違い、その意味を理解している杏がすぐにボールを返す。
ちゃんと壁役としての役目も忘れず、リターン後すぐに距離を取っている。
「……それ、遠い。もっと前の方が良い」
蚊の鳴くような声で犬飼が口を開く。
杏へのアドバイスにも思えるけど、この場でいきなり敵に塩を贈るだろうか。
気になって仕方ない言葉の意味を教えてもらう前に、彼女が実践して答えた。
犬飼がドリブルで正面からの突破を試みる。しかも、かなり速い。
十分に空けた距離のせいで、加速する隙を与えてしまう。
杏も必死に後退して、シュートコースを制限しようとするが間に合わない。
ならばとボール奪取に思考を切り替え、果敢に挑戦する。
ただ、相手の方が何倍も強かった。
両足でボールを挟んでのヒールリフト。
杏の頭上ギリギリを反応する暇すら与えずに通り越す。
犬飼も飛び出して前に出た。
このままフリーで撃たせてはいけないと杏も振り返るが、杏の視界からボールが消える。
「杏、前ッ! 前、向き直して!」
振り返った時には既に杏の股下を通り抜けていく。
前から後ろ、後ろから前と忙しなく変わるボールの行方に軽い混乱状況。
そんな状況でも犬飼だけは冷静に半回転しながら、地面をバウンドしたボールでシュートを放つ。
体幹が全くブレずに撃たれたシュートは、そのまま風を切り裂く轟々とした音を奏でている。
反応する事すら許されず、気付けば俺達の敗北が決まっていた。
これが犬飼 奏……なのか。
圧倒的な実力は、同年代の中で確実に頭1つ飛び抜けている。
そんな彼女を逃すことになったのは惜しいが、結果は結果だ。
彼女のレベルなら、練習に参加しなくても活躍はしてくれると信じるしかない。
なので、気持ちを切り替えて、犬飼を褒め称えることにしよう。
「すごいね! いぬ……かい…さん? あれ、犬飼さんは?」
「下、下! いぬいぬ地面に倒れてる!」
「どうしたの!? 犬飼さん?」
全員で倒れた犬飼の下へ駆け寄る。
呼吸の乱れが一目で分かる肺の動き。
血の気が全て引いたのかと錯覚するくらい青ざめ顔色。
明らかに弱っているのが分かる。
「……動けない。……体力使い切った」
「へぇ? どういうこと?」
「私、体力が少ない。動けて4、5分。……今日は調子悪いらしい」
「なんか重い病気ってことなの?」
「違う、ただただ体力無いだけ」
天は二物を与えずという決まりは、この世界でも適応されるみたいだ。
目の前の彼女も例に漏れることなく、癖のある選手だった。
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