015話 手のひらの上でコロコロと
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杏に色々と仕込み終えて、万全の体制で迎えた翌日の放課後。
授業の時にしか使われていないゴールポストの前には、ようやくサッカー部1年である5人が集結していた。
まだ団結なんて言葉は早いけど、とりあえず揃ったことを喜ぼう。
「逃げ出さずに来たのは褒めてあげる。でも、残念ね。1年全員がこうやって集まるのも今日が最初で最後よ」
「残念なら私達と一緒に練習しようよ」
「アンタにとっては残念だって言っての! アタシは1ミリ足りとも悲しくないわよ」
まだ勝負が始まってすらいないのに、怒り浸透の鷹津様。
用意したボールを踏みながら、両腕を組みながら指でトントンと苛立ちをアピール。
出会ってから今に至るまで、彼女が怒ってないところを見たことがない。
この状態がデフォルトなのかと錯覚してしまいそうだ。
そんな鷹津はさておき、重要な人物がもう1人。
謎が深まるばかりの無口な少女、犬飼さん。
てっきり断るとばかり思っていたけど、意外にもこの場には姿を現した。
英理奈はどんな手を使って呼び出したのか気になる。
「てか、なんでアンタさっきから喋らないのよ。無理矢理コイツに誘われたんなら、ハッキリ嫌って言ってやりなさいよ」
ぼーっと立っている犬飼をいつもの鋭い目で睨む。
ただし、犬飼も負けてはいない。
無言なのは変わることなく、どこからともなく持ち出したサッカーボールでリフティングを始めた。
あまりにもマイペースすぎる行動に、鷹津も憤りを通り越して驚きが勝っている様子。
開いた口が塞がらないというのを体現していた。
「まーまー、そんなにいぬいぬ虐めないの。彼女には彼女のペースがあるんだから。それより、本題に入ろうよ。今日は何をするんだっけ?」
荒れ始めた場を収めてくれたのは、やはり英理奈だった。
これ以上揉め事にならないよう鷹津と犬飼の間に入りつつ、進行をサポートする振りをこちらに投げ掛ける。
「今日は勝負をしてもらいます。ルールは簡単で、私と杏の2人から点を取れば勝ち。ただし、攻撃側は1人ずつね。そっちが勝ったら、練習へは2度と誘わない。こっちが勝ったら、ぜっーーーたいに参加してもらうから」
「寝言は寝てから言えって知らないの? 昨日の内に何したかは知らないけどね、たった数時間の付け焼き刃に勝てるはずないでしょ。御託は良いからさっさと始めるわよ。英理奈、アンタからで良いでしょ?」
足下にあったボールを優しく蹴って渡す鷹津。
あれだけ啖呵を切っておきながら、こちらの作戦を様子見するつもりか。
手を抜かずに本気で勝ちに来るあたりが鷹津らしい。
今回に関しては鷹津と英理奈には別の対策を用意しているので、どちらが先になろうと関係はないんだけど。
早速始まるのでそれぞれの位置に着こうとすると、英理奈が待ったを掛けた。
渡されたボールをしゃがんで丁寧に拾い上げ、鷹津へと差し出す。
「このタイミングで、たかりんに伝えたいことがあるの。ウチ、たかりんの結果は関係なく練習には参加するよ。だから、ウチにはこの勝負は必要ない」
「その意味、分かって言ってんの?」
「……分かってる。ちゃんと分かってる」
「あっそ、英理奈がそう決めたならそれで良いわ。ボール貸して」
多少荒っぽくボールを受け取りながらも、英理奈の意見を尊重して自分の番から始めようとする。
今までの様子を見ていると、もっと感情的になるかと思ったけど、意外にもあっさりと納得するんだな。
長い付き合いの鷹津だからこそ、察していた部分があったのかもしれない。
気持ちを切り替えた鷹津は、目の前の事だけに集中していた。
スタートの合図が掛かるまでの間、入念にウォーミングアップをして待っている。
体育の時と同じで、鋭くゴールという獲物を狙う目付き。
その目付きに臆した杏が、プルプルと震えながらこちらに助けを求める。
俺から安心する言葉を掛けてあげるのは簡単だけど、緊張感に慣れてもらうのも大事だ。
前を向いてとだけ指示をする。
「ウチが審判するね! では、たかりんお好きなタイミングでどうぞ」
開始と同時に鷹津が弱めのインサイドキックで、目の前にいる杏へボールを転がす。
どうしてボールが来たのか分からない杏は、戸惑いながらもボールをキープ。
これはちゃんと流れを説明していなかった俺が悪い。
「杏、ボールはそのまま鷹津に返して。そうしたら、スタートするから」
「あっ、そうなんですね。ごめんなさい、知らなくて」
「気にする事はないわ。教えてなかった、アイツが悪いもの」
いや、そうなんだけどね。そうなんだけど、俺にだけ当たりが厳しくはありませか?
もしかして、ツンデレとかではなく、俺が嫌われているだけの可能性ありますか?
そうだとすると普通にショックなんですけど。
なんて考えている内にボールがリターンされる。
まずはゆったりと歩きながら仕掛けるタイミングを伺う鷹津。
杏は釣り出される事なく、付かず離れずの距離を保つ。
これが杏に与えた作戦の1つだ。
鷹津のドリブルやフェイントは同年代の基準を大きく上回っている。
下手に距離を詰めれば、それこそ相手の思う壺。
相手が仕掛けて来ても反応出来るくらいの間を空ける。
「何かと思えば、ただの猿知恵ね。そんな事してればすぐにゴール前よ」
鷹津の言う通り、明確な弱点が存在する。
距離を取る事ばかりに集中していると、ジワジワと攻め込まれてしまう。
突破こそされないけれど、相手にシュートという選択肢を与えることになる。
俺達相手なら、シュートを撃てると判断した鷹津は迷わず撃つ。
ブレない体幹でしっかりと振り上げられた足。
右手を大きく広げて、上半身に捻りを加えるのも忘れない。
体に染み付いたフォームからは長年の積み重ねが感じられる。
このまま振り切りシュートをするかに思われたが、ボールを蹴る直前にピタリと動きが止まった。
「ほ、本当に鷹津さんの動きが止まった……」
こうなるのは予想済み。
だからこそ、第二の策がこうやって機能している。
「まだ終わってないよ、杏!」
「チッ、……ちょっとだけ厄介ね」
杏に吹き込んだのは単純な事。
鷹津の利き足は左足なので、シュートを撃ってくる時は正面に立つのではなく、大袈裟に左側へ立つように指示をしてある。
壁役になることで、技術が無くてもシュートコースを制限することは可能だ。
ただし、これには簡単な解決策が存在する。
鷹津がすぐさま右足にボールを持ち替えた。
あからさまに左へ寄った位置取りも、逆足で蹴れば意味を成さない。
もしも、このまま鷹津がシュートを撃てば、単純に俺のGKとしての素質勝負になる。
シュートを撃てればの話だけど。
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