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死体の後始末

Iさんは平成二十七年十一月に九十九歳になられた。白寿である。が、その月に体調を崩されて居室対応を強いられた。終日、ベッド上での生活。元々が全介助の女性なので食事も排泄もベッド上で介助する。

食事や水分がうまく摂取できず、右足先が壊死して黒ずんだ。右半身が水膨れのようにむくんだ。もう駄目かと思われた。

しかし今月に入り、受け答えが出来るようになった。僕が「Iさん! お昼御飯ですよ!」と声を掛けると、瞼も開けず億劫そうではあるが「あーい」と返事をしてくれた。来週には一カ月ぶりにお風呂に入る予定だった。



全てがうまくいく予定だったのだ。

H職員が食事介助中に誤嚥・窒息させて、亡くなった。

まず彼がIさんの食事介助を買って出た。彼はパートであり僕は正職員である。修羅場も僕の方がくぐっている。僕の他に正職員が一人いた。Nさんである。Nさんは介護歴は三年くらいだがあまり仕事は巧くない。彼はIさんの食事介助を避けた。僕はもう一方の誤嚥厳重注意の寝たきりの方の食事介助をしていた。だからパートのHさんがIさんの食事介助に入った。

厭な予感はした。何故ならHはバカだからで、そしてIさんは恢復してきているとはいえ危険な状況に変わりはなかった。そうして僕が刹那に想像した最悪のシナリオが現実のものとになった。

H職員の呑気な声で「ヤスタカさ~ん、ちょっといいですか~」と呼ばれたので、彼が介助しているIさんの居室へ行く。

一目で分かった。唇が紫色。チアノーゼだ。呼吸確認。息をしていない。

僕は早急に医務へ連絡し、タッピングを行った。介護部長、介護副部長、ナースが来てIさんを逆さ吊りのようににして背中をぶっ叩く。少し吐いた。助かるか? 吸引機で吸引を行った。詰まったものが吸い出されていく。

ナースが聴診器で心音を聴く。「停止しています……ご臨終です」



そして緘口令が敷かれた。「窒息して亡くなった、ってことになると施設に悪影響だから。とりあえず家族の方には相談室で話をするから職員は死因について訊かれても答えないように」との由。

後、僕とも顔見知りの家族が来て、Iさんの亡骸と対面した。

後、提携している病院の院長が来て、何がしかの処置をして帰った。



さて、ここからは死体の「処置」である。こういう「汚れ仕事」はいつも僕の役目だ。病院と施設ではやり方が異なるが、とりあえず我が施設での死体の処理について書いておく。

まず摘便。腸内に残っている糞便を掻き出す。そして校門に綿を詰める。そうしてから新しいオムツをあてる。

次いで身体の清拭。清拭料を用いて身体を綺麗に拭く。それに伴い着替えをする。これはご家族の方に「最期に着せたい服」を選んで頂く。それを着せる。少し前まで親しく話していた人間の死体に服を着せる。当たり前だが体に力など入っていないので少々、着せづらい。

それが終わったらシーツ交換。シーツに包んで出棺するため、新しい綺麗なものに交換する。その間にナースが耳と鼻に綿を詰める。

今回は家族も来ているので、介護部長が「最後に……」ということで家族の方にIさんの(死体の)手を拭いてもらう。その後に顔にテレビでよく見る白い布を掛ける。

最後に、葬儀屋が来て担架のようなものに移乗し、一階へ異動して出棺の運びとなる。



Iさんとは四年くらいの付き合いだ。九十歳後半だというのに我が儘なバアさんだと思っていた。とはいえコミカルな一面もあって、僕のユニットのアイコン的な存在だった。

この日の夕食介助は火が消えたように静かだった。

退勤時間になり、帰る前にIさんの部屋に一礼した。

僕は家に帰って少し泣いた。酒を呑んだ。僕なりの「献杯」だった。

救えた命だったのだ。

僕が最初からIさんの食事介助に入っていればこんなことにはならなかった。彼に任せるべきではなかった。僕の判断ミスだ。多少強引にでも彼を止めるべきだった。しかしすべてはもう結果論だ。この世から消えてしまった命はもう戻らない。



救えた命だったのだ。

ただただ、申し訳なく思う。

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