トミザワさんの骨折/悪党ばかり/死人が好き
「事故ってことになっている」とスズキさんは云った。「いや、俺が悪かったんだが」
トミザワさんが左肩を骨折した時に家族と病院へ行った折り、事故だと話してしまったのだという。しかし無理もない。まだ骨折した原因が判明していない以上、家族に質されたら事故だと話す他にない。
しかし介護士ならば一目見て分かる。転倒だと。事故ではなく「人為的な事件」だと。
まず、老人とはいえそうそう簡単に人間は骨折しない。次いで、トミザワさんの顔の左側に痣が出来ている。考えられるのは、おそらく歩行中に転倒して左半身を強く打ちつけた……そんなところか。幸いなことにトミザワさんの家族は介護には詳しくないようで(ほとんどの人間がそうであるように)、この顔の傷等への言及はなかったそうだ。
夜勤者への申し送りの際に、「事故か」と僕は云った。「事故って云っちゃって、後で『実は転ばせてました』なんて云えないよなあ。どうするんだろ」
「どうすっかなあ」とスズキさん。「相談員に適当に誤魔化してもらうしかないかな」
「それが良いでしょうね。と云うか、それしかない」と僕。介護士の出来ることなど微々たるものだ。
こうして人的災害が事故として処理される。僕は頭を抱えた。最近は介護施設へのバッシングが続いている。介護士による虐待や窃盗。少子高齢社会をようやく自覚し始めたメディアによる、連日のようにニュースになっている老人問題。介護士は訴えられたら負ける。無慈悲にも名前も公表される。弱者(老人)と強者(介護士)の裁判なのだからそりゃ負ける。メディアによる「介護士は悪人が多い」という扇動の影響もある。まあ、実際その通りで悪党ばかりなのだが。そして介護士は犯罪を犯したら数年間は福祉の仕事に就けないという規則がある。ま、介護などと云うヤクザな仕事にそうまでして身をやつしていたいかは別の話だが……。
俺はいつも転職を考えている。しかし俺に何ができる? 俺は「死人」の相手しか出来ないのだ。死人と、死に片足を突っ込んだ連中の相手しか。俺は死人が好きだ。何より静かだし、俺の邪魔をしないから。俺はとうの昔に死んだ作家の本を読むのが好きだ。生きている作家は煩いから。俺は生きている人間が全員苦手で、嫌いだ。俺の邪魔をするからだ。
俺はただ独りで、静かな生活を送りたいだけなんだ。




