⒏運命の人(SIDE:ラインハルト)
ラインハルトが書類と格闘していると、オリバーが執務室に入ってきた。
「陛下!」
「何だ、オリバーか? ノックもせずに入ってくるとは。危うく斬るところだったぞ」
「冗談に聞こえないから怖いですね」
オリバーはラインハルトの手元をちらりと見る。そこには短剣の刃先がキラリと光っていた。
「無作法をお詫びいたします」
深く頭を下げるオリバーにラインハルトは口元を緩める。
扉の外にいる人間の気配を探ることくらいラインハルトにとっては容易いことだ。本気で短剣を構えたわけではない。
「よい。それよりお前が急いでいるということは火急の用件か?」
「陛下が探しておられた令嬢の身元が分かりました」
再び手元の書類に目を通そうとしていたラインハルトの手が止まる。
「なるほど。確かに急ぎの用件だな。それであの少女は何者だ?」
「エルフェリア王国のアルディオン公爵家の令嬢でユリアン・アルディオン様です」
「何だと?」
アルディオン公爵家は歴代の聖女を多く輩出してきた家系だ。確かにその家の令嬢であれば、神聖力を持っていても不思議ではない。
「だが、エルフェリア王国の聖女はソフィアという名ではなかったか? ユリアン嬢は聖女候補なのか?」
「いいえ。先日受けた報告では聖女としての神聖力を認められたのは、ソフィア・エーデルト伯爵令嬢お一人です」
「俺は聖女か聖女候補でユリアンという名の少女を探せと言ったはずだが?」
ラインハルトは険しい視線をオリバーに向けるが、彼が怯むことはない。
「聖女が顕現する国を隈なく調査しましたが、ユリアンという名の聖女はいらっしゃいませんでした」
「では、なぜアルディオン公爵令嬢が俺が探している少女だと断定するのだ?」
「ユリアン嬢はエリザベート・オーベルシュタイン大公女殿下のお孫様です」
「何だと?」
オーベルシュタイン大公家は皇家の縁戚だ。ラインハルトの高祖父の弟が臣籍降下して興した家だった。
エリザベートは隣国エルフェリア王国のアルディオン公爵家に嫁いだ後、この国にある別宅に度々訪れていたが、本宅には一度も訪れていない。だから、ラインハルトはエリザベートに一度も会ったことがなかった。
「現在はローゼンツ渓谷にあるエリザベート様の別宅に滞在しておられます。そして、我が国へ入国されたのが陛下が行方不明になった日です」
オリバーはラインハルトがユリアンに会った経緯をある程度聞いている。ローゼンツ渓谷付近で怪我を負って動けなくなったところでユリアンに助けられたと……。
「ここまで言えば賢明な陛下であれば、もうお分かりではないのですか?」
「……そうだな」
ラインハルトを助けてくれたのは、間違いなくアルディオン公爵令嬢であるユリアンだろう。
(しかし、神聖力を持っているのに、なぜ聖女候補にすらなれなかったのか?)
「何か理由があるのかもしれんな」
「は? 何がですか?」
ラインハルトは執務机から立ち上がった。
「陛下?」
「しばらく視察に出る」
「どちらへですか?」
「ローゼンツ渓谷だ」
一瞬、オリバーはぽかんとするが、すぐにはっとする。
「お待ちください! 仕事はどうされるのですか?」
「お前に任せる」
じゃあなと言ってラインハルトは窓から飛び降りる。
「陛下!」
窓から身を乗り出したオリバーの目の前に大きな黒い影が現れ、瞬く間に空へ上昇していった。




