5.懐かしい場所に到着しました
来た道を歩いていると、途中でエルマと合流した。両腕にノコギリソウをたくさん抱えている。
私の姿を認めるとエルマは急いで駆け寄ってきた。
「え? ユリアン様? やはり危険な目に遭って逃げてこられたのですか!?」
「違うわ。危険な目に遭ったように見える?」
エルマは私をじっと見ると、首を傾げた。
「見えませんが……。竜は? 竜はどうなったのですか!?」
「え……と……。飛んで帰っていったわ。竜の回復力ってすごいわね」
神聖力を使って治癒したとは言えず、咄嗟にごまかす。
おそらく神聖力が使えることをエルマに話したとしても、彼女は決して誰にも言わないだろう。
だが、もし他の誰かに知られてしまった場合、エルマを巻き込んでしまうことになる。
前世のようにエルマを失うのは怖かった。
だからよほどのことがない限り、神聖力は使わないと決めている。
「そうなのですか? でもユリアン様がご無事で何よりです」
「心配をかけたわね。さあ、馬車に戻りましょう」
◇◇◇
なかなか戻ってこない私たちを心配してくれた御者に謝罪をして、再び馬車に乗り込む。
「それにしても驚きましたね」
エルマは落ち着かない様子で胸を押さえている。
「まさか、竜に出くわすなんて……」
「ええ。そうね」
私は先ほど別れたばかりの竜を思い出して苦笑する。
「でも、とても賢い子だったわ」
「子……ですか?」
エルマは思わず吹き出す。
「あんなに大きな竜を子と呼ぶのは、ユリアン様くらいですよ」
「そうかしら?」
「ええ。あれはどう見ても成竜ですわ」
二人で顔を見合わせ、くすりと微笑む。
「また会えるかしら?」
「ライゼンシュタイン皇国は『竜が守護する国』と言われていますから、あの竜もそうなのかもしれませんね」
「では縁があれば会えるかもしれないわね」
馬車は緩やかな坂道を登り始める。まもなくローゼンツ渓谷に差し掛かるのだろう。
◇◇◇
夕暮れが近づく頃、丘の上に一軒の館が姿を現した。
「見えてきましたよ、ユリアン様。大奥様の……エリザベート様の館です」
「ええ。何年ぶりかしら?」
貴族の館にしては小じんまりとしているが、落ち着いた感じの良い建物だ。
白い漆喰の壁に緑色の屋根。館の隣に隣接するガラス張りの温室。
幼い頃、祖母と一緒に走り回った庭。
何もかも変わっていない。
懐かしさで胸がいっぱいになる。
馬車が止まると同時に玄関の扉が開き、白い髪を上品にまとめた老婦人が現れる。
「おかえりなさいませ。ユリアンお嬢様」
「まあ、ダリア!」
ダリアは数年前までアルディオン公爵家で侍女長として務めてくれていた。侍女長を辞した後は、故郷であるライゼンシュタイン皇国へ帰ったと聞いていたのだ。
「お久しぶりです。お美しく成長されて……エリザベート様も楽園でお喜びになっておられることでしょう」
ダリアは少し涙ぐみながら、手で目の端を拭う。
「どうしてダリアがここに?」
「セドリック坊ちゃま、いえアルディオン公爵閣下にお嬢様がこちらにいらっしゃるという便りがありましたので、馳せ参じました」
「お兄様が?」
「ふふ。お嬢様を心配していらっしゃるのですよ。ここに滞在されている間は、お嬢様のことを見守ってほしいと……」
祖母の故郷とはいえ、外国で暮らす私のことを兄は心配しているようだ。兄の心遣いに感謝する。
「うれしいわ。またダリアに会えるなんて。ここにいる間はよろしくね」
「はい。私もユリアンお嬢様にお会いできてうれしいです」
館の中は祖母が生きていた頃とほとんど変わっていなかった。
何年も使っていなかったはずだが、しっかり手入れがされているのが見て取れる。
「きれいに保たれているのね。もしかしてダリアが?」
「実はエリザベート様から頼まれていたのです。いつでもユリアンお嬢様がこちらにいらしても良いようにと……」
ダリアは優しく微笑む。
「ありがとう」
私はエントランスに飾られた祖母の肖像画へ目を向けた。
柔らかい笑みを浮かべた祖母は、まるで「おかえり」と私に語りかけているような気がする。
「お祖母様、私ここに再び来ることができました」
私の声は静かにエントランスに溶けていった。




