36.天啓の塔を立てます
そう告げると、ラインハルト様と師匠が真剣な眼差しで私を見つめる。
「聞かせてくれ」
ラインハルト様に促され、私は地図を指差した。その場所はベルクレアの天啓の塔がある位置だ。
「ベルクレアにある天啓の塔。そこの神聖力が枯渇したことで、グレンデルが受けている恩恵が失われたのだとしたら……」
今度は龍脈が通っている位置を指でなぞる。
「天啓の塔と龍脈を繋げれば、グレンデルに再び神聖力が流れ、大地は浄化されます」
「ベルクレアの天啓の塔と龍脈をか? どうやって繋げる?」
ラインハルト様が眉根を寄せる。
「ベルクレアではなく、グレンデルに天啓の塔を立てます」
「待て、ユリアン。今から天啓の塔を建てるのか? 塔が建つまでにグレンデルは持たないぞ」
師匠が慌てたように口を挟むので、私は言葉に詰まった。
そういえば、天啓の塔がどういったものか説明していない。
「師匠、天啓の塔は建物ではありません」
「何だと?」
師匠の糸目がわずかに開いた。
「では天啓の塔とはどういうものなのだ?」
ラインハルト様は驚いた表情で私に尋ねる。
「天啓の塔は神聖力でできた柱です。地上から天へ向かって伸び、その根が聖脈に繋がっているのです」
ライゼンシュタイン皇国には天啓の塔はない。だから塔を建物だと考えるのは当たり前だ。
「だが、神聖力は聖女だけが使える力だ。どうやって天啓の塔を立てるつもりなのだ?」
ドクンと心臓がはねる。
グレンデルに天啓の塔を立てれば、この国に神聖力が使える者がいると広まってしまうだろう。
そして近い将来、エルフェリア王国にもその話は伝わる。
もしも、ソフィアの神聖力が弱まっているとしたら?
私が神聖力を使える聖女だとエルフェリア王国が知ったら?
エルフェリア王国はどんな手を使ってでも、私を国に連れ戻して聖女にするだろう。
ゾクリと体が震える。
また処刑される道を辿ることになるのか?
今世は自分のために生きると誓ったのに……。
だが--。
グレンデルを見捨てることはできない。
今、この地を救う力を持っているのに、使わなければ私は一生後悔するに違いないのだ。
私は深呼吸をして覚悟を決める。
「私が天啓の塔を立てます」
そう告げた瞬間、その場の空気が変わった。
ラインハルト様も師匠も何も言わず、ただ黙って私に視線を向けている。
やがて--。
「……ユリアン」
先に口を開いたのはラインハルト様だった。
「本当に其方が?」
「はい」
頷こうとしたが、わずかに体が震えたので、両手を胸の前で握りしめた。
「私なら……できます」
声にした途端に胸が締めつけられる。
天啓の塔を立てるには神聖力が必要だ。
そして、私は神聖力を使うことができる。
なぜ、神聖力を使うことができるのか?
二人はもう知っているだろう。
でも、知っていても問いただすことはしなかった。きっと私が自分から話すのを待っていてくれたのだ。
「……ずっと言えませんでした」
二人の気遣いがありがたかった。でも同時に心苦しかったのだ。
「何をだ?」
穏やかで優しいラインハルト様の声。
「私が……神聖力が使えることを」
今にも詰まりそうな言葉を必死に絞り出す。
だが、前世のあの日の光景が頭の中に蘇る。
冷たい床に憎悪がこもった視線。
偽物だ。魔女だ。裏切り者だという声が聞こえてくる。
誰も私を助けようとはしなかった。
思い出すだけで、身体が冷えていく。
「ユリアン」
名前を呼ばれて我に返ると、ラインハルト様が固く握りしめた私の手を包んでくれた。
とても温かくて大きな手だ。
「……はい」
「無理に話さなくとも良い」
「……ですが」
「話したくないのであれば、それで良い」
優しいその言葉に胸が詰まった。
「俺はユリアンに辛い思いをさせるためにここへ来たわけではない」
本当に優しい方だ。だからこそ、知ってもらいたいという思いに駆られる。
「私はかつて聖女でした。ですが、今は聖女ではありません。エルフェリア王国は私は聖女ではないと判断しました。だから、この国に来ました」
ラインハルト様と師匠はわずかに表情を変えたが、何も言わなかった。
前世の記憶を持って新たな人生を生きているとまでは言えない。
そこまで話す勇気はまだない。
信じてもらえるかは分からないが、いつか話すつもりではいる。
今はまだここまでだ。




