35.ラインハルト様が来てくれました
グレンデルの町に滞在して三日が経った。
当初の予定では、薬草を仕入れた翌日には皇都へ帰るはずだったのだ。
しかし、町を出れない以上は仕方がない。
滞在している間、師匠に魔道具のことを教えてもらったり、薬膳料理の店でこっそりレシピを教えてもらったりしていた。
仕入れた薬草は師匠が保管している。どうやって保管をするのかと思っていたが、師匠が収納のスキルを持っているので、問題はなかった。
収納は空間魔法の一種で、空間に物を保管することができるスキルだ。収納した物は時間経過を止めることができるので、劣化することはない。
空間魔法も転移魔法同様、高度な魔法だ。ライゼンシュタイン皇家は、つくづく並外れた魔力の持ち主ばかりだと痛感した。
「薬草採取に行きたいなあ」
「無理だな。反対側でも魔物が目撃されている」
窓から外を眺めながらぼそりと呟くと、師匠に即答される。
「マルセルさんの店に薬草を見に行くのは?」
「それはいいが、マルセルの所も新しい薬草が入ってきていないだろうな」
主要な街道が封鎖されているので、流通が滞っている。本来卸されるはずの薬草も、当然マルセルさんの店には入ってこない。
三日前に封鎖された街道とは反対側にある街道にも魔物が出現するとなれば、そのうちグレンデルの町自体が封鎖される可能性は大だ。
そうなると問題になるのが食料だ。今は備蓄されている食料で何とかなっているが、長引けば底をついてしまう。
その前に何とかしなければならない。
◇◇◇
午後になると、宿の外が騒がしくなったので何事かと窓から外を覗く。
数頭の馬と騎士たちの姿が見える。その中に見覚えがある黒髪の男性がいた。
「……ラインハルト様?」
思わず声が漏れたので、口元を手で押さえた。
黒い外套を纏ったラインハルト様が馬から降りると、周囲の騎士たちが頭を下げる。
間違いない。あれはラインハルト様だ。
「……来るとは言っていたけれど、本当にいらっしゃるなんて」
「どうした?」
奥の部屋で本を読んでいた師匠が窓辺まで来ると、外を覗く。
「おっ! ラインハルトが来たのか」
「師匠は驚かないのですね」
「来ると言っていたからな」
「それはそうですけれど……」
連絡をしてから三日だ。まさかこんなに早く来るとは思わなかった。
もう一度窓の外を見ると、ラインハルト様は町の様子を探るように視線を巡らせている。
とても厳しい表情だ。ここへ来るまでに色々と報告を受けているのだろう。
「報告をしたのは私たちだからな。あいつなら自ら来るだろうと思っていたよ」
「皇帝なのに? ですか?」
「皇帝だからこそ。だな」
師匠は部屋の扉に向かう。
「ほら。迎えに行くぞ」
「はい」
階段を下りると、ラインハルト様がちょうど宿の中へ入ってきたところだった。
「来たか、ラインハルト」
「ラルフ」
軽く頷く仕草をすると、ラインハルト様は私へ視線を移す。
「ユリアン。久しぶりだな」
「はい。お久しぶりです」
「この度は災難だったな。怪我はないか?」
「ありません」
微笑みながら答えると、ラインハルト様も柔らかい笑みを返してくれる。
「食事は? しっかり食べているか?」
「はい」
「夜は眠れているか?」
「もちろんです」
まるで母……男性だから父か兄ような質問にくすりと笑ってしまう。
「私は元気ですよ」
「そうか。ユリアンが元気ならば良い」
ラインハルト様はふっと微笑むと、私をまっすぐに見つめてきた。
少し恥ずかしさを感じながらも、金色の瞳がきれいで目が離せない。
互いに見つめ合っていると、横で咳払いが聞こえる。
「ラインハルト。久しぶりにユリアンに会えて嬉しいのは分かるが、そろそろ本題に入ってくれないか?」
師匠がじと目で私たちを睨んでいる。糸目だけれど、何となく睨まれているのは分かるのだ。
「あ、ああ。すまない」
ラインハルト様は窓から外を眺める。
「お前たちからの報告と実際に目で見るのとでは違うな」
「あれから三日経っているからな。状況はどんどん悪くなっている」
「そのようだな。周辺の町にも影響が出始めている」
ラインハルト様が手にしていた地図を広げたので、私は覗きこむ。
グレンデルから少し離れた所には✕印が打たれていた。影響が出始めているという町だろう。
「街道が封鎖されて流通が止まったからですか?」
「そうだ」
考えこむようにラインハルト様は腕を組む。
「ラインハルト。グレンデルに魔物が出現し始めた原因はベルクレアにある天啓の塔の影響かもしれない」
「……詳しく話せ」
師匠は私と三日前に立てた仮説をラインハルト様に詳しく話した。
ベルクレアにある天啓の塔の神聖力が枯渇したため、恩恵がなくなったグレンデルの町に異変が起きたという仮説だ。
「なるほど。調査のために先に派遣した者たちの報告待ちだが、おそらくお前たちの仮説は正しい」
私は地図をじっと眺める。思いついたことがあるからだ。
「ラインハルト様。龍脈が通っているのはどの辺りですか?」
「龍脈か? この辺りに通っているはずだが、それがどうかしたのか?」
ラインハルト様が指差したのは、グレンデルから少し離れたところだった。
(この距離ならできるかもしれない)
「私に考えがあります」




