33.師匠と共闘します
私は咄嗟に悲鳴がする方向へ向かって駆け出した。
「あっ! おい! ユリアン、待て!」
師匠の制止する声がしたが、構わず走る。
グレンデルの町はずれまで全力で駆けると、女性が必死にこちらへ走ってくるのが見えた。
「た、助けて!」
女性のかなり後ろに黒い影がチラつく。影はだんだんと距離をつめてきて、その姿の全貌があらわになる。
「グルルル……」と低く唸る声。
「あれは、デーモンウルフ!?」
デーモンウルフは普通の狼の二倍ほどの大きさをした魔物だ。黒い毛並みに紫黒色の目をしている。警戒心が強く、普段は町中に出てくるような魔物ではない。
「デーモンウルフがなぜこんなところに……」
困惑している私のそばまで走ってきた女性は、荒い息を吐きながら叫ぶ。
「魔物よ! 逃げて!」
女性が私の腕を掴もうとするが、やんわりと断る。
「大丈夫です」
「えっ?」
「私が時間を稼ぎます。町へ向かって走ってください」
「何を言っているの? 貴女一人では無理よ!」
デーモンウルフが地を蹴って、私たちのほうへ向かってくる。咄嗟に女性を庇いながら、地面に伏せた。
頭上に黒い影が通り過ぎ、ドンッ! という大きな音とともに土煙が舞いあがる。デーモンウルフが地面に着地したのだ。
「きゃあ!」
悲鳴を上げる女性を立たせて、背に庇いながら町の入口に向くようにデーモンウルフを誘導する。
「今です! 町へ!」
「で、でも!」
「後から強い助っ人が来ますから大丈夫です。早く!」
見たことはないが、師匠はきっと強い魔力の持ち主だ。たぶん……。
「行って!」
自分でも驚くほど強い声を出した。
女性は振り返りながらも、町のほうへ向かって走っていった。
私は迫りくるデーモンウルフと対峙する。
「グルルル……」
近くで見ると、やはり大きい。
体高は私の身長くらいで、鋭い牙が口元から覗いている。襲われたら、ひとたまりもないだろう。
再びデーモンウルフが地を蹴って真っ直ぐ私に向かってくるので、後ろに飛び退き詠唱をする。
「アース・ウォール!」
土の壁がデーモンウルフと私の間を阻む。だが、次の瞬間、デーモンウルフの体当たりで壁にひびが入る。
「嘘でしょう!?」
もう一度デーモンウルフが体当たりをすると、壁が割れて目前に鋭い牙が迫る。
(いや! 私はまた死ぬの!?)
牙から逃れようと、地面に伏せた。
「アイス・ランス!」
横から氷の槍が伸び、デーモンウルフを弾き飛ばす。
「ギャン!」
デーモンウルフは悲鳴をあげて地面を転がっていった。
「ユリアン!」
師匠が駆け寄ってきて、私を起こしてくれた。
「怪我は?」
「ありません」
安心したように息を吐くと、師匠は頭にぽんと手を乗せる。
「まったく……無茶をする弟子だ」
「……すみません」
「謝るのは後でいい。下がっていろ」
「では、後ろで支援します」
予想どおり師匠が強かったことに私は安心した。やはりただの薬師ではなかったのだ。
師匠の後ろに下がって、倒れているデーモンウルフを見た。先ほどの師匠の攻撃で傷を負っているが、致命傷ではないようだ。
デーモンウルフはヨロヨロと立ちあがる。
傷口からは血が流れていたが、徐々に止まり傷が塞がっていく。
「え?」
「傷口が塞がっている! こいつ自己再生ができるのか?」
稀に自己再生ができる魔物がいる。このデーモンウルフもそうなのだろう。周りに満ちている魔力を取り込んで、傷を癒すのだ。
よく見ると、デーモンウルフの傷口には黒い靄がかかっている。その靄が傷を覆い、再生しているようだ。
「この靄が魔力?」
あまりの禍々しさに私ははっとする。
デーモンウルフは周りの草木から魔力を吸収している。だが、その魔力は穢れていた。
「この子、穢れた魔力を吸収しているんだわ」
「どういうことだ?」
「この町が受けているはずの恩恵の聖脈が枯れているんです」
本来、神聖力が正常に送られていれば聖脈が枯れることはない。聖脈が枯れていなければ、大地の穢れは払われる。
だが、ベルクレアの天啓の塔の神聖力が枯渇しているとしたら?
大地は穢れ、草木が持っている魔力も当然穢れる。
「まさか!? いや。しかし、そうだとすれば、ここに魔物が出現した説明がつくな」
「はい」
「このままだとグレンデルの町は魔物であふれる。ラインハルトに連絡をしたほうがいいな」
放っておけばグレンデルの町は穢れが広がり、魔物の被害が出てしまう。
「ラインハルト様にですか? どうやって?」
「とっておきの方法がある。だが、その前にあいつを何とかしないとな」
師匠が指差した方向には、完全に傷が塞がったデーモンウルフが低い唸り声をあげている。
「グルルウ……グアア!」
目前にデーモンウルフが迫ってきた。




