32.たくさん薬草を仕入れしました
グレンデルの町に到着したのは夕方だった。山間部は日の傾きが早い。正確には日が山の稜線に沈むので、日が傾くのが早いように感じるのだ。
宿に荷物を置いてから、薬膳料理を食べさせてくれるという店へ師匠と出かけたのだが、人気がある店で座れたのは幸運だった。
「薬膳料理美味しかったですね」
「そうだな。てっきり青くさくて苦みがある料理かと思ったが、意外と美味かった」
薬膳料理はどれも美味しかった。夜の山間部は冷えるのだが、薬膳料理を食べたおかげで体がポカポカしている。
「今夜は良い夢が見られそうです」
「ユリアンは悪夢を見ることがあるのか?」
「たまにですが、ありますよ」
死に戻ったばかりの頃、前世で処刑された瞬間の夢にうなされることがよくあった。
最近はよく眠れるので悪夢を見ることはなくなったが、稀に眠りが浅い時に前世の夢を見ることがある。
新しい人生を歩んでいるというのに、前世の記憶があるというのも困りものだ。
「ふ~ん。薬草の夢ばかり見ているかと思った」
「師匠、それは偏見です」
寝ても覚めても薬草のことを考えているのは認めるが、夢には残念ながら出てこない。
「あと、ラインハルトの夢とか?」
にやにやしながら師匠がそんなことを言うので、外は冷たい風が吹いているというのに、私の頬は熱くなる。
「なぜ、ラインハルト様が出てくるのです!?」
「いや。会いたいやつが夢に出てくるものだろう? あとユリアンに会いたがっているやつとか……」
「ラインハルト様が私に会いたがっているということですか?」
「あいつよくユリアンに会いに私の店に来るだろう?」
ラインハルト様は最近よく私が調合した薬草を買い求めにやってくる。寝つきが良くなる薬草をよく効くからと三日に一度受け取りに来るのだ。その後、三人で他愛もない話をしながらお茶を飲む。
「私が調合した薬草を買い求めに来られるだけですよね?」
「ユリアンは意外と鈍いな。哀れラインハルト」
師匠は空は仰ぎながら神に祈るように両手を組む。
何やら失礼なことを言われている気はするが、そんな師匠を無視して私は宿へ向かって歩みを進めた。
◇◇◇
翌日、商人の下に薬草の仕入れにいった。
その商人はグレンデルの町に店を構えており、規模はそこそこ大きい。
「わあ! 師匠のお店より大きいですね」
レンガ造りの店は二階建の建物で奥行きが広い。
「何気に失礼だが、まあいい。薬草を卸す店だと在庫をある程度持つ必要がある。これくらいの規模は欲しいだろう」
店の中に入ると、初老の男性が笑顔で迎えてくれる。
「これはラルフ様。いらっしゃいませ。おや? そちらのお嬢さんは初めて見る顔ですな」
「久しぶりだな、マルセル。こちらは私の弟子だ」
師匠から紹介されたので、一礼する。貴族の挨拶は必要ないので、軽く頭を下げる礼だ。
「初めまして、ユリアンと申します」
「ユリアンさん、初めまして。私はこの店の主でマルセルと申します」
穏やかな笑みを浮かべて挨拶をしてくれるマルセルさんに、私は好感を持った。
「いやはや。まさかラルフ様が弟子を取られるとは思いもしませんでした」
「ユリアンは優秀な弟子だからな」
「こんなに可愛らしいお嬢さんがいると、店が華やいでよろしいですな」
「余計なことは言わないでいい。今回の薬草のリストを見せてくれ」
師匠はコホンと咳払いをすると、マルセルさんにリストを要求する。
どことなくラインハルト様と師匠のやり取りを思わせた。茶化し方は師匠のほうがひどいが……。
(実はマルセルさんって曲者なのかしら?)
◇◇◇
マルセルさんのお店で仕入れを終えた後、休憩をする場所を探して町を歩いていた。
「すごく種類が豊富でしたね。ユキドケダケなんて初めて見る薬草でした」
ユキドケダケは鎮静効果のある薬草だ。その名のとおり雪が解ける頃に生えるキノコで、春になる手前のほんのわずかな日数でしか収穫できないものだった。
「ユリアンお前。個人的にもいろいろと何か買っていただろう?」
「あら? バレました?」
わざとらしく私はぺろりと舌を出す。
「でも師匠だってたくさん買っていたではないですか。予算オーバーしてましたよね?」
「うっ」
痛いところをつかれたというように、師匠は言葉を詰まらせた。
薬草バカなのはお互い様である。
「師匠、あのカフェはいかがですか?」
落ち着いた佇まいのカフェを見つけたので、指差す。
「そうだな。あそこで休憩するか」
カフェに向かおうとしたその時、町のはずれから悲鳴が響いてきた。




