30.王太子の疑念(SIDE:アルフレッド)
エルフェリア王国で次々と起こる異変に王太子アルフレッドは頭を悩ませていた。
「いったいどうなっているのだ?」
近年稀に見る各領地での不作の報告に、畜産が盛んな西部では家畜の病が流行しているという。さらに国境付近では魔物の大量発生の兆候がある。
「各地から天啓の塔に異常があるのではないかという問い合わせが多く届いております」
「何だと?」
側近の報告にアルフレッドは眉を顰める。
エルフェリア王国には、聖脈と呼ばれる神聖力を送る道が大地に走っている。聖脈は各領地に設置されている天啓の塔へと繋がっており、聖女は神聖力を送るため、定期的に祈るという役目があった。
天啓の塔から神聖力が供給されることによって大地の穢れは払われ、恵みをもたらす。
数か月前までは問題がなかった。前任の聖女の神聖力で満ちていたからだ。ところが代替わりした辺りから異変は始まった。
作物は枯れ始め収穫量が激減し、順調に育っていたはずの家畜は病にかかり、次々と命を落としていった。
国内のあちらこちらで魔物が増えて、討伐しようにもキリがなかったのだ。
「聖女ソフィアが神聖力を定期的に天啓の塔へ送っているであろう?」
「……それが……」
アルフレッドが尋ねるが、側近は答えにくそうに目を伏せた。
「何だ? はっきり申せ」
「最近、聖女様の力が以前ほど安定していないとの報告がありまして……」
驚いたようにアルフレッドは側近に詰め寄る。
「そんな報告は今初めて聞いたぞ」
「神殿が伏せていたようです」
「神殿が?」
「……はい」
アルフレッドは窓から王都の街並みを眺める。
以前は活気に満ちていた街だったが、最近はどこか暗く感じる。
市場では物価が上がり、食料品が手に入らず飢えている民たちがいるとの報告があがってきていた。これ以上飢えた民が増えてくれば、民衆の怒りは王侯貴族に向く。
そこで友好国であるライゼンシュタイン皇国へ支援を求めた。
「ライゼンシュタイン皇国へ出した支援の返事は?」
「それが……二度も小麦の支援はできないとの返事がございました」
「……そうか」
一度目はエルフェリア王国の民たちが一年は食べられるだけの小麦を支援してもらったのだが、聖女の度重なる助言で炊き出しを行っているうちに、足りなくなってしまったのだ。
やむを得ず、二度目の支援を求める書状を送ったのだが、断られてしまった。
ライゼンシュタイン皇国の皇帝ラインハルトは若くして皇帝の座についたが、賢君だと聞く。
「なぜ今回は断られたのだろう? ライゼンシュタイン皇国の農業技術は大陸一だ。収穫量は我が国の数倍はあるはず……」
ぽつりとアルフレッドが呟くと、側近は慎重に口を開いた。
「おそらく、皇帝陛下は我が国の状況に疑問を持たれているのではないでしょうか?」
何にとは問わずともアルフレッドには分かっていた。
「聖女がいる国なのに、なぜ隣国にこれほどの支援を求めなければならないのか、と……」
アルフレッドは何も言えなかった。
自分自身も疑問を抱いていたからだ。
ソフィアは本当に聖女なのかと……。
◇◇◇
その日の夕方、アルフレッドは神殿へ訪れた。
大聖堂の奥にある白い祭壇の前に一人の少女が立っている。
白い聖女の法衣を纏い、薄いベールの裾から長いピンクの髪を揺らしている小柄な少女。
人々から「聖女」と崇められているその少女の名前はソフィアだ。
「ソフィア」
「アルフレッド殿下」
ソフィアは振り返ると、微笑みを浮かべてアルフレッドのほうに歩み寄ってきた。
「わざわざお越しくださったのですね」
「ああ」
アルフレッドはソフィアから目を反らし、祭壇に視線を移す。
「最近、君の力が安定していないという報告を受けてな」
一瞬、ソフィアの表情が固まった。
「……そんなことはありません」
「だが、各地の天啓の塔から異常があるとの報告があがっている」
「それは……」
ソフィアは困ったように笑う。
「国土が広いので、全ての地域を私一人の力で完全に守ることは難しいのです」
「……そうなのか」
アルフレッドは祭壇から視線を外すと、ソフィアをまっすぐに見つめる。
「ソフィア」
「はい」
「君の力に変化はないのか?」
両手の指を組むと、ソフィアは即答する。
「ありません」
「誠か?」
「はい」
ソフィアの手がわずかに震えているのを、アルフレッドは見逃さなかった。
「分かった」
それ以上彼女を追求することはしなかった。
◇◇◇
翌朝、さらに悪い知らせが届いた。
「殿下! 大変でございます!」
慌てた様子の側近が執務室に駆け込んできた。
「落ち着け! 何事だ?」
「ついに国境付近で魔物のスタンピードが起こりました!」
アルフレッドは反射的に立ち上がった。恐れていた最悪の事態が起こってしまったのだ。
「すぐに騎士団を派遣しろ!」
「はっ!」
側近が執務室を出ていくと、アルフレッドは机に手をつく。
「まさか……」
こうも立て続けに異変が起これば、最早偶然とは言えない。
「……ソフィアの力が衰えているのか? それとも……」
疑念を打ち消すようにアルフレッドは首を振った。
アルフレッドはユリアンがライゼンシュタイン皇国にいることを知らない。
本当の聖女がこの国にいないことなど思いもしない。
エルフェリア王国の異変は、まだ始まったばかりだ。




