3.お祖母様の遺産を受け継ぎます
聖女候補の判定式が終わった夜のことだ。
兄が私の部屋を訪ねてきた。
「今日は災難だったな」
「……お兄様」
「王宮では好き勝手なことを言っている。『期待外れだった』とな」
「はい」
五歳上の兄セドリックはアルディオン公爵家の当主だ。六年前両親が事故で亡くなったので、兄が爵位を継いで私を育ててくれた。
「だが、俺は少し安心したよ」
「え?」
「お前が聖女になれば、王家に嫁ぐことになるだろう」
胸がちくりと痛んだ。前世ではそのとおりになった。
王太子と婚約したが愛されることはなく、聖女としての重責がのしかかり、そして裏切られた。
「そうなれば、俺は王家に逆らうことができない。お前を守り切れる自信がない。不甲斐ない兄だな」
自嘲するように兄が笑うので、私は思わず立ち上がる。
「そんなことはございません!」
驚いた兄は目を見開く。
「お兄様は不甲斐なくなどありません。優しくて私の自慢の兄ですわ」
そう。兄は優しいのだ。
前世でも兄は最後まで私を信じてくれた。妹は無実なのだと、王宮へ何度も足を運び助命嘆願をしてくれたのだ。私が処刑されるその日まで……。
「……ユリアン、ありがとう。お前も俺の自慢の妹だ」
兄は立ち上がり、私の頭を優しく撫でてくれる。
(今度はお兄様を悲しませるようなことはしない)
私は深呼吸をすると、決意を口にする。
「お兄様、お願いがあります」
「何だ?」
「お祖母様の別荘へ行きたいのです」
兄は一瞬だけ目を瞬かせる。
「ライゼンシュタインにある別荘か?」
「はい」
「また、随分と急な話だな」
父方の祖母は、隣国ライゼンシュタイン皇国の大公家の公女だったのだ。祖父がライゼンシュタイン皇国へ留学中に知り合い、大恋愛の末結婚したと聞く。
その祖母の別荘がライゼンシュタイン皇国内にあるのだ。まだ祖母が存命の頃、何度か連れていってもらったことがある。心が落ち着き安らげる場所だった。
「少し……休みたいのです」
嘘ではなかった。
心から安心して暮らせる場所が欲しかった。
兄はしばらく黙って考え込んでいたが、やがて穏やかに微笑む。
「お前が聖女になるために、これまで人一倍努力してきたことを知っている」
我が家は歴代の聖女を多く輩出してきた家系だ。私も幼い頃から聖女に憧れ、一生懸命努力してきた。
だが、前世の最後で願ったように今世では自分の人生を精一杯生きてみたい。
「だが、お前には自由に生きてほしいと俺は思っている」
「お兄様」
次に出た兄の言葉は意外なものだった。
「あの別荘は元々お祖母様がお前に残したものだ」
「えっ!?」
初耳だった。祖母が亡くなった後は父が受け継いだものだと思っていた。父も亡くなったので、てっきり兄が現在の別荘の持ち主だと思い込んでいたのだ。
「お前が成人したら受け継いでほしいと、お祖母様から遺言を預かっている」
「そうなのですか?」
確かに幼い頃、お祖母様に『大きくなったら、この別荘が欲しい!』と言った覚えはある。まさか本当に私に受け継がるなんて思ってもいなかった。
「成人を迎えるまであと二年あるが、ちょうどいい機会だ。しばらくの間、そこでゆっくり過ごすといい」
我が国の成人年齢は十八歳だ。
お兄様のように成人年齢の前に爵位を継いだ者は、その時点で成人と見なされるが、通常貴族の子息令嬢は十八歳を迎えたら成人となるのだ。
「よろしいのですか?」
「もちろんだ。そのまま定住しても構わんが、たまには顔を見せに帰ってこい。ここはお前の家なのだから」
優しい兄の言葉に胸が熱くなり、ポロリと涙が零れ落ちる。
聖女となった前世では優しい言葉をかけてくれるのは、エルマだけだった。
「……はい」
せっかく回帰したのだ。今度の人生は誰かの期待に応えるためじゃない。私は私の幸せのために生きてみよう。
そう心の中で誓った。
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