2.聖女にはなりません
「ユリアン様、どうされたのですか?」
エルマが怪訝そうな顔をしているのが、鏡越しに見える。
どうやら時を戻ったようではあるが、まだ確証はないので確認が必要だ。
「ねえエルマ。私は今何歳かしら?」
鏡越しにエルマに尋ねると、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「ユリアン様は今年で十六歳ですよ。寝ぼけていらっしゃるのですか?」
間違いない。本当にあの処刑の日から四年前に戻ってきたのだ。
「そうね。昨晩から緊張してよく眠れなかったからかしら? 何だか頭がハッキリしないわ」
「そういえば、お顔の色が優れませんね。大丈夫ですか?」
エルマが心配そうに眉尻を下げるので、私は振り向いて微笑む。
「大丈夫よ。エルマ」
もう一度微笑むと、エルマはほっとしたように胸を撫でおろした。
前世でエルマは私のせいで命を落としたのだ。
私を庇って神殿の者に毒を盛られて亡くなってしまった。
『聖女様。いえユリアン様。私の大切なお嬢様。必ず生きてください』
最後まで私を案じてくれた彼女を救えなかった。そのことを思うと、胸が締めつけられる。
(今度こそは必ず救ってみせる)
国中の人々ではない。私の大切な人たちをだ。それだけでいい。
◇◇◇
「次の者、ユリアン・アルディオン。祭壇へ」
大神官に名前を呼ばれ、私は静かに祭壇へ向かった。
聖女候補の判定式が開催されている神殿には、貴族や神官がずらりと並んでいる。
祭壇の中央には、神が授けたと伝えられる神器『真実の聖鏡』があった。
この国エルフェリア王国では十六歳になった女性は、この鏡で神聖力を測定するという習わしがある。
鏡に触れて神聖力があれば反応するが、なければ鏡が反応することはない。
前世では私が鏡に触れた途端、太陽のように輝き、神殿全体が黄金色の光に染まった。
『歴代最高の神聖力だ!』
『女神の生まれ変わりが降臨されたか!』
などと歓声と割れんばかりの拍手に包まれた。
そして、聖女になったおかげで私の人生は処刑台で最後を迎えることになるのだ。
(だから、同じ道を歩くつもりはない)
私はそっと鏡へ右手を伸ばす。
身体の中心で渦巻く温かな光を内に閉じ込める。この光が神聖力だ。
(しばらく眠っていてね)
前世で使い慣れた力を自在に操ることなど朝飯前だ。
目論見どおり鏡は無反応だった。
大神官が鏡を見つめながら、ため息を吐く。
「神聖力は……なし」
神殿内がざわついた。
「あれだけ期待されていたのに?」
「歴代の聖女を多く輩出したアルディオン公爵家の令嬢だぞ」
「まさか神聖力がないとは……。期待外れだな」
前世であれば、鳴り止まなかった歓声と拍手は起こらず、代わりに落胆のため息が聞こえてきた。
(よっしゃ!)
私は心の中で拳を握る。
これで聖女候補になることすらない。
「次の者」
大神官は興味を失ったように、次に判定を受ける女性の名を告げる。
私は深々と頭を下げ、祭壇を降りた。少し残念そうに、しかし淑女らしく静々と……。
内心は小躍りしたい気持ちだが、表情に出さないようにする。
席に戻る寸前。
「ユリアン」
聞き覚えのある声が私を呼び止めた。
王太子アルフレッドだ。金髪に紅い瞳の非の打ち所がない青年。
二歳年上のこの王太子の笑顔を見る度、前世では胸が高鳴っていたものだが、今は何とも思わない。
「残念だったな」
「ありがとうございます」
「なぜ礼を言うのだ? 慰めているのだが……」
「お気遣い感謝いたしますという意味ですわ」
あまりの嬉しさについ礼を述べてしまった。危ない。危ない。
前世の私であれば、彼に励まされたら涙を浮かべていたことだろう。
だが、今世は違う。
(貴方と婚約する未来はお断りです。だって処刑されてしまうもの)
「君はこれまで努力をしていただろう? 本当に残念に思っている」
「仕方がありませんわ。神のご意志ですもの」
「そうだな」
そう言うと、王太子は興味を失ったように視線を祭壇へと戻した。
前世ではこの場面で王太子は、聖女に選ばれた私を王家に取り込むために婚約を申し込んできたのだ。
愚かにも私は喜んで婚約を受け入れ、利用された挙句、処刑されてしまった。
……もう今世ではそうはならないわ。
「次の者。ソフィア・エーデルト」
一人の少女が祭壇へ進む。
淡いピンクの髪に紫の瞳の可憐な笑顔の少女。
出自はエーデルト伯爵家の令嬢だ。ただ、実は愛人の娘なので庶子らしい。
前世では私の代わりに『理想の聖女』として祭り上げられ、王太子の新しい婚約者となった。
確か前世では私はこの後のことを見ていない。王太子とともに控え室へと移動したからだ。
私の代わりに聖女となったのだから、それなりの神聖力があると推測はできるが……。
ソフィアが鏡に触れると、次の瞬間、眩しく輝く。
「おおっ!」
大神官が興奮したように椅子から腰を浮かせる。
「素晴らしい!」
「聖女に相応しい神々しい光だ!」
貴族たちが歓声をあげる中、ソフィアは驚いたように目を丸くして立ち尽くしていた。
(へえ。彼女もそこそこ神聖力が強いのね)
妙に感心しながらソフィアを見ていると、彼女の袖口から紫色の光が漏れているのが目に入る。
(あれは……魔道具? いいえ。まさかね)
変に疑って勘違いであってはいけない。
ソフィアが聖女になれば、王太子は彼女を婚約者にするだろう。
そうすれば、私の未来は安泰だ。
「これよりソフィア•エーデルトを我が国の聖女として神殿に迎えるものとする!」
盛大な拍手が響く。
誰も私を見ていない。誰も必要としていない。
(最高じゃない!)
私は思わず笑みを浮かべた。
「これで自由になれるわ」
神殿中に響く拍手の中で私の呟きはかき消された。




